第3話 オジュマコジュマ
「おい、コジュマ。生きてルか?」
「おいがオジュマさ。おみゃーがコジュマ」
「たーけ! おいがオジュマさ。おみゃーがコジュマ」
ミリクの頭上で、奇妙な声が押し問答を続けている。
牙を剥いた〈母の木〉に丸呑みにされたことまでは思い出せるが、その先の記憶がはっきりしない。
手足を動かそうにも、麻痺したように動かない。喉はひりひりと灼けつき、どんなに喉を絞ってもうまく声が出ない。
そもそも、ここはどこなのだろうか。
ミリクは緩慢に目を開くが、目蓋にねばつく粘液状の物体が付着しているらしく、まともに目を開くことさえ出来なかった。
「うっ……」
ミリクは激しい頭痛に襲われ、思わず呻き声をあげた。
「いごいてかん! おい、コジュマ。生きとルぞ!」
「とろくせゃあ。おいがオジュマさ。おみゃーがコジュマ」
「たーけ! おいがオジュマ、おみゃーがコジュマだがや!」
ミリクの頭上で交わされている会話は異国の言語のように聞こえなくもない。だが、よくよく耳を澄ませば、異国訛りがきついだけで、おおよその意味は汲み取ることが出来た。
一対の声――オジュマとコジュマ――は、どちらがオジュマを名乗るかで揉めているらしい。
なんとも珍妙な言い争いに聞こえるが、声の主はいったいどんな生物なのだろう。
ミリクは自由の利かない身体をなんとか動かそうとするが、指一本とてまともに動かせない。痺れ薬でも飲まされたかのような拘束にミリクは戦慄した。
まともに声を発せないどころの騒ぎではなく、このままではいずれ呼吸も止まり、やがて緩やかに死に至るだろう。
「モ……シュ……」
頼みの綱はもはやモシュだけ。ミリクはありったけの大声で叫んだつもりだったが、喉の奥から絞り出されたのは弱々しく掠れた息だった。
「おい、コジュマ。生きとルぞ!」
「おいがオジュマさ。おみゃーがコジュマ」
「たーけ! おいがオジュマ、おみゃーがコジュマだがや!」
オジュマコジュマは飽きもせず、ひたすら同じ会話を繰り返している。どっちがオジュマでもいいからひとまず助けろよ、とミリクは思うが、心の声はさっぱり届かない。
「うっさい! 静かにしろ!」
天を震わすような大音声が轟いた。安眠を邪魔されたモシュの怒りの咆哮のようだ。
モシュの一喝の迫力に気圧されたのか、オジュマコジュマの押し問答がぱたりと止んだ。
「いつまで寝ている、ミリク。モシュはもう起きたぞ。良いご身分だな」
モシュに思い切り頭を蹴られた。ぐらりと脳が揺れるほどの衝撃だったが、そのおかげでミリクの頭部を覆っていた粘液状の物体までも吹き飛んだようだ。
息も吸える。
声も出る。
ぼんやりしていた視界もだんだんとはっきりしてきた。
「げほっ……。ありがと、モシュ」
ミリクはぶるぶると頭を振った。改めて周囲を見渡す。うねった木々が層を成して洞窟のようになっており、濃緑色の光が蝋燭の火のように切れ切れに瞬いている。ミリクは足元を見やった。
ミリクの呼吸を奪っていたのは、粘り気のある黄橙色の寒天めいた物体だった。拘束が解けると、身体も徐々に自由が利くようになった。
「何人たりとも眠りを妨げることは許さん」
モシュが底冷えするような威圧的な声で言った。
モシュが真っ直ぐに見据えている先に、小太りのカエルが二匹、命乞いでもせんばかりにガタガタと震えている。
どうにも、あれがオジュマとコジュマであるらしい。
どっちがどっちかは分からないが。
「モシュの眠りを妨げたのは貴様らか」
ミリクの頭上に陣取ったモシュは震えるカエルたちを睥睨した。
「そいはコジュマだなも」
「そうだなも」
オジュマとコジュマは互いに責任転嫁し合った。
朽葉色のボロを纏った見た目はそっくりで、大きさもほぼほぼ同じ。声までも瓜二つなので、鏡合わせで喋っているようだ。
