【KAC20223】第六感の男

小龍ろん

第六感の男

 大学の後輩にちょっと気になっている子がいる。

 たぶん学科も違うし、サークルで接点があるわけでもない。だけど、不思議と目を引く子で、キャンパスを歩いているとよく見かけるんだよね。しかも、目が合うとはにかんだ様子で笑いかけてくれる。美人の女の子にそんな反応されたら、そりゃあ惚れちゃいますよ。


 え、惚れますよね?


 まあ、それはともかく。そんな後輩がいるわけです。正直、名前知らないし話したこともない。アプローチをかけるなんて、もっての外。こちらが好意を抱いたからといって、相手も同じように感じてくれるだなんて都合のいい話、あるわけないからね。そんな幻想はとうの昔に捨てた。この悟りを開くまでには涙なしでは語れないほどの苦難があったわけだけど、ここで語るのは止めておこう。痛々しい黒歴史だからね。


 付き合おうだなんて高望みはせず、ときどき目が合ってお互いに笑みを交わす。そんな関係性をしばらく続けていたんだけど、ついさきほど彼女から声を掛けられた。しかも食事のお誘いだった!


 なんというか現実感がない。夢かもしれないと思ったけど、本当に夢だったらガッカリなので、ひとまず確認は先送りにしてお誘いを受けることにした。


 食事といってもランチを一緒にどうですかという程度だ。向かった先は近場のファミレス。期間限定のセットメニューが食べたいという彼女の要望に従った結果だったんだけどね……。


 何気ない話をしながら、注文した料理が届くのを待っていたところまでは良かった。


 料理を届けに来た店員が下がった後、どこからともなく現れた彼女の知人A、B。割と年配のおじさん、おばさんで、彼女との接点がいまいち不明瞭。関係性を尋ねると、親戚だと言い出す始末。普通、親戚を知人といって紹介しませんよね?


 そして、許可なく相席。そうなると、向かいに座っていた後輩が隣に座る形で俺は壁際に追いやられる。まさに鉄壁の布陣。


 こうなれば、さすがの俺でもわかる。



 これは、デート商法だ!!!



 説明しよう!

 デート商法とは、恋愛感情を利用して高額商品などを買わせようとする悪徳商法である。


 どうしたものかと悩んでいると、向かいのおばさんがニコニコ笑顔で切り出してきた。どうせ次のセリフはあれだろ、『あなたは今、幸せ?』だろ!


「あなたは今、幸せ?」


 捻れよ! せめてもうちょっと捻れよ!

 なんで、一言一句そのままなんだよ。テンプレでもあるんですかぁ!

 まあ、それはあるか。

 マニュアルとかありそうだしね。


「はい、幸せですよ」


 って、答えるしかないよね。いいえと答えたら何か売りつけられるに決まってるんだから。


「そう、それはいいことね。でも、幸運というのは長く続かないものなのよ。それは運気が逃げてしまうから。じゃあ、どうすればいいと思う? 安心して。運気を逃さないための特別なアイテムがあるのよ」


 だよね! 選択肢に意味などないんだ!

 聞いてもいないのにペラペラとしゃべり続けるおばさん。商品を売りつけようとする強い意志を感じる!


 今回の商材は、持ち主に幸運をもたらす、『奇跡の壺』だぁ!

 後輩からはお決まりのセリフ『この壺を買ってから幸せになったの』が発動!

 俺を除く三人だけで、和やかな雰囲気を作ってんじゃないよ!


 さて、どうしたものか。囲まれているので、逃げ出すことはできないし。だからといって、わけのわからない壺なんて買うつもりもない。というわけで一芝居打つことにした。


 俺は『奇跡の壺』をじっくりと見た後に、目をかっぴらく。


「……これは! いや、まさか……、でも、たしかに……」


 適当に思わせぶりなことを呟いた後、極力真面目な顔を作った。


「どうやら本当に特別な力があるみたいですね。側面の模様からは何かを吸引する力を感じます。そして話している間にも、運気が蓄積していくのを感じる。まさに奇跡の壺、ですね」

「えっ?」


 いや、おかしなこと言い出したぞって顔は止めてもらえますぅ!?

 どうにか気を取り直して話を合わせてきたけど、なんかもうグダグダだよ!

 頼むからしっかりしてくれ!


