アンドロイドは虫の知らせを感じるか

葵 悠静

本編

「マスターー!! 大! 丈! 夫! ですかーー!!」

「え、ちょちょちょっと待って?!」


「どこにもお怪我はありませんか!?」

「ちょっといきなり何!? どうしたの? ちょっとべたべた触らないで説明しなさいってば!」


「本当にどこもなんともないですか!? 車にひかれたり配達ドローンが宙から降ってきて脳震盪になったり、屋上から飛び降りたりしてないですか!?」


「だから落ち着きなさいって! 屋上から飛び降りてたら今頃こんなに普通に歩いてないでしょうが! 何、いきなり走ってきたと思ったらペタペタ人の身体触ったりして、どうしたの!?」


「私が近くにいないばかりに……すいません」

「だからなんともないってば……」




「それで? 何があったの?」

「いえ、特に何も」


「なに、スンって顔してんのよ。あんな必死な顔で近づかれたら私の方が焦るわ」


「いえ、ただの私の勘違いだったようなので、気が抜けたと申しますか、全速力で走って損をしたと申しますか」


「それ、私が悪いの? ……本当に何もなかったの?」

「はい。嫌な胸騒ぎがしたのでもしかしてマスターの身に何かあったのではないかと思い、はせ参じた次第でございます」


「胸騒ぎ?」

「ええ、マスターは私を会社には連れて行ってはくれませんので。もしかして道中何かあったのではと思ったのですが、ただの杞憂だったようですね」


「そりゃ毎日毎日あんたを引き連れて会社に行くわけにもいかないでしょ。というかそもそもあなたアンドロイドでしょ?」


「ええ、マスターの認識通り私はアンドロイドです」


「アンドロイドが胸騒ぎってそれはただの故障か何かなんじゃないの?」


「マスター!」


「な、なによ」

「アンドロイドに、機械に、物に! 第六感は宿らないとそうお思いですか!」

「うん」


「くっ。なんたるまっすぐな視線。マスターにそんな目で見られたら認めたくなりますが、さりとて私にもプライドというものがありますので」

「別にあるならそれでもいいけど」


「いいえ、そんな言葉だけの信頼などいらないのです。少々お待ちください。……はっ! マスターこちらに!」


「な、なに!? ちょっと引っ張らないで!」




「おかしいですね」

「何がよ……。いきなり引っ張ったと思ったらこんな何もない空き地に連れてきて」


「ここにおいしいラーメン屋があると私の第六感がささやいていたのですが」


「それって第六感っていうの? というかこの結果尾を見るにあんたの第六感は外れてるみたいだけど?」


「おかしいですね」

「ていうかそもそもそれはあんたの位置情報検索がバグってるだけじゃないの……?」


「ええ、研究所でもよく言われました。お前はバグっていると。しかし私はそうは思いません。バグと決めつけられ捨てられたとしても、私は私自身を信じています」


「どうしたの急に。捨てられたって私普通にショップであなたを買ったんだけど」


「ええ、お安かったでしょう?」

「まあアンドロイドにしてはね」


「そういうことですよ。私は私の意思に従って自由に行動した結果、用済みと判断されたのです」


「そう……」


「まあ端的に言うと研究の役には立たないけど、高いスペックは持っているし、ある程度の自由もきくから家庭用アンドロイドに異動。ということになっただけなんですが」


「ちょっとでも同情した私の気持ちを返してくれる? だからそのスンって顔やめろ」


「でもそのおかげで私はマスターに出会えて幸せです。いつもアンドロイドとは思えない自由でプライドが高い行動をしたとしても、売り飛ばさずに付き合ってくれてありがとうございます」


「ベ、別にあんたといるのは苦じゃないし、そんなお礼を言われることでもないけど……」


「はっ!」

「な、なに?」


「マスターは今涙腺が緩んで泣きそうになってますね!? 私の第六感がそう告げています!」


「それは私の体温、表情を診断した結果で第六感でも何でもないでしょうが! そもそも泣きそうになんてなってない!」


「そんな……!?」

「そもそも自由でプライドが高くてアンドロイドらしくないって自覚してるなら、ちょっとは自重したらどう!?」


「それは私のプライドに反しますので無理です!」


「このアンドロイドは……!!」

「はっ! マスターあちらにおいしいサンドイッチ屋さんがある気がします!」


「こんな田舎にサンドイッチ屋なんてあるわけないでしょうが! あんたが行くのはメンテナンスショップ!」


「まさかマスター私を売り飛ばすつもりですか!」


「あんたが言う胸騒ぎっていうやつがハードの異常じゃないか確認しに行くのよ!」


「乱暴な言葉づかいで手を引きながらも、その行動理念は優しさに満ちているマスターが私は好きです!」


「うっさい!」


「しかしマスター、私は今私自身のハードの状態よりあちらにあるであろうおいしいフランスパン屋の方が気になります!」

「……位置情報ソフトもついでに見てもらお」

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アンドロイドは虫の知らせを感じるか 葵 悠静 @goryu36

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