第六感
ゆらゆら
それは呪いか、啓示か。
言葉ではうまく説明できないが何となく先がわかる―――それを人は第六感と呼ぶ、と思う。
私にも時々、第六感が働く瞬間がある。
たとえば、高校生の頃、所属していた劇団で、オーディションを受ける前から「今回は、何か役がつきそうだ」とわかったり、転職活動でキャリアアドバイザーが送ってきた少なくない数の求人の中から「この会社は通るだろう」とわかったりする。
まあ、劇団や転職の例は、それまでの活動の経緯から、無意識のうちに様々な要素を勘案して妥当な推測がたてられていたという説明もできる。
けれど、私には、危険に遭遇しそうになった時に、なんとなくそれを避ける第六感がある。たとえば、3月11日の地震の朝、私は出張予定だったが、なぜか気が進まずのろのろと準備して出発時間をずらしていた。おかげで、地震発生時も発生後も家族と離れ離れにならずに済んだ。
地震や台風、人身事故などで、交通機関がストップし、どこかに閉じ込められたりする危険性が高い局面では、いつも事前に逃げ出していて、巻き込まれたことがない。
あの日も、私の危険を知らせる動物的勘が働いたのかもしれない。
私が小学校4年生だった時のことだ。その頃、私の住んでいた市には、桜の名所があった。その川沿いの桜並木は、その一本、一本が大きな木であったこともあり、見事な枝ぶりで、四方に伸びた枝先にポップコーンのような花がわんさと付き、花の盛りの頃になると昼は一面ピンクの雲に包まれたように華やかで、夜は一転して人々を異世界に誘うような幻想的な眺めを作り出していた。休日には、花見客をあてこんだ的屋が露店を並べており、子どもだった私は小遣いをはたいて、菓子やゲームに夢中になった。
その春の日も、私は幼馴染で同級生のMと待ち合わせをして、花見がてら露店で遊ぶ約束をしていた。桜並木までは家から自転車で10~15分といった距離だったので、その日も私は自転車に乗り、いつもの調子で気持ちよく出発した。ところが、いつも行き慣れたはずのその場所に、その日に限って、私は道を間違えて迷ってしまい、なかなか着くことができなかった。それでもどうにか行き着いたのだが、大幅に遅刻してしまった(たぶん1時間くらいだったと思う)。当然、Mはとても怒っていて、今日はもう帰ると言う。悪いのは私なので、私はMを引き留める言葉も思いつかず、ただ平謝りで頭を下げながらMを見上げた。
そのMの顔の半分が、妙に暗い。反転したネガのように、左頬の一部がひどく黒ずんで見える。
あたりは春の陽光に薄ピンクの桜花が反射して光りが弾けたように明るい。Mのおしゃれをした格好も(赤いチェックのスカートだったが)明るくはっきり見える。それなのに顔の一部だけが影が差したように黒く映る。
私は、その異変をMに伝えたかったが、ただでさえ怒っているMの機嫌をこれ以上悪くして、絶交でもされてしまったらと思うと、うまく言葉が出てこなかった。
その時、「きゃあ」という短い女の人の悲鳴が上がったと記憶している。そのすぐ後で、どっと笑い声が沸いたので、それが本当に悲鳴だったのかどうかはっきり分からなかったが、あれは悲鳴だったと思う。ビニールシートを敷いた酔客の一団の中で、女の人が頬を叩かれたらしかった。顔の左半分を手で覆い、うつむいている。彼女を叩いたらしい男の人を、周りの者が笑いながらなだめ、一応止めている様子だ。
私もMもびっくりしてしまい、棒立ちになって遠目に彼らを凝視していた。無意識だったが、それが勘にさわったのか、女を叩いた男がこちらを睨んだ。吊り上がった細い目が恐ろしかった。私とMは、どちらともなく手を握り合い、「帰ろう」とつぶやいて早足でその場を立ち去った。結局、その日は、一緒に遊ぶこともなく、何も言わずにそれぞれの家に帰った。
数年後、Mも私も、大学生となった。Mは、アメフトをしているY君に夢中になっていて、私はそれを微笑ましく思っていた。Y君は、ちょっと浮気性なところが心配ではあるが、悪いヤツではないし、Mが夢中なので良いと思っていた。ところが、ある日突然Mは、新しい彼氏と付き合いだした。Y君とも、きちんと別れていないのに。なんでもハッキリさせる性質のMらしくないと思った。
「彼に会ってほしい」
そう言われて紹介された新しいMの彼氏を見て、私はギョッとした。あのお花見の日の男と、彼はそっくりだった。優しく細められた目が、どうしてか怖い。
「彼は、やめた方がいいよ」
私は忠告したが、根拠のない説得は、なかなかMに届かなかった。焦った私は、Y君と連絡をとり、Mとの話し合いの場を作ったりして、Y君とMとの仲を修復しようと試みた。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて・・・という言葉もあるし、恋愛に介入したくはなかったが、心配で仕方なかったのだ。
Mと新しい彼氏との間にY君が入り、いわゆる三角関係はもめた。そして、ある日、Y君とよりを戻そうとしたMが、彼に殴られた。Y君が間に入ったので大事には至らなかったが、後日会ったMの左頬は黒ずんでいた。
今、Mは、Y君でもない、殴った彼でもない、眼鏡の似合う穏やかな男と結婚して、2人の息子と毎日忙しそうに、でも幸せそうに暮らしている。
あの大学生の時のことは、私もMも話さない。私は、Mを助けられたのだろうか。それとも。
第六感 ゆらゆら @Kena_T
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