第12話 森の守護者

 マザラが淡々と昔話を始めた。


「俺はシト・トウキヨ肝煎りの〈太陽光発電板ソーラー・パネル〉を全国各地に設置する季節労働者だった。ナアゴヤ・ダギヤアの外れにあるアガリコの森を焼き払い、〈大規模太陽光発電所メガソーラー〉を建設する計画に参加した。俺の仕事は森を焼くこと。アガリコの森は地域住民にとって掛け替えのない神聖な存在であることなど、これっぽっちも知らされていなかった」


 マザラがアガリコの森の下見に行くと、死にかけの猫が下半身のない幼子を抱いていた。生まれつき下半身がなく、それがために親に捨てられたのか。神聖なるアガリコの森を焼くなという警告のため、見せしめとして下半身を切断され、生贄として捧げられたのか。


 森を焼く業務を請け負っただけのマザラに詳しい事情は分からなかった。


 死にかけの猫がマザラに幼子を託し、懇願するように言った。


「モシュはもうじき死ぬ。この子を保護してやってくれないか。まだ息がある。強い子だ」


 猫は死にかけのくせに注文が多かった。


「もし自分の力で歩くぐらいの齢まで生きたら、そのときは立派な足を与えてやってくれ。大地を踏みしめる立派な足をな」


「死にかけのくせに注文が多いな」


 マザラが冷ややかに言うと、猫は弱々しく笑った。


「多くの命を奪った。一人ぐらい助けてから逝かねば死に切れんよ」

「俺はこの森を焼くのが仕事だ。森を焼き尽くし終えて、まだ生きていたら面倒見よう」

「やめておけ。一生後悔するぞ」


 死の淵に瀕した猫の言葉はやけに含蓄があった。


「奪うのは簡単だ。だが、生かすのは難しい。後生だ。モシュが生きている間だけでいい。この子と森を助けてやってくれ。モシュがくたばった後は好きにしろ」


 今にも事切れそうな猫の頼みを無下にするほど、マザラは無情ではなかった。


「約束しよう。酷い有様だが、何にやられた?」


「妖術師の〈逐爽亡チクソウム〉に侵されている。アナウサギの巣穴で死にかけていたが死ぬに死ねん。死に場所を求めてここに流れ着いた。ありがたい。ようやく死ねる」


 猫は全身膿だらけで、壊死した皮膚が痛々しかった。


「チクソウム? なんだ、それは」


「遅効性の毒だ。この子を連れて、すぐに離れろ。貴様も感染するぞ」


 猫の忠告も聞かず、マザラは猫と幼子を抱いてアガリコの森を後にした。


「馬鹿者。モシュを置いて、さっさと離れろと言っただろう」


 弱り切った猫に足蹴にされたが、頑丈なマザラには痛くも痒くもなかった。


「なあ、猫さんよ。あんたはもしかして森の精が化けてるんじゃないのか。この森は地元民にとっては神聖な存在なんだろう。余所者の俺が森を焼いたら一生祟られるだろうな」


 マザラが信心深さを垣間見せると、猫がごほごほ咳き込みながら大笑いした。


「森の精か。そりゃあいい。森を焼かずに守ったら、きっと森の加護があるぞ」


「その代わり仕事を干されちまうけどな」マザラがぼやく。


「森を焼くなど、ろくでもない仕事だ。そんなものとっととやめてしまえ。よし、今日から貴様の仕事は森を守ることだ。ここいらに根を下ろし、森の守護者となるがいい」


「勝手に決めなさんな。まあ、それも悪くはないか」


 森の精の託宣を受けたマザラはメガ・ソーラー計画に反旗を翻した。地域住民とも連携し、アガリコの森を守る環境保全活動に身を投じた。モシュがもたらした〈逐爽亡〉も広がりを見せ、雇われ作業員も寄りつかなくなった。


 シト・トウキヨ主導のメガ・ソーラー計画は頓挫し、アガリコの森は守られた。その代償としてアガリコの森一帯は〈太陽に見捨てられた町〉となった。


〈逐爽亡〉に侵された猫は、死にかけていたことが嘘のように快復した。下半身のない子はすくすくと育った。


 マザラは猫との約束を守った。


 流れ者の義肢装具士に教えを請い、特別なバネ仕掛けの足を拵えた。

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