第30話 スカンク一家

 スーニャンは逆さま列車の線路上をひた走り、いつもより長く助走をとった。


 飛び出しが良かったため、いつもは超えられない高さの時計台をすれすれで超えた。見事な放物線を描いて滑空し、天窓をぶち破って侵入した先はスカンク一家の暮らす巣穴だった。


 硝子が砕け散り、スーニャンは枯れ葉を敷き詰めた寝床に落下した。


 突然の襲来に、スカンクの獣人クンカーは驚愕した。


「……な、なにっ」


 何か得体の知れない飛来物はむくりと立ち上がり、もぞもぞと動いた。


 幼い子供の母親であるクンカーはとっさに尻を向けた。威嚇を無視して襲ってくるようであれば、躊躇いなく悪臭ガスを放つつもりであった。


「それ以上近付かないで! ち、近付くと、ぶっ放してやるんだから!」


 悪臭ガスはクンカー必殺の妖術であるが、嗅覚の弱い鳥人には通用しない。猛禽は天敵と言ってもよく、フクロウや鷹の鳥人から逃れるため、頻繁に引っ越しした。


 懇意にしている〈建造者ビルダーズ〉に格安で作ってもらった巣穴だが、こうなってはすぐにでも引っ越しを考えなければならない。


「あーあ。しっぱい、しっぱい」


 枯れ葉まみれの襲撃者はやけに可愛らしい声を出した。ホーホーと囀る不吉な声ではない。音もなく忍び寄る暗殺者めいた雰囲気もない。


「だ、騙されないわよ。こ、こっちに来ないで!」


 クンカーが悪臭ガスをぶっ放す。見事、襲撃者の顔面に命中した。


「うにゃあぁぁああぁぁああああぁああ!!!」


 一次的に失明しているのだろう。襲撃者は両目を押さえて悶え苦しんだ。ごろごろと床に転がって苦しむ声は、クンカーが想像していたよりもずっと幼かった。


 悪臭ガスが効くということは、この襲撃者は鳥人ではない。


 とすると、いったい何を撃退してしまったのだろうか。


「あのー、もしもし。大丈夫?」


 クンカーはほんのり罪悪感を覚え、ごろごろと転げ回る襲撃者に声をかけた。


 人外が地下トウキヨに移り住む条件として、「食うか、食われるかの野生サバイバル」を持ち込まない、という大前提が存在する。


 そうは言っても天敵からは身を隠したくなるし、獲物と見れば襲いたくなるのが獣の性というもの。


 町で起こる事件のほとんどは、獣の性を抑えられなかったがための不慮の事故だ。


 揉め事が起これば、互いに話し合いで解決。


 それでも解決を見ない場合は、相応の慰謝料を支払う。


 それが都市生活のルール。


 住居不法侵入と悪臭ガスによる過剰防衛および精神的ストレス、どちらの罪がより重いだろうか、などとクンカーが考えていると、実にタイミング良く、妖術師訓練校の教師であるタヌキの獣人ポポロが現れた。


 ポポロは、クンカーの子供たちに妖術を教えてくれている親切な先生だ。


「こんばんは、ポポロ先生。ちょうどいいところにいらっしゃいました」


 悪臭ガスの蔓延する巣穴に一歩足を踏み入れるなり、ポポロは鼻を摘まんだ。


「こんばんは、クンカーさん。お怪我はありませんか?」


「私たち家族は大丈夫です。けど……」


 クンカーは申し訳なさそうに頭を垂れた。ポポロは片手で鼻を摘まみ、もう片方の手で転げ回る襲撃者の首根っこを掴んだ。


「スーニャン、無事かい?」


「ポポ先生ぃ、目が見えない……」


 ぐすぐす泣いているのは、幼いスナネコの獣人だった。


「あら、ポポロ先生のお知り合い?」


「スナネコの獣人スーニャン。ご子息たちと同じ妖術師訓練校の生徒です」


「まあ、それは悪いことしたわね」


 巣穴中に悪臭がこもっているため、ポポロはすぐにでも立ち去りたそうだった。


「クンカーさん、日を改めてお詫びに参ります。今日のところはこれで失礼します」


 スーニャンを保護すると、ポポロは立ち話も早々に巣穴の外に出た。クンカーはポポロを追いかけた。


「ポポロ先生、この一件はどうかご内密に」


「どういうことでしょうか」


「巣穴にはスカンク以外の住人もおります。悪臭ガスをまき散らすと、他の住人から苦情の嵐なんです。引っ越してきたばかりなので、あまり大事にしたくありません」


 クンカーが事情を説明すると、ポポロはすんなり理解してくれた。


「承知しました。ですが巣穴の天井が壊れてしまっているので、そこは弁償させます。クンカーさんはどちらの〈建造者ビルダーズ〉をご利用ですか」


「いえ、天井ぐらい問題ありません。安物の巣穴ですし」


「そういうわけにもいきません」


 クンカーが手打ちにしようとしても、ポポロはなかなか引き下がらなかった。仕方

 なく、クンカーは利用中の〈建造者〉を紹介した。


「アナウサギの獣人アナベルがやっている〈兎の足ラビッツ・フット〉という新興建造者です。ほら、アナウサギって穴を掘るのが得意じゃないですか。アナベルはナアゴヤ・ダギヤアの〈妖術師の巣穴ワーレン〉に住んでいるけど、地下トウキヨ向けの建造も手掛けるようになったんです。妖術で穴を掘って、完成した巣穴をトウキヨに運ぶ。ナアゴヤ・ダギヤアに居ながらにして家を作っちゃうんですよ。凄いですよね」


 地下トウキヨでは、作った巣穴を無数に重ねて集合住宅を作る。


 クンカー一家は悪臭の苦情があるたび古い巣穴を廃棄した。引っ越しのたびに新しい巣穴を発注した。知る人ぞ知る〈兎の足〉を頼る機会が多かったので、クンカーはついつい語り過ぎてしまった。


「〈兎の足〉ですか。初めて聞きました」


「先生もクンカーの紹介だと言えばお安くしてくれると思うわ。そうそう、よかったらこれを使って。〈兎の足〉と交信できる妖術紅茶ソーサリ・ティ―なの」


 クンカーはポポロにアナウサギ印のティーバックを手渡した。


「ありがとうございます。家を建てる機会があれば利用させていただきます」


 ポポロは丁寧にお辞儀をして、立ち去っていった。

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