魔法の使用

 リリィが魔法を使ってみせたその場所へ、私も足を向ける。

 太陽の光がちょうど暑くなってきた。 

 冷えていた身体があったまってきたからだろう。

 だから林檎の木の下。その場所はちょうどいい涼しさである。


「よし! リリィ見ててよ!」


 先までの興奮状態はまだそのままで。リリィを見て言う。

 「見てる見てる」とリリィは返してきた。

 今から実践するのが、なんだかとても楽しみ。

 これでリリィみたいな、かっこいい氷の魔法が打てるといいけど。


「あ、その前に。リリィ」

「なに?」


「さっきさ、氷をてのひらに現出させた後さ、なんか少しその氷を放つまで時間があったよね」

「あ、うん。あの状態で、さらに魔力を注入したの。だから、あんなに勢いよく氷が発射されたってこと。すごい疲れた」


「魔法の威力ってそうやって上げるんだね」

「うん。というか、これは『魔術の書』に載ってたことのはず」


「確かに。風の魔法のところにも書いてた……」

「うんうん」


「え、でもさ。疲れるのなら、なんでそんなことをわざわざしたの?」

「……それは。ミリアにかっこいいところ、見せたかったから」


「そ、そうなんだ。確かに、凄くかっこよかった」

「うん。ミリア昔から、かっこいいものが好きって言ってたから。だから、かっこいい感じに魔法を発射してみたの」


「あー、そんな話してたっけ。覚えてないかも。ごめん」

「うん。覚えてないよね。別にいいよ」


 それは、リリィがこの街から引っ越す前に、私が言った言葉だろうか。

 うん。確かに、自分はずっと昔からかっこいいものが好きだった。

 かっこいい人の妄想とか凄いしてた。

 それを覚えていたリリィは、さっきみたいにしてくれたのか。

 ……なんか、凄い私のこと理解してくれてるなって思う。

 こんな会えない期間が長かった。

 むしろ、面と向かって話したことは無かったはずなのに。

 こうして覚えてくれていて、こんな風にかっこいいところを見せてくれるっていうのは、なんだか素直に嬉しさがある。

 これが、リリィの愛の力。なんちゃって。


「…………」


 テキトーに思考したそれが無性に恥ずかしくなり、リリィに向けていた顔を、氷の魔法がぶつけられた塀の方に移行させた。


「じゃ、じゃあやってみますね!」

「うん」


 私の背中にリリィの頷きが当たる。

 「よし」と溜息を吐くように頷いた私は、てのひらを正面に向ける。


 先のリリィの言葉、そして行動を思い出す。

 まず。目を瞑る。だよね。

 と、その通りに、私は瞼をゆっくりと閉じた。


 ここまでは、今までの私がやっていたくらいには簡単なこと。

 問題はここから。

 血液の流れ。すなわち魔力。その流れを意識する。

 曖昧じゃだめだ。それを認識できないといけない。

 無意識に閉じている瞼を、更に深く閉じて、探す。私の魔力を。

 そうしていると不意に現れた。不自然な身体の疼き。

 何かが変だ。そう思った途端に気付く。


 ──これだ。


 見つけた。

 身体の隅々を巡る、私の魔力を。

 やばい。私、意識できている。これが魔力なんだ。

 魔力を認識するって、こんなに──。いや。


 ──この集中を切らしたらだめだ。


 本能が私にそう訴えかけ、無駄な思考をシャットアウトする。

 次は、その流れを私の掌へと──。一気に運ぶ。

 魔力が、本当に手に流れていく感覚を覚えて。


「──きた」


 瞼を開き、見た。

 手が、弱い輝きを見せる。

 リリィほどの光じゃないと、見てとれた。

 やはり、まだ私の力は弱いってこと。

 いや。それでもいい。ここまでこれたんだ。


 次は。作りたい魔法の種類。造形。それを思考する。


 私が作りたいのは──。


「……『アイス』」


 そう強く意識した刹那。

