魔王様! そのダンジョン建築基準法違反です!

いぬふさ

第1話 初めまして!? 魔王様!

 やっと……、やっとだ! これで全部取れたんだ!!

男は6月の生暖かい風を感じながら喜びに浸っている。 

スマートフォンを片手に何度も確認する、自分の受験番号が書いてある紙とスマートフォンの画面を何度も見直してみる。 

やはり間違いはない、合格している。

これでコンプリートだ! やった!と心の中で叫びながら喜んでいたら

「…輩。 ……先輩!」

我に返る、喜び過ぎて周りが見えてなかった。

「先輩どうしたんですか? さっきからなんかこう……変ですよ?」

道の真ん中で突っ立ってニヤニヤしていたら誰だって不信に思うだろう。

「あぁ、すまない」

後輩の男はさっきから何をニヤニヤしていたんです?と聞いてきた。

「欲しかった資格が取れたんだよ、かなり勉強したからうれしくてな」

後輩は呆れたように言う。

「……先輩、資格取るの何個目ですか?」

「えぇっと、これで42個目かな。 あぁ、でも国家試験はこれ合わせて9個目になるな」

バケモノかよと後輩の口から洩れる。

「先輩、国家試験はそんなに持っていたって意味ないんすよ? んで今回は何の資格とったんすか」

俺は口元をニヤつかせながら言う。

「今回は、不動産鑑定士だ!」

「すご! いやいやいや、先輩不動産関係に転職すんすか?」

「しないよ? 資格はほとんど趣味みたいなもんだし」

「もったいない! いや、まぁ今の仕事も弁護士だから資格も司法試験ですしもったいないって訳じゃないけど」

「いややっぱもったない!」

後輩が一人でブツブツ言っている。


 たわいもない会話をしていると後輩が「あ、やべ。 休憩時間少ないっすよ! 早く昼飯買いに行きましょ!」と言い走り出す。

腕時計を確認するとあと少ししか余裕がなかった。

後輩の後ろを追いかける。

長い横断歩道を後輩が渡り始める。

そこに明らかにスピードを出し過ぎているトラックが横断歩道目掛けて走ってきていた。

後輩はスマートフォンを見ながら走っているため気づいていない。

危ないと思った瞬間、俺は後輩に追いつき突き飛ばす。

その衝撃で転んでしまう。

轢かれてしまう瞬間色んな事が脳裡に過る。 ブレーキ音がないことや、せっかく資格とったのにとか、実家の犬についてだとかを。

鈍い音が横断歩道に響く。

体が熱い、俺はまだ死んでいないみたいだ。 

しかし体を動かすことはできず、自分の体のパーツがバラバラになったことだけはわかる。

後輩が俺に駆け寄る。

「先輩ッ! 先輩ッ!」

大声で叫ぶ後輩を見て、俺は大丈夫だからと少しでもカッコつけるような言葉を言おうとしたが声が出ない。

横断歩道にいた通行人は警察や救急を呼んでいるだろうか。 呼んだところで助かるわけがない事は自分が一番に理解させられていた。

あぁ、死にたくねぇな。 まだやりたいこと、あったんだけどなぁ……。

俺の意識は暗い微睡みの中に落ちて行った。


 「……きて……。 おきてく……。」

どこからか声が聞こえる。 どれぐらい寝ていた? 時間がどれぐらい経ったかわからない。 3分、7時間、1日、1ヵ月? または1年以上? それぐらい経った気がする。

「起きて下さーーーーい!!!」

可愛らしい声が聞こえる。 目を開けなくてもわかるぐらい明るいのが分かる。

