ご褒美に。共に

「……あのー。リリィ? ベッドでお昼寝って言ったのは私なんだけど」


 魔法を使えた満足感。

 続くように訪れた疲労感に、ベッドへとお昼寝に来ている。

 そしてベッドに潜り込んだはいいものの……。


「なんで……一緒のベッドに入ってきてるの?」


 寝ながら顔を左に向けて、私は隣で寝ているリリィに聞く。

 リリィも顔を右に向け、私と顔を合わせる。

 ……にしても、顔が近い。


「なんでって。……ベッド、これだけだし」


 『別にいいでしょ?』と、そう言いたげである。

 いや。うん。まぁ、別にいいとは思うけど。

 なんかね、ちょっと恥ずかしいから。


「んーー」

「ほら。魔法を教えたことへのご褒美ってことで」


「んー。まぁ、リリィには本当に感謝してるし……」

「いいよね?」


「……うん。いいよ」

「わーい」


 偉く棒読みに喜ぶな、リリィ。

 いや、私も渋々頷いたけども。


 にしても一緒に寝ることに喜ぶって、なんだか子供の面倒を見ているみたい。

 リリィの顔は、私よりも大人びているというのに。


 まぁいいや。

 疲れた。瞼も結構重いし。


「寝るよ!」


 私はリリィ告げ、向けていた目線を天井に戻す。

 夏で暑いから、被っているのは毛布一枚。

 それを、私の顎あたりまで引っ張る。

 リリィもしょうがないという風に、溜息一つ、天井を向いた。

 その様子を横目でチラ見。


「おやすみ、リリィ」

「……うん。おやすみ」


 いい夢が見れそう。

 なんて思いながら、私は瞼を閉じる。

 すぐに頭はボーッとして、夢の世界がそこに見えた。

 息をついて、疲れを飛ばし、その世界に飛び込みにいこうとした。


 その時、私の左手が捕らえられた。

 朦朧とした頭を動かして『なんだ、リリィの手か』と。

 握手みたいに、私の手を握ってきていた。

 別に気にすることでは無かった、別にそれくらいって。

 そう思ったけれど。

 気が付けば、私の指の間にリリィの指が絡められていた。

 一本一本の間にしっかり絡めて、ぎゅーってされている。

 そういう、なんか特殊な手の繋ぎ方をされている。

 ちょっとこれはよくわからないけど気になる。

 「何してるの」と、眠たい声で問う。


「なにも」

「何かはしてるような……」


「ただ、手を繋いでいるだけだよ」

「なぜに」


「繋ぎたいから」

「んー」


「これもご褒美の一環ってことにして?」

「……分かった。しょうがないな」


 そう答えて、汗で滑ってきていたリリィの手を、私もぎゅっと握り直した。


「これでいい?」

「……うん」


 ぼんやりとした思考で理解できたのは、それが嬉しそうな声だということ。

 それ以上は特に何も思うことはなく。

 眠気に耐えきれなくなって。流石に思考を停止した。



     ※



 一体、どれくらいの間、寝ていたのだろうか。

 不意に、私の頭に意識が帰ってきた。


 私、何をしていたんだっけ。

 …………えっと。そうだ。

 リリィって子に、魔法を教えられて。

 それで、一緒にベッドで寝ているんだっけ。

 そっか。私、魔法が使えるようになったんだ。


 ──今、何時かな。

 思い、私はゆっくりと目を開く。


「わっ──」


 と、そこには、夕焼けで赤みを帯びたリリィの顔があって。


「いやいやいや。な、なな、何してるの?」


 流石に、私の頭は一気に覚醒した。

 だって、私の上にまたがって、顔をスレスレまで近づけたリリィがいる。って。

 冷静に考えて。いや、冷静に考えなくともおかしい。


「ミリア、おはよう」


 リリィは平静を装っているのか。

 ただ、普通に天然なのか。

 本当になんでも無いかのように、『おはよう』と、そう言ってきた。


「おはようじゃないよ! なんでこんなに顔を近付けてるの? ちゅーなの? ちゅーする気なの? それとも、もうしたの⁉︎」


 慌てて、右手で自身の唇に触れてみる。