「コジュマとやらはどこへ行った?」
薄笑いを浮かべ、モシュが追及する。
「もーはい、いりゃあせんだなも」
「そうだなも」
「誤魔化すな。モシュはすべてお見通しぞ」
逃げ口上をあっさり看過されたオジュマコジュマは慌てふためき、「おいがオジュマさ。おみゃーがコジュマ」と責任を擦り付け合っている。
「然らばモシュはコジュマを罰し、オジュマに褒美を与えよう。さっさと決着をつけよ」
偉そうにモシュが言い放つと、オジュマコジュマは取っ組み合いの喧嘩を始めた。相手を組み伏せ、どちらが上に乗るかを争っているようだが、体格差も何もないため、一向に決着が付かない。
ミリクは飽き飽きしていたが、モシュは愉快そうに成り行きを眺めている。
「モシュ、楽しい?」
「愉快、愉快」
「性格悪いね、モシュ」
オジュマコジュマはぜえぜえ喘ぎながら、互いにマウントを取り合った。
馬乗りになって相手よりも優位に立つことを〈
モシュはしょっちゅう眠っているくせに、妙に異国文化に明るい。
「オジュマって何なの?」
ミリクが訊ねると、モシュがしたり顔で答えた。
「〈
「しれい?」
「死んだ霊。アガリコが〈
「害はないの?」
「下級樹霊だ。恐れることはない」
「樹霊なんて初めて見た」
ミリクは感心したように頷いた。
「珍しくもなんともない。アガリコの枝を切っている時、いつも湧いている」
「そうなの?」
「ミリクは見えてなかったのか」
どうにもモシュは夜目が利くだけでなく、霊まで見えるらしい。
オジュマコジュマは相も変わらずマウントを取り合っていて、一向に埒が明かない。互いの背中に乗っては乗り返し、乗られては乗り返す流れを延々と繰り返している。
「これ、永遠にやってるの? いい加減、しつこいんだけど」
ミリクがうんざりしたように言った。
「〈退魔師〉がいれば死霊を祓えるが、そうでなきゃ霊は消えない。無害だから放っておけ」
日常的にオジュマコジュマを目にしているモシュには物珍しくないようで、いちいち祓うほどの害もないらしいが、ミリクはすっかり飽きてしまっていた。
「なんとかしてよ、モシュ」
モシュは返事がわりに尻尾を軽く震わせた。背中の羽根をバタつかせたモシュは、重なり合って這いつくばっているオジュマコジュマの頭上に降り立った。
「オジュマはオジュマの上にオジュマを作らず。即ち、モシュこそは〈
モシュが最上位に立ち、上下関係を教え込むと、オジュマコジュマが平伏した。
「モシュオジュマ!」
「モシュオジュマ!」
やんやの喝采を浴びたモシュはまんざらでもない表情を浮かべている。
「楽しそうだね、モシュ」
ミリクが呆れたように言った。ここはおそらく〈母の木〉の内環であるはずだが、濃緑色に瞬く側壁に触れてみると、ぼぶよん、と奇妙な弾力性を有していた。それにどうにも足場が頼りない。
ミリクが立っている一カ所だけ不自然に沈む。
恐る恐る足踏みしてみると、ぐにっ、と音を立ててめり込んだ。バネ仕掛けの足裏に得体の知れない感触を覚えた。
およそ自然界にこんな
新雪ほどさらさらしていないが、氷結した道ほどカチカチしていない。
なんとも中途半端な柔らかさ。
まるで仰向けでうたた寝しているときのモシュの無防備なお腹のようだ。
ぷよん、ぷよん。
中毒性のある触り心地だからとしつこく触ると、安眠中のモシュに尻尾で叩かれる。
もしかすると、ここは〈母の木〉の腹の上だったりして。などとミリクは考えてみたが、〈母の木〉の触手に掴まって、食べられたその先が〈母の木〉の腹の上だとは理解に苦しむ。
曲がりくねった道の先にも濃緑色の光は点々と続いており、洞窟の果てに何があるのか、とんと見当もつかない。
行って確かめてみたい気がする反面、足を踏み入れたら最後、二度と戻って来られない死出の道のような雰囲気がそこここに漂っている。