瞼に光がささり、目を開けることすら難しい。

「ねぇー! おーーーきーーーてーーー!!」

俺は意を決して目を開ける。 光は眩しく最初は薄目で目を慣らしていった。

目を開け、体を起こしてみる。

「……ここは?」

周りは白く、果てがなく地平線が見えていた。

本当に何もないと言ったほうがいいのか、だがそこには一つだけ異質なものがあった。

「やっと起きましたね! おはようございます!」

「えっと、おはようございます……」

ンフーと鼻を鳴らしながらドヤ顔でこちらを見ているコーギーが目の前にいた。

正確には見た目はコーギーなのだが、二足歩行で背中には小さな羽がパタパタと音を立てていた。

「ここはどこだって顔してますね! 大丈夫です言わなくて! ぜーんぶわかってますから!」

目の前のコーギーはドヤ顔で語る。

「ここは天界です! と言っても何もないですが!」

天界ってことは俺はもう……。

俺は俯き涙した。

「残念ながら貴方はあの事故で死んでしまいました……。 しかし最後に自分の後輩を助ける行為は素晴らしいので! この私が! 転生! させて! 差し上げます!」

「転生ってことは、また人として生き返るってことか?」

俺には転生と言う言葉がまるで前の世界に戻れるもの、そんな淡い期待をしていた。

「それとはまた別になります! 生き返るというよりかは新しい人生を送ると考え下さい!」

流石にそうだよな…。 でも転生できるだけでも、また生きれると思えば嬉しい事だと自分に言い聞かせた。

しかし今まで取った資格とか全部なかったことになるのか……。

「今、前の世界で取った資格について思いましたね! そこも大丈夫です!」

なにが大丈夫なんだろうか、不安だ。

「まぁそこは転生してからのお楽しみです!」

この犬、完全に人の心を読んでるな。

コーギーは口角を思いっきり上げこちらを見ていた。

「それでは早速転生準備に入りましょ!」

コーギーが羽をパタパタさせながら自分の周りを飛ぶ。

「さぁ、紡ぎましょう。 次の世界へ」

声色が変わり辺りが曇りだす。 俺の中心に紫色の魔法陣が広がる。

「うわっ」

俺は驚き動こうとしたがその魔法陣は俺を中心として作られているため、ついてくる。

「大丈夫、貴方にはそれは無害です。」

続けてコーギーは語る

「エンチャント……全法律知識付与。 エンチャント……建築知識付与。 エンチャント……不死付与。」

「さぁ、どうか恐れないで。 次の世界へ連れて行きます。 私に身をゆだねて……。」

優しく冷たい声色に耳を傾ける。 

あの時の、死ぬ前のような暗い微睡みの中に落ちていく。

しかし今回は恐怖心はなくどこか安心して落ちることができた。


 「うぅ……。 ここは?」

また見知らぬ風景だった。 さっきのが夢で本当は俺は病院にいるってオチではなさそうだった。 

石で出来た部屋をランタンの乾いた明かりが照らす。

部屋はそこそこ広く掃除が行き届いているのか綺麗だった。

木の扉がありかなりの大きさだ。

目の前には木で出来たテーブル、その上には一枚の羊皮紙が置いてあった。

「あ、起きましたね! おはよーございます!」

「あぁ、おはよう。 ここは?」

「私が説明するよりこれから来る者の方が説明受けたほうがいいです!」

コーギーは自分の目の前に座り鼻歌を歌っていた。

これから来る者? 誰だ?

