第9話

scene9 桜の精


神棚にいる、陶器のお狐さま。

ふだんは神棚にいる白磁の置き物にしか見えません。

ところが実体化するお狐さま。

それなのに、威厳もないお狐さま。

口の端にチーズをつけたお狐さまの、玉ちゃん。


私について歩くときは、白狐の姿で。

でもこの姿は、他の人には白ねこに見えるそうです。

よく人に懐く、ついて歩く野良猫に見えるらしいと、ナナさんが言ってました。


大学の帰り。

今日は神楽坂のアルバイトもお休みです。


帰り道。

神社の境内に咲く桜も散りはじめ。

中には、見事な桜の古木も。

その美しさに足を止めて眺めていました。

と、さくらの根元に光るものが見えました。


「すいません。そちらの女性の方」


桜の根元からそんな声が聴こえてきます。


玉ちゃんが言います。


「瑠璃ちゃん、桜の精やわ」


「長いこと見ーひんかったけど、桜の精は久しぶりに見たわ」


声の聞こえた桜の根元に向けて、声をかける私。


「はい、どうされたんですか?」


木の陰から、小さなお年寄りが現れました。

実家の父が着る神職の装束みたいな服です。


玉ちゃんや天ちゃんを初めて見たときと同じで。

怖いとは思いませんでした。


桜の精のおじいさんが続けて言います。


「私が長く住んでいるこの桜の古木も、今年で寿命がつきそうでしてな。

幹の中に虫がついておりまして。

台風が直撃したら危ないということで、この秋にも伐採されるらしいんですわ。

それで貴女にお願いというのは、故郷に帰りたいと。

あなたにはその力をお持ちの方の匂いがしましたので、声をかけさせてもらったわけです」


「えー!私にそんな力はないんですが、、、たぶんそれは八雲先生のことだと思います」


おじいさんのお話から、すぐに八雲先生が頭に浮かびました。


「今日はお店もお休みで先生もどこかへ行かれてますから、次回でよいですか?」


「はい 秋までであれば。そんなに急いではいませんので」


「ではあらためて。

先生のご都合を聞いてから、お連れしますね」


「はい、それではよろしくお願いします」


うっすらとした光が徐々に消えていくのと同時に、小さなお年寄りの姿も消えていきました。


どう考えても摩訶不思議なことなのに。

自然な気持ちで対応していたことに、我ながらびっくりです。


「玉ちゃん、帰ろうか」


足元の玉ちゃんを抱き寄せて言いました。


「あい」


「瑠璃ちゃん、帰りにチーズ買うてーな」


「はいはい」


夕陽が差しこむこ境内。


舞い散る桜の花びらもすっかりと


少なくなったようでした。

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