 ……かなり乾いてる。

 そんな破廉恥なことをしたわけでは無さそう……。


「ミリアの顔を眺めてただけ。だって、三日しかないんだもの。今のうちにミリア成分を補充しておかないと勿体無いよ」

「ミリア成分って何⁉︎ それに補充って⁉︎」


 顔をペタペタ触ってみる。

 だけど、特に何かされては無さそう。

 特に違和感は覚えなかった。


「そんな疑われるのは心外なんだけど……。ただ、ミリアの顔を見つめて。私の中に、蓄えようって思っただけ」

「そっか。……いや、そっかって納得するのも変だけど。もう納得する!」


 これ以上考えると頭がパンクしそうだ。

 もう今の時点でパンク寸前だし。


「あ。でもキス。ミリアが言うところのちゅー。それはしようか悩んでた」

「おいーー⁇」


「でも、したら幻滅されそうだからしなかった」

「……それは、偉い」


 ……ん? 偉いのか?

 ……まぁ、でも幻滅まではしないと思う。


「ミリア。まだ寝ててもいいよ?」

「寝ない! お目目ぱっちりになっちゃったもん」


 先よりも声量大に言う。

 リリィの顔に唾が飛んでいないか、少し心配になった。

 けど、そんな心配をしてしまうのはリリィの顔が近すぎるからで……。

 こんなに顔が近いと、どんな表情をするのが正解なのか分からない。


「ちょっとリリィ? 退いて欲しいんだけど……」


 目と鼻の先とは正にこの状態のことを指すのかもしれない。

 本当にすぐそこなのだ。

 恥ずかしくて顔を逸らしてしまいそう。


「もうちょっと見つめていていい?」

「だめ!」


 ……そんなに私のことが好きなんだ。

 って、これ何度も思考して、顔を熱くしている訳だけど。

 でも、好きでいてくれるのは嬉しい。本当に。


「……そう。分かった」


 言うことを聞き入れたリリィは、私の上から遠ざ仮。

 またがっていた足を外し、ベッドから降りた。

 ちょっとだけ顔が涼しくなる。

 それと同時に、汗をべったりと背中にかいているのに気が付く。

 目の前のリリィで精一杯だったけど、その間に恥ずかしさが汗として身体から飛び出ていたらしい。


 毛布を足の方へと適当にたたんで、私もベッドから出た。

 懐中時計を流れるように取り出してみると、もう18時前だった。

 かなり暗くなっている。もう夕日も沈む頃だろう。

 お腹も結構空いていた。


「リリィこれからどうする? 私、晩御飯食べに行きたいんだけど」


 リリィは私の言葉に曖昧に「うん」と頷く。


「おっけー。じゃあ、いきなりだけど。行こっか?」

「……うん」


 リリィが返事をしたのを見て、私は部屋のドアに向かった。

 そのまま開こうと、ノブに手をかけた。

 その時だ。


 勢いの良い風が背中に当たり、そしてうるさい二、三歩分の足音が聞こえて。

 後ろから、襲うように、リリィが私に抱きついてきた。


「……ミリア」


 …………。

 ……これはどういう状況なんだ。

 と思う状況が、今日はいつもの何倍も起こっている。

 私の肩に、リリィの顔が乗って、息が耳に吹きかかり。

 なんだか凄くゾワってしてしまう。


「何をしているのかな」


 照れに声が震えそうになりながら私は問う。


「やっぱり。ミリア成分が足りない……。あと三日しかないの……。だから、これくらいしてもいいよね? ご褒美として、私にこうさせて……」


 対するリリィの声は震えていた。

 二日後に待っている別れが怖いのか。なんなのか。

 けれど、確か最初に私にハグしてきた時は、もっと強いハグだった。

 ……今回は、とても弱々しかった。


 確かに。リリィと別れる時は、それなりに私も悲しむだろう。

 だって。魔法を教えてくれた相手だし。一緒にいて、それなりに楽しいし。

 なんて。そう言う風に自分に言い訳をしてみると、このハグは案外悪くないもののように感じた。

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