剣士マーシャの酔憶

柾木 旭士

 人々が寝静まった真夜中。しかし、街外れにあるその古い寺院の窓からは、わずかに光が漏れていた。

 いくつもの人影が、遠巻きに寺院を取り囲んでいる。男か女か、若いのか老いているのかもわからぬ。全員が全員、上から下まで漆黒の装束に覆面という、奇妙な出で立ちだ。

 六人ほどが、するすると音も立てず寺院に近づくと、それぞれ窓や扉の前に陣取った。後方からそれを見守る一つの人影があり、手には黒い布で覆ったランプを持っている。覆いの布を数度上げ下げすると、それに合わせて、ランプの光が瞬く。

 と、寺院に取り付いた六人が一斉に窓やドアを破り、建物の中に突入した。

 闇夜を切り裂くかのような怒号、悲鳴、そして剣戟の声――本来人々が祈りを捧げ、救いを求める場であるはずの寺院は、一瞬にして地獄と化した。

 突入した六人は、手に手に剣を取り、目に付く人間すべてを片端から斬り捨てていく。寺院内にいた人々は、抵抗の意思を見せる間もなく刃に倒れていった。

 仮に寺院の人々が襲撃を察知し、武器を取って充分な迎撃の準備を行ったとしても、彼らの運命は変わらなかっただろう。それほどに、襲撃者たちの暴力は凄惨なものだった。それぞれ手にする得物に違いはあれど、全員が全員、きわめて高い殺し・・技術わざを身につけいている。

 被害者のなかには帯剣した者も数名いたが――いずれも剣を抜くことすら叶わぬまま凶刃に倒れていった。

 特に、先頭に立つ細身の襲撃者の剣技は極まっている。手にした長剣は凄まじいまでの速度で寺院の人々に襲い掛かり、首筋、心臓――人体の急所を次々と正確に狙い打つ。

 その黒い影がが剣を一振りするたび、一つの命が消えていった。畑の麦を刈り取るが如く、無慈悲に人の命を奪っていくそのさまは、さながら御伽噺に語られる死神であった。

 襲撃者たち以外に動くものがなくなるまで、さほど時間はかからなかった。

 まさに、一方的な殺戮の嵐。

 あとには、折り重なるように倒れ伏す数十もの死体と、立ちこめる濃密な血の臭いが残るのみ。

 先頭に立って剣を振るっていた細身の襲撃者は、服の裾で剣の血糊を拭い鞘に収めると、長く息をつく。同時に、ぶるっと身体を震わせた。

 覆面で覆われているため、表情を窺い知ることはできぬ。しかし、わずかに露出したその口元は――確かに嗤っていた。

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