第3話 嘘の関係でずっといさせて

実のところこの桜ノ宮女学院には、ゆりかとのばらのトップコンビ以外にも美しい関係性の二人がいる。


勿論、トップコンビには劣るが、それに次ぐ二人組だ。

通称No.2コンビ。

三年生の野田つぐみ。またの名をサー。

ふわりと揺らすロングの髪、気品溢れる顔立ち。ゆりかとはまた違った類の美少女だ。ゆりかの美が凛とした美しさなら彼女はたおやかな美しさ。

対して二年生の京橋ひばり。またの名をレディ。

ツインテールの似合う愛らしい少女。

大きな瞳、それに似合うだけの長いまつ毛。桃の花のようなピンクの唇。彼女はどちらかというと幼顔で、誰もが抱きしめたくなる可愛さだ。

この二人の関係性は"美しい姉妹"であり、勿論学院長が組ませていた。


だが、トップコンビと決定的に違う面といえば・・・。


「貴女たちの関係性は、嘘ではないのね。本当に二人、愛し合っているのだわ。」


つぐみとひばりの部屋。

そこで紅茶を飲みながら、ゆりかは言う。

「愛し合っているって大袈裟な・・・ただ、大切に想いあっているだけ。」

そう答えるのは、つぐみである。

「一緒よ。」

同じ境遇なので、トップコンビとNo.2コンビは素性をお互い知っていた。

コミュニケーション能力皆無のゆりかも彼女たちには心を開いている。つぐみが話し上手というのもあるのだろうが。


「貴女たちももう少し仲良くしたら?外だけの関係なんていつか粗がでるわよ。」

ゆりかはやけくそ気味で紅茶を飲み干す。

「もう、出てるわよ!」

そして、ガチャンとカップを置いた。

その音に驚いて奥からひばりが顔を出す。そして慌ててティーポットを持ってきた。

「ゆりかお姉様、お紅茶もう一杯・・・如何ですか?」

「頂戴!!」

「やけ飲みはやめなさいよ。あと、ひばりを驚かさないで。」

つぐみはそう言うとひばりの頭を撫でた。ひばりは下を向いて恥ずかしそうにしている。

それをじぃーっとゆりかが見ていると、つぐみはため息をつく。

「貴女、今までのばらのこと散々文句を言っていたじゃない。そんなこと今更でしょ?急に恋したわけじゃあるまいし。」

「・・・・・・。」

「どうして黙り込むのよ。」

なおもゆりかが黙り込んでいるので、つぐみは彼女の額に手を当てる。

「気は確かなの?熱があるんじゃないの?・・・おかしいわね、熱はないわ。」

ひばりは嬉しそうに手を叩く。

「素敵です!恋をしているんですね!!」

ゆりかはつぐみの手を振り払って立ち上がると全力で否定し出した。


「熱もないし、恋なんかしていない!!」

「何よ、じゃあ、何なのよ。最初は愚痴かと思ったけど本当は恋愛相談に来たのでしょう?」

ゆりかは目線をずらしてボソボソと小さな声で呟く。

「別に。ただ、仲のいいコンビってどんな感じかと思って。」

「あら、結構重症。」

口をへの字に曲げたプリンセスの顔を見て、つぐみはため息をつく。

きっと他の女学生が見たら幻滅して倒れるだろう。

あの凛と美しいゆりかが、こんな・・・いや、これ以上は本人の名誉のためにやめておこう。


「どんな感じって言われてもねぇ。ひばり、私たちみたいに仲の良いコンビってどういうこと?」

すると、ひばりは少しうーんと考えたが、すぐにこりとしてこう言った。

「きっと嘘偽りなくお互いの意見を言える関係じゃないですか?」


ある意味、ゆりかたちは嘘偽りなんてない。本心を言い合っている。

だが、外に出ると嘘ばかり。

嘘ばかり。


ゆりかは最近そればかり思う。

では、内での自分たちを学院中に曝け出すのか?仲の悪いコンビを。

最初はそちらをいっそ外で曝け出したいとゆりかは思っていた。

だが、今は外での自分たちを内でも本当にしたかった。

のばらの言うように嘘が正しいと見られる世界なら、嘘の二人の関係を正としたい。

いつ何時も。


実に馬鹿らしい考えだが、ゆりかは最近そればかり思うようになっていた。

恋をすると頭が湧くと言うがまさにそれだと自分自身が情けなかった。

冷たくされて汚いと言われて、それでも一緒にいたいし、認めてももらいたい。

あの時ののばらの表情を思い出すたびにゆりかの心は乱されていくばかりだった。

恋をするのに時間はいらない。きっかけがあればすぐにできるものだ。

人々はそういう。

だが、ゆりかはもっと時間が欲しいし、きっかけも最悪なものだ。


つぐみたちの部屋を後にして、悶々と考えながら歩いている時だった。

自分の部屋まで後少しと言うところで、ゆりかは急に話しかけられた。


「プリンセス様、ハンカチ、落としましたよ。」


ゆりかは背後から急にのシチュエーションが殊更苦手だった。考え事をしている最中に急に話しかけられると演じることを忘れてしまう。

そして、その結果がこれ。


「ギャーーーーーーッッ!!」


ゆりかはのけぞると無様に尻もちをついてしまった。

「プ、プリンセス様・・・?」

叫び方も尻もちをつくという醜態も何一つプリンセス様らしくない。

これでは、ただの情けないコミュ障女だ。

間違いではないが。

尻もちをついたまま言葉が見つからず、口をぱくぱくさせていると、ゆりかの叫びを聞きつけたのばらが慌てて部屋を出てきた。


「あの馬鹿っっ!!」

相変わらずゆりかが固まっていると、のばらは彼女に駆け寄った。

そして、彼女をぎゅっと抱きしめる。

「の、のばら・・・さ・・・ん?」

のばらはゆりかの頭を埋めさせるくらい包み込むと大袈裟に嘆き出す。

「ごめんなさい!ゆりかさん!!私がついていればよかったのに!!貴女、一人では心細かったのね・・・。貴女は常に私と一緒じゃなきゃ、臆病になってしまうものね・・・ごめんなさいね、ごめんなさいね。」

