第37話 教え子の盾

「そこの獣人さん、スナネコ飛空挑戦チャレンジのチケットあるよ。プラチナだよ、プラチナ」


 スーニャンステーションのお膝元で、キタキツネの獣人コンタが町ゆく人外に声をかけ、逆さま列車の入手困難切符を売り歩いていた。高値で切符を売りつけられようとしているアライグマの獣人が胡乱な視線を向けた。


「これ、本物?」


「もちろん本物さ。今すぐ買わないと、もうすぐ発車しちまうよ。どうする、買うの? 窓際の特等席だ。こんなチャンスは二度とないぜ」


「ほんとうに窓際の席か、確認させてよ」


「だめだめ、もうすぐに発車しちまうよ。ほら、買うの?」


 コンタが巧妙に売り込んでいる。


 窓際の特等席は何カ月も先まで売り切れており、どうしてもスーニャンを間近で見たければ、コンタのような〈転売屋テンバイヤー〉から手に入れるしかない。〈転売屋〉は、シト・トウキヨで名うての結婚詐欺師として悪名を轟かせ、トウキヨ拘置所のお世話にもなったコンタの新しい商売シノギであるらしい。


 スーニャンと近しいポポロでさえ乗車切符の割り当てはないというのに、コンタはいったいどうやって切符を手に入れているのだろうか、ポポロは不思議に思った。


 違法スレスレであっても、完全に違法ではない〈転売屋〉の仕事は必要悪である。旧友の商売の邪魔をするつもりはなかったので、ポポロは知らんぷりして素通りしようとした。ポポロを見かけたコンタは、いかにも親密そうに話しかけてきた。


「おう、ポポロ。ちょうど良かった。このお客さんが疑り深くてさ、逆さま列車の指定席が偽物じゃないかってクレームをつけやがるんだ。運営さん直々に、これは本物だって太鼓判を押してくれよ」


「ごめん、誘導係をしなきゃいけないから」


「固いこと言うなよ。この切符は本物だって言ってくれりゃいいんだよ」


 コンタがひそひそと耳打ちしてきた。妖術師訓練校時代、木の葉をジパング銀行券に変える妖術をポポロに身に付けさせようとしたのがコンタであった。


 ジパング銀行券には、すかし、超細密画線、ホログラム、すき入れバーパターン、潜像模様、パールインキ、特殊発光インキ、深凹版印刷による識別マークといった、世界最先端の偽造防止技術が凝らされている。ポポロ程度の生半可な妖術ではとても偽造できるものではなかった。


 しかし、逆さま列車の乗車切符はそこまで高度な偽造防止技術など施されていない。列車が発車する日付けと時刻、席番号が記されただけの簡易さであるから、ちょっとした妖術の嗜みさえあれば偽造すること自体は容易い。


「コンタ、この切符はどうやって仕入れたの?」


「ん、まあ、とある筋からな」


 コンタの歯切れが急に悪くなった。これでもポポロは木の葉をジパング銀行券に変えようと奮闘してきたのだ。本物と偽物の区別をさせれば、人一倍鋭い。逆さま列車の切符の厚み、手触り、インクの掠れ具合、何もかもが本物と微妙に違っている。


「悪いけど、偽造切符を本物と言うことはできない」


 ポポロが切符を偽物と断じると、アライグマの獣人はそそくさと離れていった。


「おいおいおい、商売の邪魔をしてくれるんじゃねえよ。お前はただこの切符は本物だって保証してくれればよかったんだよ」


 切符を売りつけることに失敗したコンタは地団太を踏んで口惜しがった。


「騙すのは良くないよ、コンタ」


「ポポロの分際で説教か。偉くなったもんだな。運営さんだかなんだか知らねえけど、お前ちょっと調子に乗ってるんじゃねえのか」


 コンタに思い切り因縁をつけられ、ポポロはたじろいだ。


「説教だなんて、そんな……」


「この切符が偽物だって言いふらすなら、俺にも考えがある。〈偽造フェイク〉はお前の十八番だろう。偽造切符はすべてお前が用意したものだって言いふらしてやる」


 やってもいない罪を認めるわけにはいかない。コンタに歯向かうのは怖かったが、ポポロは喉の奥からようやく声を絞り出した。


「ぼくは偽造切符なんて作っていない」


「なあ、ポポロ。お前が妖術師訓練校で毎日練習していた妖術はなんだったっけな。今は教師の鑑なんぞと祭り上げられてるけど、お前なんて一皮剥けば、ただの偽造野郎なんだぜ。悪い噂が流れたら教師なんざすぐに失業だ。教師を辞めさせられたくなかったら、俺の頼みを聞けよ」


 コンタに脅され、ポポロは顔を引き攣らせた。


「……頼みって?」


 大人しく言いなりになると思ったのか、コンタがにやりと笑った。


「スーニャンに会わせろ。俺がもっと稼がせてやる」


 コンタはスーニャンを金のなる木だとしか思っていないようだ。スーニャンの夢を純粋に応援できないのであれば、たとえ旧友であっても近付けるわけにはいかない。


「ごめん、コンタ。それはできない」


 ポポロが申し訳なさそうに断るや、強烈なボディーブローを食らった。


「いい子ちゃんぶってんじゃねえよ、ポポロ。俺はな、妖術師訓練校の頃から、お前がいちばん嫌いだったよ」


 コンタは地面に唾をぺっと吐き捨てると、肩を怒らせて立ち去っていった。


 皮下脂肪が分厚いおかげでパンチそのものは大したダメージではなかった。しかし、友達だと思っていたコンタから突き付けられた言葉の棘はポンタの心を鋭く抉った。


 ――いい子ちゃんぶってんじゃねえよ、ポポロ

 ――俺はな、妖術師訓練校の頃から、お前がいちばん嫌いだったよ


 ポポロの頭の中でコンタの言葉がぐるぐると繰り返された。心はぽきりと折れそうだったけれど、いつも教え子にかけている言葉がポポロ自身にもお守りになった。


 ――自分の夢を追いかけなさい。他人から笑われても情熱に従うんだ


 教師であるポポロの夢とはなんだろうか。


 それは教え子が夢を叶える瞬間に立ち会うこと。


 空飛び猫の夢を見るスーニャンの夢を利用し、踏み躙ろうとするものがいるなら、ポポロはすべてを跳ね返す盾となろう。相手が何者であれ、屈しはしまい。


 ポポロは決意を新たに、スーニャン駅のプラットホームへ向かった。

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