通学電車の恋~女子高生の私とアラサーのお兄さん~

高崎 恵

第1話 告白

「……だよね。普通は来ないよね。3年前の一方的な約束なんて守る必要ないもん……」


 3年前のあの日、私は彼に一方的に手紙を押し付け去って行った。

 もう3時間待っている。あと1時間……、あと30分っと待っているうちに、かなり遅い時間になってしまった。3年間この日が来るのをずっと待っていた。数時間待つことくらい私にとってどうってことない。


 ……しかし終電は私を待ってくれない。23時17分が私の終電。スマホを見て今の時間を確認する。


「23時10分か……。あと7分」


 あと7分でこの長かった恋とさよならするんだ。


 そう決めた私はもう冷たくなったホッカイロを両手でさすりながら、改札から彼が出てくるのを待つ。電光掲示板を確認すると、次に彼が乗った電車が着くとしたら、23時13分着……。うんギリギリ間に合う。改札まで降りるのに2分もかからないし、もし彼が来てくれたら話す時間がなくなっちゃうけど、その時はタクシーを拾って帰ろう。まだ希望を捨てきれない私は往生際が悪い。



 3年間ずっと私はあの人に恋してきたんだ。そう簡単に諦められるはずがない。何度も忘れよう、諦めようと思ったけど、結局それは出来なかった。別にイケメンでも何でもないあの人に、私は心底惚れているのだ。自分でも不思議なくらいに。



 ◇



「あっ、あの!!」


 そう声を掛けるが彼は自分だと気づかずそのまま通り過ぎていく。このままじゃダメだと思った私は先程より大きな声で声を掛ける。


「あの! あなたです! スーツのお兄さん!!」


 今思い返すとその呼び止め方はないだろうと思うのだが、あの時の私は必死だったのだ。お兄さんが振り返ってくれたのが嬉しくて、私は周りにどう思われているかなんて気づかなかった。



 サラリーマンの男性に声を掛ける制服を着た女子高生。これが周りの目からどう見られるのか、幼い私は一切分からなかった。


「……俺ですか」


「はい、あなたです……」


 私は緊張のあまり、続く考えていたセリフも飛んでしまっていた。ただずっと見ていた彼が反応してくれただけで、とても嬉しくて舞い上がってしまったのだ。


「何ですか?」



「……」


 しかもお兄さんに話しかけれらていることが夢みたいで、思わず感極まって涙目になってくる。




「何かしらね。痴漢? 盗撮?」

「ほら、泣きそうになって可哀そうに」

「係員呼んできた方が良いんじゃない?」

「真面目そうな顔して嫌ね」


 ざわざわと周りの声が増えていった時にやっと状況が飲み込める。



(もしかして痴漢の被害者だと勘違いされている!? どうしよう!!)



 大きな声で男性を呼び止めた私は帰宅ラッシュの時間であることもあり、かなり目立ってしまっていたようだ。





「ちっ、違うんです!! 好きなんです!!」


「はっ?」


「ずっと前から好きなんです!!」


「ちょっと何言ってるのか分かってる? 大人をからかって遊ぶんじゃないよ」


「違くて、ずっとあなたのことを見てて……」





「何だ告白か」

「ずっと見てたってストーカーってこと?」

「やっぱり係員呼んだ方が良いんじゃない?」




(次はストーカーと間違われた! もうどうしたら良いの!!)



「ちょっと君、話は聞くからもう大人しくして。ここだと目立つから他で」


 そう言うとお兄さんは歩いて行ってしまうので、私は慌てて追いかけて改札を抜けていく。






「どこで話そうか……。カフェならギリギリセーフか? 嫌でもこの時間だし……」


「時間なら大丈夫です! 塾の日はいつも遅くなるので!」


「はぁ……そういう問題じゃないだろう」


 もう22時に近い時間だった。今ならあの時お兄さんの考えていたことが分かる。女子高生をその時間に連れ歩いているサラリーマンの図の危うさが。しかも目の前には駅前交番がある。彼は仕方ないかと呟くと、バスロータリーの人がいないベンチまで歩いてそこに座るように言われる。てっきり一緒に座るのかと思ったが、彼はベンチから3歩程離れた所に立つ。





「この距離からしか話さないから。それで良いか」


「……はい」


「手短にな。さっきの話は何だったんだ」


「あの通りです。ずっと電車で見かけて、かっこいいなと思ってたんです。私と付き合ってください」


「ごめん、断る」


「本気なんです!! 最初はお友達というか、知り合いからでも良いのでお願いします!!」


「別に女子高生の知り合いは欲しくない。こんなおっさんなんかほっといて同い年の子との恋愛を楽しみな」


 そう言われて帰ってしまいそうになるのを、止めようと思うが、止める手段が思いつかない。


「私はあなたが良いんです!! お願いします!!」


「ごめん、人生そんな甘くないってことで諦めて。もう遅いから早く帰りな」


 そう言うと男性は本当に去ってしまった。私は涙が止まらずに、暫くそこから動けない。


 確かに告白したからって上手くいくわけがない。もしかしたら彼女さんがいるかも知れない。指輪はしてなかったけど、結婚しているのかも知れない……。でもずっと温めてきた気持ちをそう簡単に諦められないのだ。



 トン。

「はぁ。そろそろ泣き止んでくれない。ほら、記念にこれあげるから。このまま君が危険な目にあったら後味悪いんだよ」


 そう言うと戻ってきた彼が缶コーヒーをベンチに置く。


「うぅ……」


 そんなに優しくされたら諦められないよ。


「俺明日も仕事早いからもう帰りたいの。帰るよ、家何処なの?」


「7駅先です……」


「この駅じゃないのかよ。7駅って遠いな……なら尚更早く帰りな」


「じゃあまた話しかけても良いですか?」


「……はぁ。良いって言わなきゃ帰らないんだろう。ズルくない?」


「だって……勇気出して告白したのに……」





「はぁ……挨拶だけなら許可する。だから帰るぞ。立って」


 そう言われて私も立ち上がり、コーヒーをカバンにしまう。



「コーヒーありがとうございました」


「あぁ。じゃあ改札入るまでここで見守ってるから」


「はい。ご迷惑かけてすみませんでした」


 そう謝ると、ほんとになと苦笑しながらも手を振ってくれ、私も手を振りながら改札を抜けて帰って行った。


 今でもあの時のコーヒーは私の部屋に飾ってある。彼からもらった物は全て宝物だから。



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