コンコンと乾いたノック音がする。

ガゴンとドアの開く音が部屋に響く。

ドアから出てきたの牛の頭を持ち体は人のようだったが、大きさはかなり違っていた魔物だった。

「…え、あ」

俺は驚きで声と言う声が出せなかった。

その魔物の体は大きく、大きな木の扉を潜り抜けてきた。

毛並みも深い漆黒を帯びており、きちんと手入れされていることが一目でわかる。 目は真っ赤に燃え光、だがどこか優しささえ憶えた。

右の角には黒く細い王冠が宙に浮きクルクルと浮かんでいる。

服装もどこか気品を感じる、胸元には勲章だろうか、4つほど付けられている。

「貴様が転生者か?」

俺は呆気に取られ言葉の出し方すら忘れてしまった。

「おい、大丈夫か? おーい!」

「あれー? おかしいですね! さっきは喋っていたんですが」

魔物が俺の近くにくる。

「おい、貴様。 どこか具合が悪いのか?」

優しい言葉に俺の動揺も少し取れた。

「あ、いや。 どこも…悪くない……です。」

魔物はガハハと笑い「それはよかった!」と言い俺の対面に座った。

「自己紹介がまだだったな。 ワガハイはこの魔王城の主、名をクロニカと言う」

魔王城? 何が何だか分からなくなってきた。

クロニカと名乗った魔王は何かを察したようで言葉を綴った。

「ギコ、この者は確か転生者だったな。 ならば我ら魔族がいない世界から来たのではないか?」

「……ッハ! 人間だけの世界からですね! 私としたことが説明が不足していました~!」

コーギーのことをギコと呼んでいたがこいつの名前なのか?

「あ、私の自己紹介もまだでしたね! 天使ギコといいます~!」

えぇっと、魔王クロニカに天使ギコ。 それに魔物。 本当に転生したんだ。

「えぇっとクロニカ……様」

「そこまでかしこまらなくてもよい。」

「じゃあクロニカさん、僕の名前は……」

名前を言おうとした瞬間、クロニカは人差し指を唇に当て「静かに」とジェスチャーをした。

「前の世界の名前を言うのではない、本当の名を知られると主導権を握られるぞ?」

この世界はそう言うことがあるのだろうか?

「えっと、そしたら偽名の方がいいんでしょうか?」

クロニカはニヤリと笑う

「ワガハイが名付けてやろう! そうだな……」

腕を組み短く唸っている。

「……イヴェール、イヴェールなどはどうだ!」

かなり西洋寄りな名前だが、魔王クロニカが折角付けてくれた名だ、無下にはできない。

「いいと思います。 これからこの世界ではそう名乗るようにします」

「うむ!」

クロニカは満足そうだ。

ふと疑問に思う。

「俺みたいな人間がなんで転生したらいきなり魔王様と出会ってるんだ?」

ぼそっと心の声が漏れてしまった。

ギコとクロニカは目を見合わせる。

ギコは気まずそうにこちらに歩み寄ってくる。

「あの~、大変言いづらいのですがぁ……、実はもう貴方は人間ではなくてですねぇ……」

俺は自分の体を見る。 体は鎧を着ていた。 そして顔を触ってみるが、無い!頭が! 

「え……、えぇぇぇええぇぇぇえええ!!!」

いや、角はある、なんである!? 角? 頭がないのに? 角だけが浮いているようだった。

「か……、鏡ってあります!?」

ギコがどこからか出した手鏡を受け取る、黒色と紫色が混じった靄がチリチリと炎の形で顔の位置にあった。 靄の上の方には仰々しい黒色の角があった。

体も鎧? こんなの着た覚えないぞ!

「なんだこれ!! なんで! 顔がない! いや頭がない!」

「ギコ! どういうことだ!」

「その~……、スキル付与するときに不死を付与してしまって……、でもその~、かっこいいですよ! デュラハン族はなかなかレアですって!」

デュラハンって首が無い騎士みたいな奴だよな、それに転生したって事か…?

ギコは不安な表情をこちらに向けてくる。

なんか色々あって怒る気にもならない、まぁ怒るも何ももう一度俺として生きることができるだけいいじゃないかと自分に言い聞かせた。

「ギコ、ありがとな…」

ギコはオロオロとした表情からすぐににんまり顔になり元気に飛び回った。

「ンフー! どういたしまして!」


 クロニカは机の上に置いてあった羊皮紙を手に取り読んでいた。

「ふむ、全法律知識に建築知識と不死付与か、かなり優秀だったんだな貴様。 不死付与以外はこの魔王城でも欲していた」

クロニカはこちらを見つめニヤリと笑う。

「貴様、この魔王城で働く気はないか?」

この城で、か……。

確かに身寄りもこの世界にはいないしこの姿じゃなぁ。

「俺で良ければ、ここで働かせてください!」

「よし! では着いてくるがよいぞ!」

クロニカは席を立ち、扉を開けて待っていた。

俺は席を立ち、慣れない鎧の体をガシャガシャと言わせながらクロニカの元へ向かった。

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