「あ・・・。わ、私、一人じゃ怖かったの。のばらがいないと駄目ね。すぐに怯えてしまう。貴女もごめんなさいね。驚かせてしまって。」

そしてゆりかものばらを抱きしめ返した。

ゆりかは何もなかったように立ち上がり彼女の手からハンカチを受け取った。

勿論優しい優しい微笑みを添えて。

女学生は、その微笑みに二人の関係性にめまいを覚え、ふらふらと立ち去って行った。

しかし、ふらふらとしたいのはゆりかの方であった。


まただ、またやってしまった。

のばら怒っているだろう。いや、その前に。


のばらは無言で部屋に入っていく。ゆりかも無言でその後についって行った。

そして部屋に入ると予想していた通りのことをされる。


「汚い、汚い、汚い、汚い!」


のばらは自分の服をはたきまわすと、制服を脱ぎだした。

「これは、洗う。」

そしてクリーニング用の籠に放り投げたのだ。

ゆりかは下を向いて目を閉じる。


分かっていたことだ。いつものことだ。

何が美しいだ。何が大好きだ。そんなの全て嘘だ。

汚い。気持ち悪い。大嫌い。これが真実だ。

分かっていたのに。

こんなの恋した結果に感じることだなんて思いたくもない。


「何やってるの?何を泣いてるの?」

気が付くとゆりかは涙を流していた。

のばらにそう声をかけられると余計に涙が止まらない。

だが、のばらは決してゆりかを慰めることなどしない。


「変なの・・・なんだか気持ち悪い。」


これもゆりかの想定内であった。

想定内だからこそ悲しい。

頼むから、嘘でもいい。嘘ののばらになってくれ。

そう思ったところで何一つのばらに伝えられない。


涙は拭いたものの、この感情はなかなか修復できないでいた。すると何かを察したのかしていないのかのばらは追い打ちをかける。


「心配しないで。貴女と私は恋人より美しい関係。外ではそれをちゃんと演じてみせるから。」

のばらは、吐き捨てるようにそう言った。

対して、その辛辣な言葉を投げられたゆりかは目を逸らす。

「だから、貴女もヘマはしないで。美しいトップコンビ、それが私たちの存在意義。例え、この部屋の中ではお互い憎み合っていても。」


分かっている。

ゆりかは拳を握りしめた。

それは今まで何も疑問に思わず、むしろ進んでやってきた。


だか、今はそれが。

とても辛い。


そんな折、部屋のベルが鳴る。

ゆりかは顔を叩くと、いつも“プリンセス”に戻った。

心の準備さえあればいつだって演じられる。演じて見せる。演じなければならない。


「はい、どうかなさったの?」

「演じなくていいわ、私よ。」

そこにいたのはつぐみである。

何かチラシを持っているようだ。

「つぐみか・・・どうしたの?何かの回覧?」

つぐみはチラシをゆりかに渡して言う。

「なんだか、学院長の思い付きで来週に勉強合宿があるそうよ。」

つぐみは一通り説明し終わると、帰っていった。

「仲良くしなさいよ。」

という言葉を残して。


そんなこと今の自分たちにできるものか。

不貞腐れながら部屋に戻ると、のばらはすっかり普通に戻っていてゆりかに尋ねた。


「つぐみから?何だって?」

そんなのばらに苛立ちもしたが、もう忘れようと思いなおし、つぐみからもらったチラシの説明をする。

「学院長の思い付きで来週勉強合宿があるのですって。山の合宿所も借りれたし・・・だって。いつも学院長って無謀で我儘ね。」

「合宿・・・。それ、何をするの?」

「みんなで一緒に勉強して、一緒に食べて、同じ部屋で一緒に寝る。勉強も生活も共にするって感じみたい。」

「そ、それって・・・何日するの?」

「五日間って言ってたわ。結構長いのね。」


「そんなの嫌よ!!」


のばらは急に大声を出す。今までにない表情で。

「のばら・・・?」

「四六時中、馬鹿どもと一緒ですって?寝食を共にするですって?」

「のばら、大丈夫よ。私、もうミスはしないわ。勉強会も食事も入浴も寝る時も完璧に演じて見せるから。」

「違う・・・!!」

のばらは蹲ると今度は顔を手で覆って震えだした。

「そんなの・・・聞いてない。・・・無理よ。私には無理よ。」

「どうしたの?大丈夫?のばら・・・。」

ゆりかがのばらの肩に触れようとすると、彼女は思いっきり払いのけた。そして今まで見たことのない形相で言う。


「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!!私、ずっと汚い他人と一緒なんて耐えられない。そんな汚いこと。できない!!嫌よ・・・嫌!!」


その時ゆりかは気づく。

この行事は自分たちの関係をずっと保たなければならない。

だが、この部屋ですら耐えきれてないのばらが四六時中、大勢の他人といることを耐えて乗り切ることなんてできるはずがない。

冷静さを失ったのばらは絶対に演じることができなくなる。


「どうしよう・・・ゆりか。私、五日間も演じきる自信がない。」

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