第50話 蒼一の答え④
家に入る前に、二人夕飯を買うためにコンビニに寄った。いくらか過ごしてきたが、咲良とコンビニで買い物をするのは初めてのことで新鮮だった。
もうほとんど売れてしまいスカスカになった戸棚から、咲良はサンドイッチとおにぎりを選んで購入した。私は適当に弁当を買う。片手にビニール袋をぶら下げて、手を繋いだまま家へ向かった。
帰宅した後、リビングで向かい合ってそれを食べた。温かな手料理でもないのに、それはとても美味しく感じる。ちゃんと夫婦と呼べるようになってから初めてとる食事だからだ。
何となく無言で食事をとり続けた。咲良がサンドイッチを齧る姿がひどく愛おしくてならない。そんな自分の気持ちを落ち着けながら、まずは大事なことを考えなくては、と思った。
静かなリビングで、私は目の前の唐揚げを転がしながら咲良に言った。
「両親のこととか、会社のこととか。何も気にすることはないよ。実際のところ、僕一人がいなくてもどうにでもなる」
そう告げると、彼女の食べる手が止まった。私は続ける。
「母を許さなくていい。僕だって許すつもりはない。二人でこのままこっそり家を出ればいいと思う」
咲良は優しい。優しくて、時々自分を蔑ろにすることもある。もうそんなことをしてほしくなかった。
彼女が思うようにしたいと本気で思う。全て捨てようと決意したのは他でもない私なのだ。知らない土地で、一から始めればいい。それが一番スッキリするし最善だと思っている。
咲良は真っ直ぐ私の目を見た。そして言う。
「蒼一さんが会社も辞める、って言ってくれたこと、すごく嬉しかったです。そうなるなら私も全力で支えたいと思っています。
でも、お父様があれだけ言ってくださったんですから、様子見してもいいと思うんです」
私はじっと咲良を見つめる。彼女は目を逸らさなかった。
「それでいいの? 僕は離れた方がいいと思うよ」
「お父様が私たちの味方でいてくれたことは嬉しかったです。もう少しこのままでいたいと思ってます」
「気を使ってない?」
「はい、本当につかってません。
私、仕事に打ち込んでる蒼一さんを見るのも好きなんです。今まで培ったものを捨てるのも勿体無いと思う。もうお互いの誤解は解けたし、私たちは大丈夫だと思います」
背筋をしっかり伸ばして言う咲良の言葉からは、偽りは感じられなかった。
私だけではなく父も目を光らせれば、母ももう下手なことはしないだろうとは思う。が、100%とは言えない。それに新田茉莉子のこともある。
私は箸を置いて言った。
「約束してほしい。もし今後何か少しでも何かされたら、全部僕に言って。隠したり誤魔化したりしないで」
「……はい」
「僕も、もう逃げたりしないで何でも言う。ちゃんと向き合うから。
ここから逃げることはいつでも出来る。咲良ちゃんが嫌だと思ったときがそのときだ。我慢は何一つ必要ない」
私の言葉に、彼女は優しく微笑んだ。そして嬉しそうにサンドイッチを頬張る。なんだか小動物みたいなその様子に、こんな時だと言うのに頬が緩んでしまった。
「嬉しいです。蒼一さんがそう言ってくれたことが、何より嬉しいです」
「……無欲だね」
「そんなことないです。好きって言ってもらえたことで気分が昂っちゃってるだけです! 夢かな、とか思っちゃったり」
「夢かなと思っちゃうところは僕も同感だけど、ちゃんと現実だから。ね?」
咲良は目を細めて笑った。口の端にマヨネーズをつけたまま食べるのを指摘せずに食事を続けた。いつかもこんなことがあったな、あれはケチャップだったか。
咲良がもう少し様子見でいいというならそうしようと思う。だが、もう油断はしない。出来ることは全部しよう。そうだまずは……。
「ごちそうさまでした」
咲良が手を合わせて言う。私はお茶を飲みながら言う。
「お風呂先にどうぞ。僕まだ食べてるから」
「あ、ありがとうございます」
「それと咲良ちゃん」
「え?」
立ち上がりかけた彼女に声をかける。こちらを覗き込むようにして見てくるその顔を見て、私は言った。
「もう、咲良ちゃんの部屋のベッドはいらないね」
そう告げたときの咲良の顔は、嬉しいような恥ずかしいような、複雑な顔で。イチゴのような真っ赤な顔があまりに可愛く、写真を撮っておきたいと馬鹿なことを思って笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます