第14話 ナアゴヤ・ダギャダギャ節
アガリコの森を覆っていた雪が溶け、凍りついた川にせせらぎが聞こえるようになった。防寒具がなければたちまち凍え死んでしまうほどの厳しい寒さが遠退き、〈太陽に見捨てられた町〉にも束の間の暖かさを感じられる季節がやって来た。
ミリクはついつい踊り出したくなるような陽気なこの季節が大好きだった。ストーブにくべる薪を毎日のように調達しないでもいいのが嬉しい。気の向くままに野山を駆けずり回ったり、川で魚を釣ったり、アガリコの木によじ登ったり、楽しいことばかりだ。
行き場のない妖術師を匿う地下組織〈
ミリクはアカシャエビの魚人シャア・アカシャザ・ビエルとダギャダギャ音楽隊を結成し、ナアゴヤ・ダギヤアの
「だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ!」
歌詞はほぼだぎゃだけだから、とにかく心のままに叫べばいい。ミリクは拾った木の枝を滅茶苦茶に振り回し、頭を激しく上下させる。シャアは躍動感に満ちたエビ反りジャンプを披露し、聴衆からやんやの喝采を浴びた。さすがに本家本元の跳躍は迫力が段違いだ。
「ホーラもおいで! オジュマコジュマも!」
ミリクが叫ぶと、
「ぐげげげげげ。だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ!」
「オジュ! オジュ! オジュ! コジュ!」
「オジュ! オジュ! オジュ! コジュ!」
シャア・アカシャザ・ビエルが名前の由来を歌に乗せ、聴衆は最高潮に盛り上がった。
「YO! オレの名前を言ってみろ! 赤い車さ、
あまりにも盛り上がり過ぎて、ミリクにもお鉢が回ってきた。
「YO! オマエの名前を言ってみろ!」
「ミリクはミリクさ、
いきなり過ぎて咄嗟に言葉が出ず、ミリクは大声でだぎゃだぎゃ言って誤魔化した。
「最高だぜ、
「だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ!」ミリクも負けじと叫ぶ。
心地良い疲労感とともにミリクが演奏を終えた。絶叫し過ぎて声が嗄れる。
「アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!」
再演奏を求める無数の声が森に木霊する。共鳴する音の波がアガリコの木に宿る樹霊のオジュマコジュマを引き寄せ、あっという間にわらわらと数が増えた。ダギャダギャ音楽隊の演奏を聞きに訪れるのはオジュマコジュマばかりではない。火トカゲの獣人マザラも時々、様子を見に来る。
マザラはラップ調の歌にあまり良い顔をしない。家のなかで「YO!」などと軽薄に歌うなよ、と釘を刺されてもいる。シャア・アカシャザ・ビエルの反逆精神にかぶれ過ぎるな、と心配されている。「ああいうものに憧れる年頃なのか」とマザラがしみじみ言っていた。
生粋のダギヤア人ではないミリクとしては、ナアゴヤ・ダギヤアの魂を学ぶ生きた教材としてシャアを師事しているのであって、マザラに反抗しようなんて気持ちはこれっぽっちもない。頭の固いマザラが好意的に理解してくれないのが悲しい。
「ミミリクちゃん、格好いい!」
ダギャダギャ音楽隊が演奏をすると、聴衆の最前列には決まってアナウサギの獣人アナベルの姿がある。毎度毎度きゃあきゃあと黄色い声援を送ってくれる。
〈
アガリコの森に集う隣人は皆が仲良しで、ひとつの大家族のように暮らしている。賑やかな活気が新たな移住者を引きつけ、雪に閉ざされた静けさが遥か遠い過去のようだ。
ミリクは陽気な今の季節に満足している。だけど、モシュは静かな生活が壊れてしまったことに少なからず不満があるようだ。
ミリクの演奏には一度として顔を出しもしない。賑やかさに背を向けて、ずっと家に閉じこもったままだ。めっきり口数も減った。ミリクが何を話しかけてもまともに答えず、化石のように黙りこくっている。持ち前の毒舌すらも鳴りを潜め、凪いだ海のように平らかになって目を瞑っている。
「YO! 言いたいことがあるならば! さっさと言えよ、モシュオジュマ! だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ! だぎゃ!」
再演奏の声に応え、ミリクが絶叫する。ふと立ち眩みがした。身体中が燃えるように熱い。関節に急激な痛みが走った。ぐらり、ぐらり、と身体が揺れ、ミリクはその場に昏倒した。
「ヘイ、しっかりしろ。
ぴちぴち跳ねるシャア・アカシャザ・ビエルの慌てた声が徐々に遠退いていき、いつしか聞こえなくなった。
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