ミリクの心配をよそに、モシュはオジュマコジュマの首領気取りで、じつに楽しそうだ。
「モシュオジュマ!」
「モシュオジュマ!!」
「モシュオジュマ!!!」
「モシュオジュマ!!!!」
「モシュオジュマ!!!!!」
ミリクがほんのわずかに目を離した隙に、オジュマコジュマの数がわらわらと増殖していた。
ただでさえ狭苦しい洞窟内で圧迫感がいや増したからか、さすがのモシュもオジュマコジュマの大群にはげんなりしたようだ。
モシュは邪気を祓うように尻尾を一閃した。
「黙れ、有象無象ども! 最初のオジュマコジュマ以外は失せておれ」
大量増殖したオジュマコジュマの群れは一瞬だけ悲しげな表情を垣間見せたが、モシュが命じるがまま霧のように掻き消えた。
灯っていた濃緑色の光もふっと消え、また灯った。
モシュの足元には最初の二匹であるオジュマコジュマだけが残されている。
それ以外は綺麗さっぱり見えなくなってしまった。ミリクが驚きの声をあげた。
「死霊を祓ったじゃん。モシュは〈退魔師〉なの?」
「そんな下賤の者と同列にされるのは心外だな」
モシュは小馬鹿にしたように鼻で笑った。
ミリクはモシュがなぜこうまで偉そうに振る舞っているのかいまいち分からなかったが、ようやく気が付いた。
〈大樹魔小樹魔〉の上位に立つ〈真の大樹魔〉であるならば、〈退魔師〉でなくとも撤退命令は下せよう。
何はともあれ、オジュマコジュマよりも優位な立ち位置に徹することが鍵だ。
「それはたいへん失礼いたしました、〈
ミリクが恭しく頭を下げると、苦しゅうないとばかりにモシュが乗っかってきた。
「うむ。ミリクよ、貴様もオジュマぞ。モシュこそは紛うことなき〈真の大樹魔〉。崇めよ、我こそはモシュオジュマなり!」
「ははあ、モシュオジュマ万歳!」
ミリクが平伏するふりをして調子を合わせると、オジュマコジュマも快哉を叫んだ。
「モシュオジュマ!」
「モシュオジュマ!」
洞窟の天井部から、にゅっと法螺貝が突き出てきた。どこからともなく皺がれた声が響く。
「オジュマコジュマを手懐けたか。よろしい。客人としてもてなそう」
ぷるぷる震える軟質の地面に四角く切れ目が入り、緑、黄、赤、黒、白、と色付いていく。
黒っぽい床はボコッと隆起し、丸い粒のようなものが塗された。
赤い床はうっすらした桜色に変じた。緑の床は抹茶を思わせる古色に変わった。
どれもこれも芸術品のようで、色彩に乏しい〈太陽に見捨てられた町〉では滅多に目にする機会のないものばかり。
ミリクが知る色彩といえば家の蔵書にある異国の風景画や風刺画のみだった。
彩りにあふれた美しい床を眺めたミリクはうっとりとした面持ちで嘆息した。
「お気に召したかね。ういろうでできた〈
「……ういろう?」
ミリクには初耳の言葉だった。法螺貝から呵々と笑う声が聞こえた。
「ナアゴヤ・ダギヤア定番の銘菓であり、〈
ミリクは色とりどりのういろうを指差した。
「このひとつひとつが魂なんですか」
「左様、職人技の賜物じゃ。ひとつひとつにういろう職人の魂が込められておる。地元の米で作っておるから、初めて食べても懐かしい味がするんじゃよ」
洞窟内に敷き詰められたういろうは、ナアゴヤ・ダギヤア産の米粉からできているそうな。
米を収穫した年の天候や気温によって味や舌触りに違いが出るため、職人は微妙な違いをしっかり見極め、丁寧に生地を仕込む。
もくもくと湯気が立ち込めるなか、じっくり蒸し上げる。
ただし、出来立てのういろうはわずか一日しか日持ちしないという。
「ナアゴヤ・ダギヤアの魂を地元民だけでなく、遠方にも届けたい。じゃが一日しか日持ちしないのでは土産に持ち帰ることも叶わぬ。そこでういろうの魂を損ねず、本来の姿のまま密閉できぬものかと考えた。〈母の木〉たるアガリコに〈ダギヤア人の魂〉たるういろうを詰め込むに至ったのは偶然ではなく、正しく必然の出会いであったのじゃ」