 掌に冷気が──いや、私の掌から冷気が出る感覚がした。

 身体の中の魔力量が、小さくなっていく。それが分かる。

 まだ終わりじゃない。次は造形だ。


 私が造りたいのは──氷の球。


 掌から放たれていた冷気は、だんだんと意識したものを形成し始めて。

 やがて、小さな。それでいて、綺麗な氷の球へと造形された。


「──よし」


 でも。まだだ。

 リリィみたいに、かっこよく魔法を放ちたい。

 そのために、私は魔力を放出し続ける。


 しかし、呼吸が荒い。

 頭も少しぼーっとしてきた。

 でも、あんなかっこよく魔法を打てたら、どんなに幸せかなって。

 そういう思いが、私の疲れを吹き飛ばす。


 もう身体に流れる魔力が少なくなってきた。

 それが分かるほどに、先よりも流れる魔力の勢いが減っていた。

 そろそろ、十分か、な。


 力を込めていた掌に、グッと力を込めて──。


「いっけー!」


 氷の球を、発射した。

 球の威力は弱いけど。

 掛け声は相変わらず格好つかないけど。

 確かに。

 そう確かに。

 私の初めての魔法はかっこよかった。


 思ったのも一瞬。

 魔法を放った、反動がくる。

 その反動が大きすぎて、重心が後ろに傾く。


 ──やばい。倒れる。

 そう、覚悟した時だった。


「ミリア。頑張りすぎ」


 その声と共に、リリィの柔らかな感触が私の背中を包み込んだ。

 30度くらいに傾いた私の体を、彼女はしっかりと抱擁した。


「けど、ちゃんと塀まで届いたね」


 リリィが塀を指す。

 その指が私の肩越しに映った。

 指から出る見えない線を辿るように塀を見る。

 それは少しだけ、水で湿っていた。


「……頑張りすぎた」

「本当に。私が支えなかったらミリア、地面とごっつんこしてたよ」


「面目ないです」

「けど、凄い。私が一回教えただけで出来るなんて」


「リリィの教え方がよかったんだよ」

「そうだといいけど」


「うん。そうだよ」


 あれだけ練習しても使えなかった魔法が、今、使えたのだから。

 本当にリリィの教え方がよかったと言える。


「……それにしても。凄い」


 私に、こんなことができるなんて。

 魔法なんて、しばらく使えないんじゃ無いかって諦めてた。

 でも。使えた。リリィのおかげだ。

 彼女に疑心を抱いていた、朝の自分がバカみたいだ。

 凄くいい人で。優しくて。

 それで、私のことを好きでいてくれて。

 とても、いい人だと思う。


「ミリア。ちょっと重い」


 嘘。やっぱりいい人じゃない。

 ……けど、嫌な人じゃない。


「ごめん、リリィ」


 言って、私は身体を起こす。

 そして、振り向いた。


 リリィが映る。

 額には少量の汗をかいていた。

 そんなに私、重かったかな……。

 心配しながらも、私は。


「ありがとう、リリィ」


 ペコリと、お辞儀を一つ。

 顔をまた見てみると、嬉しそうに「うん」と言った。

 それに続けて、


「ありがとう、ミリア」


 そう私に、感謝の言葉を──。って。


「え! なんか私、感謝されるようなことした⁉︎」

「うん。してる。分かんなくていいけど」


「えー、教えて!」


 いうと、彼女は微笑んだ。

 彼女の笑みを見るのは、初めてのことかもしれない。

 美しいというより、可愛いと思えるような、そんな笑顔だった。


「教えない」

「えー。……んー、まぁいっか。リリィ、本当にありがとう」


「うん」

「にしても、ちょっと疲れた。ベッドにお昼寝に行っていい?」


「いいよ」

「ありがと」


 本当に疲れた。

 でも、それ以上に本当に嬉しかった。

 私が、かっこよくなれたのだから。

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