忘れ者
『あと三日の太陽が沈むまでに、私のことを好きになって』
ミリアが三日目の夜に死ぬ理由を知った時から、リリィが言い続けている言葉である。
太陽が沈むまでに、というのはそこがリリィにとっての時間制限だったからだ。
ミリアから、完全な信用と信頼を受けるには、好きになって貰うこと。
それが問題を解決するためのスタートラインだったのだ。
それまで『好き』とは伝えていたが『好きになって』と伝えてはいなかった。
だからといって、前と変わることはなく。
ミリアの好感度は上がりはするが、好きと言って貰えることは無かった。
毎回毎回、リリィは必死だった。必死すぎたのだ。
それのせいで、リリィは盲目的になっていたとも言える。
否、盲目『的』とは言ったが、実際のところ何も見えていなかったのである。
それに気付いたのは、今までに比べてかなりの異彩を放っていた時間軸──仮に1000周目だとすると、正しくその1000周目なのだった。
特殊な程に特殊すぎた時間軸であり、出会った直後にリリィは気絶してしまった。そんな事があったのにも関わらず、ミリアが一日目の段階でリリィのことを好きになっていたという、今までに有り得ない時間軸だったのだ。
リリィがミリアの死因に気付いたのは、その1000周目に近い、ちょうど900周目であった。
考える時間を一周分だけ置いたリリィは、902周目からミリアに『あと三日の太陽が沈むまでに、私のことを好きになって』と言い始めた。
リリィは時間を一秒たりとも無駄には出来ないのだ。
時は金なりという言葉があるけれど、この場合、時は命よりも重かった。
少しでも遅れたら、ダメなのである。攻略が出来ない。
──だが、その考えは全て、根幹を覆す程に根本的に間違っていたのだと。
リリィがそう思ったのは、ちょうど1000周目の死ぬ間際。
※
900周目以前。
リリィは、ここまでありとあらゆる事を試してきた。
どうすればミリアとの距離をもっと近付けられるのか。
思いついたことの一つは、ミリアに料理を教えてもらうことだった。
ミリアは料理がとても上手だ。
出てくる料理は被ることが多々だが、飽きることは無かった。
人は、教えを乞われるというのは、多少なりとも嬉しいと思うはずだ。
リリィはそう考え、ミリアに料理を教えて貰った。
ミリアは案の定嬉しそうに教えてくれ、その時はリリィも嬉しかった。
好きになられていないとは分かっていても、心の底から嬉しかった。
そういう時間軸の場合。リリィは死ぬのが、いつもよりも苦しく感じた。
けれどミリアが死んだその後に、自分が誰かに殺されるというのはリリィの視野には無い。
ミリアが死ぬところなんて、見たくない。
見ていなくとも、その時間になればどんなに離れていても悲痛な叫びが、耳の中に入り込んで自分のことを掻き回すような感覚に陥っていた。
だからリリィは、十一時二十三分より前に死ななければならなかった。
首吊り以外の方法も考えたが、思い付く限り首吊り以上に良い方法は無かった。
飛び降り。頸動脈の切断。魔法を自身に放ち、自殺。等々。
割と最初の方で試した手段だったが、どれもこれもリリィの魔力構造のせいで上手くはいかなかった。
リリィは人一倍魔力量が多い。飛び降りたって、魔力が身体を保ってしまう。
頸動脈を切ったって、魔力が傷を修復してしまう。
それはつまり、普通の人よりも息絶えるまでにかかる時間が長くなるということだ。
自分自身を火の魔法で燃やしたって、同様だ。
魔力は血液と共に流れてる。ならば、その流れを止めなければならない。
首吊りは血液と共に魔力の動きも静止する。
リリィが思い付く限り、それが最善の魔法発動方法だった。
閑話休題。
何の話をしていたのかといえば、そう。料理の話だ。
教えられた知識を活かして、今度はリリィがミリアに料理をもてなした。
いや、だからと言って何も起こらなかった。
距離は縮まってくれたのかもしれないが、効果は無かった。
そもそも人が人を好きになる時間が三日未満というのは、少なすぎる。
リリィはそれを理解はしていた。
しかしリリィはそれでも、やっていないことは色々と試した。
それらは全て、リリィが一方的にやっていたこと。
言い換えれば押し付けだった。
というのがやはりというか、良く無かったのであろう。
考えてみれば。ここまでリリィは、自分から何かをするというのがほとんどだった。
ミリアから何かをして貰うことは、最初の方くらいで。
ただリリィは、分かった気になっていただけなのだ。
