家のお庭で

 花壇に咲いた綺麗なお花。

 林檎の木に止まる小鳥たち。

 そんな綺麗な光景が映るのは、家のお庭。

 林檎の木の陰に薄い布を広げて、私とリリィは対面に座っていた。

 夏の日差しを避けられるこの林檎の木は、何かと重宝している。

 たまに吹き抜ける風は、めっちゃ心地良く感じるし。

 何か美味しいお菓子でも焼いて持ってくれば良かったかな……。

 って、今の私は何故かピクニック気分である。

 それ程までに、魔法の指導を楽しみにしているってことなのかも。


 そんな生温い考えじゃ魔法なんて多分使えない。

 と、思考の中から、焦点をリリィに移した。


「じゃあ、教えてください! リリィ先生!」

「はい。教えてあげます。ミリア……生徒? 教え子?」


「先生! ミリアはミリアでいいと思います!」

「じゃあ。ミリアで。……あと、先生はやめてほしい。なんかむず痒い」


 リリィ先生は顔を斜め下に向けて、ちょっと恥ずかしそうである。

 陰に隠れているリリィの顔は、例によって美しい。

 その美しさを再認識するたびに、こんな子が私のことを好きなんだって。

 また、私のことが好きだなんて何かの勘違いなんじゃないかって疑って。

 でも、それは勘違いじゃないんだって。それを理解して。

 そんな複雑な過程を経て、自分も恥ずかしくなってしまう。

 複雑であっても、それはもう一瞬の出来事。

 その一瞬で、私が茹でたタコみたいになってしまう。


 ……つまり。今の私の顔は赤い。

 あれ。今日だけで何回顔を赤くしてる?


「……ミリア? なんで顔赤いの」

「あーーーー。今日は暑いなーー。さ、さぁ! 魔法について教えて!」


 明らかに強引だっただろうが、そんな風に話を逸らす。

 だって、こんなことで顔を赤くしてるだなんてバレたら、まるで。

 なんだろう。私が、リリィに対して好意を抱いてるみたいになる。

 けれど、断じて好意があるとかじゃない。ほんとに。

 私が顔を赤くしているのは、ただ恥ずかしさが由来するものであって。

 そもそも、誰しも人に好きと言われたら。もしくは、その人が自分に好きだと言った人ならば、絶対恥ずかしさがあるものだと思うのだ。

 私は人に好意を抱かれたことないしー?

 だから、こんな風に顔を赤くするのは当然のこと。だと思う。

 だったら、話逸らす必要あるのかなって、少しばかり疑問ではあるけど。

 いや。顔赤いイコール好意を持ってるって思われるのも、ちょっとアレなので、多分この対応に間違いはない。

 と、自分自身に言い聞かせてみる。


 リリィは、私の様子に疑問符を浮かべることなく「暑いね」と言った。

 確かに今日は普通に暑い。木陰だから涼しさもあるけど。


「そそそ! 今日は暑い!」

「……じゃあ、あなたに見せた氷の魔法からやってみましょうか」


 そして「この魔法で涼しくなろうか」と付け足した。

 しかし、いきなり氷魔法だなんて出来るのかな。

 と、思ったそのままをリリィに聞いてみる。


「氷の魔法なんて私に使えるのかな? 『魔術の書』でも、結構後ろのページに載ってるしさ」

「大丈夫。初級の魔法の難易度は全て同じくらいだから」


「え、そうなの? 私、風の魔法が最初のページの方に載ってるから、それが一番簡単なんだと思ってた!」

「『魔術の書』は、魔法の種類別で載ってる。たまたま風が一番最初に載っているだけ」


「なんと。割と衝撃の事実。……けど、風の魔法すら使えなかった私だよ? どっちみち氷の魔法なんて使えるのかな状態だよ」

「大丈夫だと思う。ミリアの歳で魔力が体内にミリも無いだなんて有り得ないし。それに、『魔術の書』は書かれてることが抽象的すぎなんだよね。コツをつかめば、初級は少しだけでも使えるようになるはず」


 確かに、抽象的と言われれば抽象的だと思う。

 本に書かれていたのは『自分の中の血液の流れを意識し、それを魔力を放出する一点に集める』みたいなことが書かれている。

 考えてみれば血液の流れを意識っていうのは、いまいちピンと来ない。

 魔法なんて、誰にも教えてもらったことないので、リリィの指導で、そのコツみたいなものが掴めるようになったら嬉しいなって思った。


「おぉ。ちょっと楽しみ」

「うん。あ、そういえばミリアは魔術学校とかに入る気は無いの?」


「いやいや。無い無い。そんな専門的な職につきたいとか無いし。ただ、魔法が楽しそうだからしてみたいだけ!」

「うん。分かった」


「え、なんで聞いてきたの?」

「いや。私なんかより、もっと専門的な人に教えてもらったほうがいいのかなって思ったりしただけ。……教えるの、本当に初めてで下手くそだと思うから」


 そう言うリリィは少し不安げである。顔も若干、下を向いていた。

 魔法を教えると言うのに、不安があるらしい。

 そんな様子のリリィの肩をポンと叩いてみる。


「いやいや、大丈夫大丈夫。リリィに教えて貰いたいよ」

「……私がいいって事ね」


「ちょっとその言い方は語弊アリかなー?」

「顔、赤いね」


「あーー。今日は暑いなーー。暑い暑い。さ! 早く氷の魔法を教えてください! リリィ先生!」


 今日から三日間。

 ずっとこんなんで耐え切れるのだろうか。

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