第25話 モシュ王国

 太陽奪還計画が忘却の彼方へ去り、ミリクが言い出しっぺとなって新計画が発足した。


 妖術師の力を結集した〈妖術太陽ソーサラー・サン〉を上空に浮かべる計画は町をあげてのお祭りとなった。アガリコの木から持ち出してきた四角いういろうを真ん丸に成形し、中身をくり抜く作業をオジュマコジュマたちがせっせとこなしている。


 見物に訪れた火トカゲの獣人マザラが不安げに見守っている。


「火はあるが、火種がない。どうするつもりだ?」

「大丈夫。永遠に燃え尽きない火種があるから」


 ミリクが目で合図をすると、法螺貝の死霊ホーラ・ガイストが〈ナアゴヤ・ダギヤア魂の味 驚愕ビックリ味噌ダレ〉と記された円錐形のガラス瓶を持ってきた。


「なんだ、それは?」


「無限に復活する味噌ダレ。これをういろうの中に塗れば火種が消えることはないと思う」


 オジュマコジュマは陽気に歌いながら〈妖術太陽〉の内側に驚愕味噌ダレを塗りたくった。塗っているそばから味噌ダレを摘まみ食いして、作業の手が完全に止まっている者もいたのはご愛嬌だ。


「ミソダレ! ミソダレ!」

「ミソダレ! ミソダレ!」

「ミソダレ! ミソダレ!」


 マザラは味噌ダレなんぞが火種になるのか、と心配そうだ。


「外装がういろうなんぞで強度は大丈夫か? ういろうが燃え尽きて落下してきたら村が丸ごと燃えてしまうぞ」


「妖術でカチカチに固めるから大丈夫だよ」


「そうは言っても、ういろうはういろうだろう」


「ただのういろうじゃないんだってば」


 マザラはとにかく心配性で、ういろうの強度まで心配している。〈妖術太陽〉の大きさをどのぐらいにするかとか、ういろうの厚みをどうするかとか、いろいろと手探りだけれど、まずはやってみないことには何も始まらない。


「太陽の大きさはどれぐらいがいいかな、モシュ」


「小さくていいだろう。ミリクが入れるぐらいで十分だ。頭の固い火トカゲが入れるほど、バカでかくなくていい。外装の固さは火トカゲの皮膚ぐらいでもいいがな」


 心配ばかりのマザラを尻目に、モシュがちくりと嫌味を言った。


「どれぐらいの火力にすればいい?」


 マザラはモシュの嫌味をさらりと聞き流した。忘却のういろうを食べたせいでマザラはモシュの存在をしばらく忘れていたけれど、健忘は数日もすると回復した。


「アガリコの森を焼き尽くすぐらいで十分だろう」


 モシュがしれっと言った。


「随分だな。そもそもどうやって太陽を浮かべるんだ?」


 アナウサギの獣人アナベルの使う妖術を直接目にしていないマザラにはいまいち想像がつかないようだ。要領を得ないマザラにミリクが説明を加えた。


「浮かべるというより吊るという方が正しいかも」


「吊る?」


「アナベルさんは妖術でアガリコの枝を触手みたいに操ったり、砂を龍にして操れる。切断された枝も操れる。枝を編んで〈妖術太陽〉の受け皿を作って紗幕にぶら下げる。上空まで持ち上げるのは砂の龍の役目」


 太陽を妖術でずっと浮かせておくのは至難の業だが、紗幕にアガリコの枝を括りつけて吊り下げ、上空に安置するぐらいならば可能だろう。


 アガリコの枝は落下防止網にもなる。〈妖術太陽〉を乗せる砂の台座を作れば定位置に固定できる。


 見た目はちょっと不格好だが、やってやれないことはないだろう。


「よく分からんが、火を噴き入れるときになったら呼んでくれ」


 強面のマザラが立ち去るのと入れ違いにアナベルが近付いてきた。


「猫さんが戻ってきてよかったわね、ミミリクちゃん」


「はい。嬉しいです」


 ミリクが満面の笑みを浮かべた。ミリクの頭上にちょこんと乗っかったモシュをちらと見上げ、アナベルがこそっと耳打ちした。


「本当のことを言うとね。猫さんが死霊として蘇れるかどうかは五分五分の賭けだった。もしもモシュが蘇ることなく亡くなったらミリクが悲しむ。その時は忘却のういろうを食べさせて、モシュなんて猫は最初から存在しなかったことにして欲しいって頼まれていたの」


