第48話 蒼一の答え②
母が慌てたように立ち上がる。
「な、何を言ってるの? あなたがいなくなったらうちがどうなると思ってるの?」
「知りませんよ。二人で跡継ぎでも探したらどうですか」
「甘いわ、蒼一。今から他の仕事を探す? あなたは恵まれているのよ。絶対に苦労するし後悔するわ。咲良さん、あなたもそれでいいの? 今までのような生活とはいきませんよ!」
焦ったように母は咲良に問いかけた。私が答えようとした時、隣から凛とした声が聞こえた。堂々と前を向いた咲良が言う。
「私も働きます」
強い口調だった。私はじっと隣の咲良を見つめる。母も、咲良の様子に唖然とする。
「……何を」
「蒼一さんは私の初恋の人です。一緒にいれるなら喜んでどんな道でも歩みます」
その横顔を眺めながら、自然と自分の頬がゆるんでしまった。
困ったな、私よりカッコいい。
狼狽える母を無視して、私は咲良の手を引いて出口に向かった。決まったのならもうここに長居する必要はない。すぐに荷物をまとめてどこかへ行こう。背後で私の名前を呼ぶ叫び声が聞こえるが無視する。
もし万が一、今更「じゃあ認めるわ」なんて言ったとしても、信じられるわけがない。私たちの決意を覆す気はなかった。どうせ裏で何かやってくるに違いないんだ。
「天海さん!」
途中、新田茉莉子がこちらに声をかけた。顔を真っ赤にしている。私は咲良にピタリと肩を寄せ、一度足を止めた。
口角を上げて笑う。
「新田さん。僕の誕生日の日、電話番ありがとう」
嫌味を込めて告げた。びくんと彼女の体が跳ねる。
あえてそれ以上は何も言わなかった。この結末なら、言わなくても言いたいことはきっとわかってるだろうな。
「蒼一! ちょっと待って!」
母が私の肩を掴む。それを振り払って、リビングのドアノブに手を伸ばしたときだ。
私たちが開くより前に扉が動いた。そこから出てきたのは、よく知っている顔だった。相手は驚いたように私を見、目を丸くして言う。
「蒼一、来てたのか。何度も電話したんだぞ、休みだったろ今日」
父だった。スーツを着ているのを見るに仕事帰りだ。彼は私を見た後、隣の咲良にも気がついた。そして笑顔で言う。
「咲良さんも来てたのか! こんばんは、お久しぶりだね」
「ご、ご無沙汰しております」
「……ん? 新田さん? なんだこれは。なんかのパーティーでもしてたのか?」
不思議そうに部屋を見渡す。そんな父に、母は慌てて縋りついた。味方を捕まえた顔だった。
「あなた!」
「なんだ、そんな怖い顔して」
「蒼一に何か言ってやってください、この子会社を辞めるだなんて」
「はあ?」
ぽかんとしている父に向かって、今度は私が話しかけた。怒りの声を抑えながらぶつける。
「父さんも知ってたの? 僕と咲良のこと」
「え?」
「母さんが、僕と咲良を離婚させて新田さんと結婚させようとしてたこと。父さんも知ってたんですか?」
睨みつけながらそう父にたずねたが、彼はあんぐりと口を開けていた。その表情を見てピンとくる、どうやら父は無関係のようだ。母が一人突っ走っていたのだろう。
思えば、咲良と同居開始する初日、両親に挨拶に行った時は父も渋い顔をしていたが、パーティーの時は母と違って咲良と普通に接していた。彼はもう結婚に反対なんてしていなかったらしい。
父は母の方を向いて狼狽えたように言う。
「どういうことだ?」
「どうもこうも。二人はちゃんと夫婦としてうまく行ってないみたいだから、離婚を勧めて次の相手を探してあげただけよ」
母はいけしゃあしゃあとそんなことを言った。イラッとした自分はつい声を大きくして言う。
「正当化するな! 僕たちはちゃんと話し合ってこれからも二人でやっていくって言ってるじゃないか。裏で咲良を追い詰めて離婚届にサインさせたり、二人で手を組んでやることが汚いんだよ!」
声を荒げた私を、咲良が小声で名を呼び嗜めた。父は信じられないという目で母を見た。
「本当か?」
母は少し口を尖らせながら頷いた。
「でも追い詰めたなんて言い方が悪いです。私は天海家のことを考えてやったんですよ! 咲良さんは会社を継ぐ蒼一をフォローしていくには弱すぎると思ったんです。だからもう少し相応しい人を」
話す母の言葉に被せるように、父の怒号が響いた。それは広いリビングに反響するほどの大きさだった。
「馬鹿!!」
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