それに気付かないまま、リリィは繰り返していた。
恋は盲目。これは言い得て妙である。
先の通り、リリィはこれに1000周目で気付く。
遂に本題に入ると。
もうすぐ900周目という段階で、もうやるべきことが無いとリリィは思ったのだ。
どんな事をすれば、ミリアからはどのような返事が来るのか、など。
ミリアの家族との関係についても、もう知り尽くした。筈だった。
何をすればいい。何をすればいい。
頭を回して回して、回し尽くして。ふとした時。
……いや。一つだけ知らないことがある。と、リリィはハッとした。
どうしてこんなにも大事なことを除外していたのだろうか。
これは、絶対に知らなければならないことだ。
ミリアの『私たち家族が幸せになれますように』という願いを叶えるのなら。
絶対に、確実に、この情報が必須で。この人が、必要不可欠なはずなのに。
ミリアの父、その存在が。
──あぁ。なぜ忘れていたのだろう。
リリィは、本来の目的を漸く思い出した。
これは盲目云々以前に、リリィ自身が狂っていたのだろう。
リリィは女神ということを、心の隅に追いやって。
ただミリアに好かれようと。その努力だけに勤しんでいた。
本来の目的は二の次どころか、いつの間にやらすり替わっていたのだ。
本当に、ミリアのことしか見えていなかったのだろう。
今までしていた事を振り返ってみると、なぜ忘れていたのか不思議に思えた。
それをリリィが思い出せたのは、するべき事が無くなってしまったからこそ心の隅に隠れていたその目的が浮き彫りにされ、逸らしたくても逸らせなかったからであろう。
だからと言って、別に今までのことが全て無駄というわけではない。
むしろミリアのことを知ることは準備段階である。それが今回でちょうど終わった。
そう考えると、やっていたことは正しく。同時に良いタイミングであった。
これはある種の予定調和なのかもしれない。
──兎に角、ミリアの父親についてだ。
リリィは、そう考え。思考した。
899周目。この時間軸は、全てを考える時間に費やした。
まずは情報整理から入った。自分の知っていることを頭に並べる。
ミリアの父。デーヴィド・フローレス。
デーヴィドは妻であるサリーを亡くしてから、部屋に引き篭もりっぱなしだと。
魔法に関してかなり腕の立つ人らしく、それを活かした仕事をやっていた。
引き篭もると同時に仕事もやめ、フローレス家の働き手がいなくなった。
家には財産がそこそこあるため、まだ大丈夫らしい。それでも限界は近いのだと。
そして最近になって、時々部屋を出ることがあったらしい。
そんなデーヴィドのことが気になり、ミリアはデーヴィドが外出をしている隙をついて、一度だけ無断で部屋に入ったのだ。
だが、ばったり部屋に帰ってきたデーヴィドに、これ以上なく怒鳴られ。
もうミリアは、デーヴィドのことは以来気にかけないようにしていたのだと。
リリィの理解している情報は、これくらいだった。
いや。一応もう一つ。
この三日間の中で。デーヴィドが部屋を出る時間が一度だけあるのだ。
それは一日目の夜の七時辺り。
リリィたちがいないのを確認して、外出をしている。
逆にリリィたちがいれば、外出はしないのだ。
そこにどの様な差があるのかは、何も分からなかった。
リリィがデーヴィドに会った回数は少ないし、話すこともしていない。
正確に言うなら挨拶くらいはした。何も返ってこなかったというだけで。
その時は顔色が悪い人だと思うのみで、それ以上は何も思ってはいなかった。
何も思っていないからこそ、それ以上の情報は知らない。
デーヴィドと会話するのは、恐らく困難を極めそうである。
手っ取り早くデーヴィドを知るためには、部屋に侵入することだとリリィは考えた。
引き篭もっている間部屋の中で何をしているのかを知ることで、ミリアの願いを叶えるための第一歩になると。
──ともかく、部屋を空けている時間を狙い、部屋に侵入しよう。
決行は900周目の一日目。午後七時辺り。
その時間になるまでに、家に上げて貰えるようになるまでミリアの好感度を上げる。
取り敢えず、これのみに焦点をおく。
リリィはそう決意した。
これが、ミリアの家族を幸せにするために必要なこと。
きっと。叶えられる。
そう願って──。
──リインカーネーション。
リリィという名の女神は、900周目に舞い降りた。
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