 耳をそばだてていたモシュがじろりと睨んだ。


「余計なことは言わなくていいと言ったはずだが、アナウサギの妖術師」


「そっちこそ余計な気を遣わせるんじゃないわよ。ミミリクちゃんが私のことまで忘れちゃったら、どうしてくれるのよ」


 モシュとアナベルがいがみ合っているが、喧嘩をするほど仲がいいみたいだ。


「ミミリクちゃん、アガリコの網はもう紗幕にぶら下げておいたわ。あとは太陽を持ち上げるだけ。その時になったら声をかけてね」


「はい、ありがとうございます」


 皆のおかげで着々と準備が進んでいる。ミリクが朗らかな笑みを浮かべた。アナベルは顔を真っ赤にさせると、身体中から湯気を出し、ぴょんぴょん飛び跳ねて去っていった。


「よお、兄弟ブラザー。はかどってるか。俺の分身を食え」


 アカシャエビの魚人シャア・アカシャザ・ビエルは分身のすり身を生み出し〈静かなる刃サイレントカッター〉によってミンチ状にし、空中で丸い種にし圧縮焼成して、えびせんべいを生成した。


「さあ、食え。遠慮するな」


 シャアに押しつけがましくえびせんべいを食べさせられたが、パリッとした食感は病みつきになる。えびの香りとうま味が口いっぱいに広がって、何枚でも食べられそうだ。


 シャアは秘密裏に太陽奪還計画を進めていたことなどすっかり忘れている。


 忘れていることさえ覚えていない。


 もしも思い出したらダギャダギャ音楽隊は音楽性の違いを理由に解散するだろう。でも、今は肩を組んでダギャダギャ節を奏でるぐらいはやぶさかではない。


「歌おうぜ、兄弟。だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ!」

「だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ!」


 ミリクとシャアを取り囲んで、いつの間にやら飲めや歌えやの大騒ぎになった。


 シト・トウキヨに一泡吹かせてやろう、などというよこしまな動機はいらない。


 暗い空に明るい太陽を打ち上げる、ただそれだけのこと。


「マザラ、お願い」


 全ての準備が整い、ミリクがマザラに声をかけた。


 おおよそ真ん丸となったういろうの火炎口に向かってマザラがありったけの火を噴いた。


 ストーブの薪が燃えるよりも素早く、そして激しく燃え上がる。


「〈密閉ミツ〉」


 ミリクは手早く火炎口を閉じ、硬化したういろうに逆巻く炎を閉じ込める。


「アナベルさん、お願いします」

「はいはい」


 アナベルの妖術に操られた砂の龍が〈妖術太陽〉を上空へと運び、紗幕にぶら下げる。


 ミリクたちが拵えた太陽はギラギラと照りつけるような明るさではなく、暗い闇に瞬く仄かな明かりだった。


 法螺貝の死霊ホーラ・ガイストがしんみりしたように言った。


「ぐげげげげげ。あったがね。おてんとさんがかやかやだで」


 ミリクは法螺貝の喋るダギヤア語はだいたい分かるようになっていたが、「かやかや」という言い回しは初耳だった。


 ざわざわ、がやがやなら騒がしいという意味だが、かやかやの意味は見当もつかない。


「ホーラ、かやかやってどういう意味?」


「ぐげげげげげ。かやかやは煌々こうこうとして明るい様のことだぎや。暗闇の中の光明。暗い中に仄かな明るさを見つけたとき、かやかやと言うんだがや」


「へえ、そうなんだ」


 周りが暗いだけに、いっそう〈妖術太陽〉の明るさが引き立って見える。


 なるほど、こういう仄かな明るさをかやかやというのか。


