明日、世界が

桐山じゃろ

滅ぶんだって。

 四月。

 俺は高校受験に失敗して、同じように受験に敗北した者たちが淀む底辺高校に入学した。

 入学して三日だというのに、クラスメイトの半数以上が朝から居ない。

 残りの半分のうちの殆ども、他に居場所がないから仕方なく来ている。

 ちゃんと授業を受ける俺のような人間は少数派どころか、俺一人だ。


 そんな変わり者の俺には、変わり者が寄ってきた。


 俺の右隣の席の奴は入学の日以外、来ているのを見たことがない。

 それをいいことに、そいつはその席に陣取って、毎朝俺に同じことを囁いてくる。


「明日、世界が滅ぶんだって」


 受験戦争でイカれたか、元からイカれていたのか。どっちでも似たようなものだ。

 俺は毎朝聞かされる戯言を無視して、一限目の教科のテキストを机に並べる。

 そいつは俺のそんな様子に笑みを浮かべて、隣の席に一日中居座った。



 五月。

 初めての定期テストが終わり、毎日登校する人数が更なる半減期を迎えた頃。

 そいつは飽きもせず、毎朝、同じことを囁く。


「明日、世界が滅ぶんだって」


 定期テストの結果、俺は学年一位を取った。

 一等賞なんて、小学校のかけっこ以来だ。

 浮かれていた俺は、初めてそいつに問いかけた。


「どうして、そんなことを言うんだ?」


 そいつはいつも浮かべている笑みを更に深めて、俺の前の席へ座り、俺の方へ首をぐるりと回転させた。


「ぼくの第六感がそう告げてるんだ」


 聞いた俺が馬鹿だった。

 第六感なんてものを持っているなら、こんな底辺高校ではなく、もっと良い高校に通えたんじゃないのか。


 俺の考えを見透かしたように、そいつは続けた。


「残念ながら、勉強には使えないんだ」

「そいつは難儀だな」


 この高校へ来て教師以外との初めてのまともな会話を、いかれた奴と交わした。



 六月。

 雨が硫黄の臭いを垂れ流して、気分が悪い。

 空はずっと黄色くて、たまに赤い。最後に青い空を見たのはいつだったか。


 俺は今日もちゃんと登校した。

 自分の席に座り、チャイムが鳴る前に授業の準備をする。


 いくら待っても、教師は来ないのだが。


 そいつは今日も俺の隣に座り、同じ台詞を吐く。


「明日、世界が滅ぶんだって」

「そうだといいな」


 こんな時に学校に来る俺が一番、いかれている。



 七月。

 朝起きたら両親が天井からぶら下がっていた。

 昨夜、一緒に行かないかという両親の誘いを断った。


 俺だって、もう終わりにしたい。

 だけど、まだ、なにか、あるんじゃないか。もう一度、なんとかなるんじゃないか。

 錆色の空を見上げても尚、俺は生にすがりついた。


 学校にはもう、俺とそいつしか来ていない。


 朝の挨拶がわりの台詞を聞く前に、俺は問いかけた。


「なあ、世界はいつ、ちゃんと滅ぶんだ?」


 そいつはにっこりと笑顔を浮かべて、手を差し出した。


 その手を、取った。

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明日、世界が 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro

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