法螺貝の語り口はいよいよ熱を帯び、栄光と苦難に満ちたういろうの歴史はミリクの胸をときめかせた。
いったい、ういろうとはどんな味のする食べ物なのだろう。
ミリクは床に散りばめられた宝石の如きういろうを口に運んでみたくて仕方がなかった。
「ねえ、モシュ。ひとつ食べてもいいかな」
食欲に抗し切れず、ミリクはモシュに耳打ちした。モシュはむっつりと黙りこくっている。
「魂を摘まみ食いすれば、そなたの魂もまた摘ままれてしまうじゃろうて。許可なくひとつでも口にすれば〈外郎道〉に永久に封じられる定めじゃ。ゆめゆめお忘れなきよう」
法螺貝のさりげない忠告にミリクはぞっと肝を冷やした。
こんなにも美味しそうな逸品を前にして、ひとつとて摘まみ食いしてはいけない禁欲さを試されている。
ひとつでも口にしたが最後、永遠に木の中に閉じ込められるだなんて、まったくとんでもない罠だ。
法螺貝の話を聞いていたのかいないのか、モシュは壁からひょいと抹茶色のういろうを摘まむと、ぴょこぴょこ飛び跳ねているオジュマコジュマに向かって放り投げた。
「ほれ、オジュマコジュマよ。先に食べた方をオジュマとしよう」
オジュマコジュマは我先にと、ういろうに飛び掛かった。弾かれたような勢いで群がったものだから、どちらも獲物にありつけず、床にころりとういろうが転がった。
先程はどちらが相手の上に乗っかるかを延々と競っていたが、今度はどちらがモシュの投げたういろうを食べるかを競っている。今回もまともに決着がつきそうもない。
「おいがオジュマさ。おみゃーがコジュマ」
「たーけ! おいがオジュマさ。おみゃーがコジュマ」
ダギヤア人の魂そのものを軽々しく扱うなんて罰が当たるぞ、とミリクは思った。
「魂を粗末に扱うなよ、モシュ」
ミリクが血相を変えて睨んだ。モシュはぷいっと横を向き、知らんぷりだ。
〈母の木〉に丸呑みされた後、ミリクは危うく窒息しかけた。
あれはおそらく〈ダギヤア人の魂〉として練り込まれる只中の米粉にまとわりつかれ、ミリクもろとも封じられかけたのだろう。
つくづく危ういところだった。
モシュが反省の色を見せないことに腹が立ったが、立場上、モシュは〈真の大樹魔〉だ。どんなに礼儀知らずの態度を取ろうと、蔑ろにはできない。
「生意気な口をきき、失礼いたしました。モシュオジュマ、非礼をお詫びします」
「ふんっ、魂がこもった謝罪に思えないね。モシュが止めたってどうせ食べるんだろう」
ミリクが形式的に頭を下げても、モシュは完全に気分を害していた。
はて、魂がこもった謝罪とはどんなものかとミリクは悩んだが、我先にういろうを食べようとジタバタ足掻いているオジュマコジュマの姿を見て、はたと気が付いた。
ミリクはオジュマコジュマを制し、ういろうを拾うと、法螺貝を見上げた。
許可なく口にすれば〈外郎道〉に永久に封じられる定めであるならば、裏を返せば、許可さえ取れば良いに違いない。
「法螺貝様、モシュオジュマの放った貴重な魂をミリク、オジュマコジュマの三者で分けて食してもよろしいでしょうか」
「
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
不慣れな敬語はミリク自身でさえまったくしっくりしないが、ういろうはナアゴヤ・ダギヤアの魂そのもの。
魂という厳粛なものを扱う以上、普段にも増して神妙な態度になったとしても不思議ではない。
何はともあれ、もう窒息だけはこりごりだ。
息のできない苦しさに比べれば、慣れない敬語を話すぐらい、どうということもない。
ミリクはひと口サイズのういろうを三つに分け、オジュマコジュマに分け与えた。
「おいがオジュマさ。おみゃーもオジュマ」