 そんな内心は隠して、なんとか真面目にお芝居を続ける。


「ですが、どうも俺とは相性が悪いようです。いや、俺にも第六感というか、こういうものを読む力がありまして。俺よりも、この壺が必要なのは、あなたのようですが」


 おばさんを見据えて言う。このとき、できるだけ目線を鋭く。当然、馬鹿馬鹿しくても笑い出してはいけない。あくまで真面目に真面目に。


 とはいえ、さすがに向こうも俺の言葉を信じたりはしない。表面上は穏やかに微笑んでいる。一瞬、なんだこいつって顔をしたけどね。


「お気遣いありがとう。でも、大丈夫よ。私も自分用の壺は持ってるもの」

「ああ、いえ。さきほども言いましたが、こういったものには相性があります。あなたが別の壺を持っているというのなら、その壺はあなたとは相性が悪いのでしょう」

「はぁ? いったい、何を……」


 怪訝な表情を浮かべるおばさん。俺は答えることなく、そのおばさん――ではなく、その頭上を睨みつける。そのまま数秒険しい顔を維持し、おばさんが気圧されたところで視線を外した。同時に、ふうっと息を吐き、気を落ち着かせたような演技をする。


「……いえ、なんでもありません。申し訳ないですけど、その壺を買うことはできません。できれば、そのままあなたが持っていてください。他の方に譲らないことを強くお勧めします」


 三人は完全に場の空気に飲まれている。絶好のチャンスなので、このまま畳みかけるしかない。


「……この人は大丈夫か。あとは……」


 意味深な言葉を呟いて、おじさんと後輩をチラリと見る。もちろん、本人の少し頭上に視線を向けるのを忘れない。まるで、そこに何かが見えるかのような仕草だ。まあ、当然、そんなところには何もないわけだけど。


「え、先輩……? 何を言って……」


 後輩の子がそわそわしている。俺はできるだけ沈痛な表情を作り、ささやくというには大きな声で耳打ちする。もちろん、向かいの二人にも聞かせるためだ。


「今まで言えなかったけど、君の背後に黒い影のようなものが見えるんだ。キャンパスで見かけたときも、よく目が合ってたでしょ? それが原因なんだ」


 もちろん、嘘だけど。普通に可愛いなって思って見てましたけど。その結果が今ですけども。


「黒い影……ですか?」

「怨念っていえばいいのかな。よほど大きな恨みを買わない限り、普通はそれほど濃い影にはならないはずなんだんだけど……。いや、君よりも向こうの人たちが危ないんだ。あれはもう俺でも手の施しようがない」


 チラリと向かいに目をやると、おじさんは顔面蒼白だ。そりゃあ、悪徳商法なんてやってれば方々で恨みは買ってるだろうからね。思い当たる節が色々とあるんでしょうねぇ。

 一方で、おばさんの方は少し余裕がある。『奇跡の壺』のおかげですかね? まあ、すごい。壺の効果って、あるんですね!


 とにかく、相手を正気に戻してはいけない。適当な言葉で余裕を奪っていく。


「親戚という話だけど、あの二人とは距離をおいた方がいいよ。たぶん、君のその影も、あの二人から移ってきたものだと思うから。あっ……!」

「えっ!? な、なんですか?」

「君の影、少しずつ濃くなってる……。もう時間がないのかもしれない。一刻も早く離れた方がいい。二人には適当に話しておくから」

「え? ええ?」

「早く!」

「わ、わかりました!」


 そう言うと、後輩が席を立った。

 今しかない!


 後輩に続いて俺も立ち上がり、さらには後輩を置き去りにして出口にダッシュだ!

 伝票? 知ったことではないですね。

 ここまで付き合ってあげたんだから、あの三人が払ってくれるでしょう!


 とにもかくにも、全力で逃げる。うまくいって良かった。おかげでわけのわからない壺を買わずにすんだ。やっぱり、可愛い子から食事に誘われるなんて、幻想を信じちゃ駄目だったんだなぁ。


 というわけで、少々時間を無駄にしたのと、心に少なくないダメージを追った程度で済んだわけだけど。後日、友人に聞いた話だと、俺はあのファミレスで『第六感の男』というあだ名をつけられたらしい。踏んだり蹴ったりだよ……。

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