 ダギヤア人の繊細で豊かな心に触れた気がして、ミリクの心もほんのりと温かくなった。


 かやかや、かやかや。


 口に出してみると、語感も可愛らしい。


「歌おうぜ、兄弟。だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ!」


 シャア・アカシャザ・ビエルが馴れ馴れしく肩を組んできたけれど、今はダギャダギャ節の気分ではない。音楽隊を解散するほどではないが、反逆精神は脇に置くことにする。 


「今はかやかやの気分なんだ。歌うなら、かやかやにしよう」

「あん? なんだ、そりゃ」

「かやかや、かやかや」


 ミリクがしんみり歌うと、シャアが激しくがなり立てた。


「かやかや! かやかや!」


 ちょっと違うけど、まあいいや。


 ミリクはシャアから離れると、アガリコの木にもたれかかって〈妖術太陽〉を眺めた。


 死霊となったモシュは体温を失ったけれど、その代わりにかやかやした太陽がじんわりと身体を温めてくれる。


 アガリコとモシュは運命共同体になった。

 アガリコを守ることは、モシュを守ることと同じ。


 大好きなモシュといつまでも一緒にいたいから、モシュとマザラがそうしてきたように、ミリクもアガリコの森を守り続けると決意した。 


「せっかくだから、〈太陽に見捨てられた町〉という名前も変えたいよね」

「ならば、〈モシュ王国〉にすればいい」

「モシュ、そんなに偉ぶりたい?」


 さすがにちょっと呆れた。


 モシュはミリクの訝しげな視線など一向に構わず、至極真面目な調子で言った。


「モシュはもう死んでいる。アガリコの木の下に墓を作れ。モシュ王国の最初にして最後の王はすでにこの世を去った。君臨するも統治せず、というやつだ」


 名前こそ王国だが、王の座は空位。


 それならばよけいな軋轢は生じないだろう。


 王の座を我が物とせんと目論むものがいれば、〈侵入者〉であるとして国外退去を命じるだけだ。


 モシュなりの照れ隠しなのか、ぶっきらぼうに付け加えた。


「碑銘にはそうさな。真の大樹魔にして、太陽に愛された偉大なる猫、ここに眠る。とでも書いておけ」


 ミリクは腹を抱えて大笑いした。笑えて、笑えて、仕方がない。


 アガリコの森を守り続ける限り、モシュはいつまでも側にいてくれる。


 そう思ったら、自然とにやけてしまう。


「モシュ。死んだら、ちょっと可愛げが出たんじゃない」

「ふん。やるのか、やらないのか、はっきりしろ」


 ふて腐れたモシュの顔に「言わなきゃよかった」と書いてある。


 偉大なる猫の王の骸が眠る地に跪き、ミリクは敬虔な面持ちで言った。


「仰せの通りに。モシュ王様」


「うむ。苦しゅうない。モシュがどれほど偉大な王であったか、死ぬまで語り継ぐといい」


 ころっとご機嫌を直したモシュはすっかり王様気取りだ。


 駄目だ、やっぱり笑えてしまう。


 言っているそばから、含み笑いを噛み殺すのに苦労した。


「外郎碑に刻めばいいの?」

「馬鹿者。ういろうなんぞに刻むな」

「分かっているよ。心に刻め、でしょう」


 心地良い風にさわさわと揺れるアガリコの木の下で両手を合わせ、ミリクは感謝の祈りを捧げた。


 いずれ外郎碑にも刻むことになる碑銘をまずは心に刻みつける。


真の大樹魔シン・オジュマにして太陽に愛された偉大なる猫、ここに眠る〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る