「おいもオジュマさ。おみゃーもオジュマ」
オジュマコジュマは仲違いを止め、喜々として抹茶のういろうを頬張った。ミリクもまた、オジュマコジュマが食すのとまったく同じタイミングでういろうを口に放り入れた。
もっちりしたやさしい食感と上品な甘さ。はじめて食べたはずなのに、どこか懐かしい味わいが口の中に広がって、ミリクは思わず顔をほころばせた。
ミリクの胸にダギヤア人の魂の奔流が止めどなく流れ込んできたような気さえした。
「ああ、これは幸せな味ですね」
まるでういろうと熱烈な恋に落ちたかのように、ういろうのことしか考えられなかった。
ミリクは至福の味に溺れ、喉を超すときの心地良さは恍惚たる快感を与えてくれた。
「気を付けろ。魂が抜けかけていたぞ、ミリク」
「危ない。〈外郎道〉に取り込まれる所だった」
笑みひとつないモシュに忠告され、ミリクは正気を取り戻した。
ちょっと馬鹿っぽくて、ほんわかした世界観にころっと騙されそうになるが、ぷるぷるしたういろうの奥底に永久に魂を封じられる間際だったかと思うと、ミリクは危うい立場を再認識した。
とはいえ、ほんの欠片ばかりではさすがに物足りず、ミリクはお代わりに手を伸ばした。抹茶の次は桜色のういろう。さてこれはどんな味だろうか。
ごくりと生唾を飲み込み、いざ味わおうと口元に運びかけると、モシュにばしりと尻尾で叩き落とされてしまった。
「なにすんだよ、モシュ」
ミリクが不満をあらわにした。
「そこまでにしておけ。ここでの記憶を全て失うぞ」
モシュがドスの利いた声を発した。
「……ちっ」
好々爺のように親切めかしていた法螺貝が小さく舌打ちした。貝の周囲に黒々とした影がとぐろを巻き、恨めしそうにミリクとモシュを凝視した。
「ぐげげげげげ、うい、ろう、うい、ろう、うううぃ、いいいろおおぉおぅ」
ゆらゆらと宙を彷徨う法螺貝が突如として暴れ出した。
黒い影はじわり、じわりと周囲のういろうに侵食し、五色に色付いた〈外郎道〉がボロボロと腐食していく。
ミリクの足元もぐずぐずに溶けていき、オジュマコジュマが右往左往している。
「法螺貝に寄生する死霊――ホーラ・ガイスト。そいつの本性だ」
モシュはすべてお見通しだと言わんばかりにふんぞり返っているが、いかんせん忠告が遅い。
正体に気が付いていたのなら、さっさと言えよ、とミリクは思った。
「食べてもいいかって、ちゃんと許可とったじゃん」
崩れゆく足場から別の足場へひょいと飛び移りながら、ミリクはぶつくさ文句を垂れた。
「摘まみ食いの許可を取ったのは一回だけだぞ。摘まみ食いのたびに、いちいち許可を取らねばならない。そこが罠だ」
モシュが皮肉たっぷりに言った。
「なにそれ、性格悪っ」
「〈
ういろうの足場が砂と化し、どこもかしこも跡形なく崩れていく。いかなバネ足のミリクとて、跳躍する先がなくてはお手上げだった。
ミリクは空中に投げ出され、オジュマコジュマともども落下した。羽根のあるモシュだけは虚ろな空にぴたりと静止し、他人事のように平然としている。
「モシュ、助けて!」
「モシュオジュマ!」
「モシュオジュマ!」
ミリクとオジュマコジュマが必死に助けを請うのを嘲笑うように、法螺貝の死霊が無軌道に宙を漂っている。当初の親切心はどこへやら、腹黒い悪意がぷんぷんしている。
「ぐげげげげげ、うい、ろう、うい、ろう、うううぃ、いいいろおおぉおぅ」
ミリクはずぶずぶと底のない闇に沈んでいった。
――既視感。
これはどこかで見たことがある。闇の手触りにそこはかとなく見覚えがあった。
そうだ、まるで太陽の光を遮る黒紗の結界に封じられた常闇だ。
月が翳った黒一色の世界。
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