僕の彼女は可愛い

大豆の神

僕の彼女は可愛い

 僕の彼女は可愛い。惚気ているように聞こえるかもしれないけど、これは事実だ。友達の中には彼女を好きだった人も結構いるし、女子の間でもファンクラブなるものが作られている。告白の返事が来た時は、「なんでお前なんだよ」とからかわれたりもした。実際、彼女が告白を了承してくれた理由は未だに分からない。何しろ彼女の口数は少なくて、それは付き合い始めて数ヶ月経った今でも変わらないのだ。


 朝、身を刺すような寒さで目を覚ますと、外は雪が舞っていた。震える身体を擦りながらリビングへ向かうと、テレビの見出しには「今冬の最低気温更新」の文字。さすがにマフラーくらいは巻いていこうかと思い、タンスを開けるが見当たらない。そういえば、自転車に巻き込んで以来、新しい物を買っていなかった。覚悟を決めると、カイロをいつもより多めに手に取った。


 約束の時刻をアラームが知らせる。玄関を開けると、彼女はすでに家の前で待っていた。黒を基調としたセーラー服に黒いタイツ。首元に巻かれた赤いマフラーが存在を主張している。


「おはよう」


「……ん」


 彼女は毎朝、こうして僕の家に足を運んでくれる。彼氏としては、むしろ迎えに行きたいところだけど、「遠いから」と彼女は家を教えてくれない。でも、寒空の下で待っていたら風邪を引かないか心配だ。せめて少しは暖を取ってほしいと思い、カイロを手渡した。


「ありがと」


「前も言ったけど、早めに着いたら家に上がっててもいいからね」


「うん」


「それか僕が迎えに行こ──」


「それはダメ」


 今日も作戦失敗だ。これまで彼女が家に上がっていたことは一度もない。だからこうして、家を教えてもらおうと作戦を考えているものの、結果は惨敗だった。


「今日、寒いね」


「うん」


「マフラー姿、初めて見たけど似合ってるよ」


「……ん」


 彼女との会話は、基本的にこんなペースだ。僕の話が面白くないのかも、と思い一回聞いてみたことがある。「ううん」とその時は返ってきたが、正直まだ心配だ。


 はぁ、という吐息が聞こえる。隣を見ると、彼女は自分の手を温めているところだった。白い指先は、悴んで赤くなっている。僕は勇気を振り絞って、彼女に声を掛けた。


「寒いからさ……手、繋がない?」


 声が震えたのは、きっと寒さのせいだ。彼女はこちらをチラリと見ると、手の甲を僕の手に当ててきた。良いってことなんだろうか。真意が分からず慌てていると、彼女が指を絡めてくる。


「ありがとう」


「……ん」


 口数は少ないけど、こうやって気持ちを伝えれば返してくれる。彼女の手は、指先まで凍えていた。


――――――――


 しばらく歩くと、自販機が目に入る。日頃の感謝を込めて、何か温かい飲み物でもご馳走しよう。彼氏らしいことをしてみたくなった僕は自販機へと足を進めた。


「ちょっと飲み物買ってもいい?」


「うん」


財布を出すために、彼女から一度手を離す。身体を温めるなら、はつみつレモンだろうか。飲み物を選んでいると、学ランの裾を後ろから引っ張られる。よろめきそうになった背中にポスンと何かが当たった。


「ダメ……」


珍しく彼女から声を掛けられる。


「何がダメなの?」


「手……離しちゃ……」


 僕は馬鹿だ。自分が彼氏らしく振舞いたい一心で、彼女の気持ちを考えていなかった。僕は振り返ると、彼女の目を見つめて言った。


「ごめん、これで暖まってほしくて。もう離さないから」


 飲み物を握る彼女の手を、上から包み込む。


「……ん、ありがと」


 そう口にする彼女は、赤く染まる頬を隠すように口元をマフラーで覆った。


 僕の彼女は、やっぱり可愛い。

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