第3話 ちょっとした提案でも

 だが、言わないで置くのも逆にれいを悲しませてしまう結果にも繋がる。


 そう言うのを、今まで言葉足らずで別れるキッカケになった彼女達にもよく言われたからだ。


 サプライズで驚かせるよりも、源二げんじには口止めされていないから言うことにした。怜の表情も、裕司ゆうじの顔が固まっているのに首を傾けていたから。



「……怜やん」


「ほいほい?」


「……実は。今度のまかないでね?」



 スイートポテトだけでなく、それをタルトにすると源二が提案したことを告げると……怜は何故か、アイスを冷凍庫に急いで戻して。もう一度裕司のところに来ると、ダイブするように抱きついてきたのだ。



「凄いよ、こもやん!!」


「へ?」


「秋の味覚尽くし!! それがまかないで!? すっごい楽しみ!!」


「……そうかい」



 口にすれば喜んでもらえたので、ぎゅっと抱きつきながらも『ふふ』と笑っている怜の髪を撫でてやり。しかし、せっかくの怜からのご褒美であるアイスも食べようと……ふたりで手を洗ってから食べることにした。



「ん〜……美味しいけど、ちょっと甘ったるい」


「無添加重視だけど、こう言うアイスでも甘いなあ」



 怜が買ってきてくれたのは、無添加が売りでアイスクリームにしてはお高めのカップアイスだった。味としては、アイス専門店には多少劣るが値段に釣り合うくらいの味わいだった。


 裕司は専門学校で、一応料理全般を作れる専攻をしているので……あと一年後にある最終試験のために、何でも色々挑戦している。そのひとつとして、ホテルのまかない処でも色々作れるのが嬉しかった。



「こもやんもだけど、源さんが作ってくれるデザートは絶対美味しいと予感しているのだ!! 料理長達も認めているしね!!」


「中尾料理長??」


「こもやんのまかないは英気を養う意味では最高だって!」


「おお……」



 ホテルの総料理長に言われるのは、嬉しいが少し恐縮してしまう。候補のひとつとして、今のホテルも就職先の候補に入れているが……まかないと西洋料理などでは、作るものが全然違う。


 日本料理などは、ホテル内にある日本料理の店舗が出張している。あちらも悪くないが、裕司が作るもので好きなのは主にフランスを含める西洋料理なのだ。


 規模も料理内容も全然違うだろうが、源二の後押しもあったので、まかない作り以外でも学校などで日々勉強中だ。


 しかし、そんな修業途中の裕司のまかないを褒めてもらえるのは、正直言って嬉しい。



「こもやんと源さんの共同作業かな?」


「そう。俺がタルト部分で、源さんがスイートポテトの部分」


「むふふ。今からよだれが出てしまうよ」


「作るのは、今度の日曜だけど……怜やんのシフトどだっけ?」


「私? 昼と夕方に一件ずつウェディング」


「じゃあ……特別に大きめのを作ってしんぜよう」


「ありがたき幸せ!! あ、だけどさ?」


「ん?」



 自分のアイスを食べ終わってから、怜は何故か裕司に頼み込むように手を擦り合わせた。



「出来れば、ワンちゃんの分も」


「へ? ワンさんにも用意するけど?」


「じゃなくて、大きさ……。今日たまたま話したんだけど、ワンちゃんの大好物がさつまいもなんだって」



 裕司よりも年上だが、中国ハーフでもヒアリングより対話が苦手である苺鈴メイリンは、怜にも裕司にも仕事以外ではタメ語を話すように頼んできている。苺鈴メイリンは準社員のような登録社員なので、必然的にシフトはバイトの怜達より多い。


 だけど、偉ぶることもなく、怜とはかなり仲の良い友達となっている。裕司がバイトで怜が休みだったりする時は、彼女が一緒に街中へ出かけることもよく聞いていた。


 それくらい、怜にとって苺鈴メイリンは特別な友達なのだ。



「おーけーおーけー。こっそり作ってやるぜよ」


「やったー!!」



 たったこれだけのことで、盛大に喜ぶのだから……本当に、我が彼女ながら良い子と巡り会えたと思う。

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