単純であり複雑な

 敷いていた広い布から立ち上がる。

 靴を履いて、木陰の外へ。


「暑い……」


 先までは言い訳で『暑い暑い』言っていたが、本当に今は暑い。

 こうなってくると冬が恋しいけれど。

 冬の時も『早く夏になれ……』みたいなこと思っていたっけ。

 なんてどうでもいいことを思考しながら、私は太陽に背を向けた。


「……ミリア」


 背に声が飛ばされる。

 その方には太陽があったので、振り返らずに私は返事をした。

 だって振り返ったら眩しいし。


「どうしたの? ……って、魔法を教えてくれるんだよね」

「うん……」


 そう頷く声が聞こえて、足音がこちらに近付いてきた。

 そして、私の背中で立ち止まる。

 なんか。朝、リリィが気絶した時もこんな状況だったような……。


 数拍、間を置いて。

 リリィは後ろから、私の服のエリを少しだけ引っ張った。

 私の首が服に少しだけ絞められて、後ろがちょっとだけスーってする。


「リリィ?」


 問うてもすぐに反応はくれず、ちょっと不思議に思いながらも、リリィが何をしてくれるのかを待つ。

 その時、リリィの手が私の首筋に少しだけ触れる。

 次に、彼女の息を吸う音が聞こえたかと思えば。


「……『アイス』」

「ひゃっ──!」


 食卓でリリィが言ったのと同じ言葉が聞こえて、私の背に冷気と氷が侵入。

 滑る氷はとても冷たく、私の熱い身体を一気に冷やしていく。


「ちょ、ちょちょちょ! いきなり何!」


 後ろに太陽があるとかもう今更気にする暇もなく、勢いよく振り返る。

 リリィは悪びれる様子も見せず「どうしたの?」と言ってきた。


「いやいや! どうしたのじゃなくて! なんで氷! 背中を暴れ回ってるんですけど‼︎ 冷たい冷たいーー!」


 この氷を追い出したい。

 しかし着衣しているのは上下繋がっていて、お腹が締め付けられているタイプのワンピースなので、どこからこの氷を追い出せばいいのか分からない!

 手も背中までは伸びないし、服を脱ぐにも今はリリィがいて脱げないし!

 ただただジタバタして、氷を色々な場所に移動させている。

 冬になると夏が恋しくなる気持ちを今、味わわされているのか、私。


「ミリア、暑そうにしてたから。涼しくしてあげようと」

「た、確かに暑かったけども! 加減ってものがありましてね! せめて水とかそういうのにしてよ! いや、水も服が濡れちゃうからやなんだけど!」


 もう思考よりも先に言葉が出ていた。

 発言を遡ると、本当に意味の分からないこと言っているって思う。

 けど、氷の冷たさに飛び跳ねている今、思考する暇はほぼない。


「嫌だった?」


 リリィは少し悲しそうに問うてくる。


 ……さっきから、これがずっと続いてる気がする。

 悲しそうに言われて、それで私の心が揺らいでっていう。その流れが。


「い、嫌じゃないけど! 冷たい! めっちゃ冷たい! ……リ、リリィ! もう十分涼しくなったと言うか、もう寒いくらいだからこの氷を取り出して‼︎」


 もはや私の声は叫びである。

 近所迷惑にならないか心配なくらいだ。

 しかし本当に冷たい。この冷たさは多分慣れでは克服できないと思う。


 私はリリィに背を向けて「はい! 早く!」と急かした。


「わかった」


 私の叫びにかき消されそうになったその返事をちゃんと聞き取る。

 また先のようにエリを引っ張られて、そこにリリィの手が入り込む。

 そのリリィの手は、氷と比べているからなのか、かなり温かい。

 私の背中を這うようにその手が動き、氷の存在を探していた。


「もうちょっと右!」


 指示をし、手がちゃんと氷のあるところへと辿り着いた。

 スッと何かの重りが取れたかのように、氷がリリィによって持ち上げられた。


「──っはぁーー!」


 寒さが背中に長すぎる余韻を残している。

 しかし、夏の日差しを浴びていれば、それは弱まっていきそうだった。


「どう? 涼しめた?」

「……ん、まぁ涼しめたけども!」


「けども?」

「今さっき言った通り加減がね! あると私は思うんですよ!」


「そう。これで私のこと好きになってくれるかなって思ったんだけど」

「なぜこれで好きになると思うの⁉︎」


「ミリアって単純な人だし……」

「単純じゃない! 割と複雑!」


 言い終えてから、やっぱり単純な人かもしれないと思う。

 だって。私って、すぐに顔を赤くするし。他にも色々。

 今みたいに悲しそうに言われたら、すぐに励まそうとするとことか。

 けど。それを考える私の脳内は凄く複雑に絡み合っていて。

 複雑と単純って反対の意味の言葉だけど。

 その事を踏まえてみると、案外似ているとこがある。

 私にとったら……だけど。


「ミリア、なんか楽しそうだね」

「なんで!?」


「顔が笑ってる」

「笑ってない! ……え、笑ってるの?」


 顔をペタペタ触ってみる。

 どうなんだこれ。笑ってるの?


「うん。笑ってる」

「……マジすか」


「私といるのが楽しいってことだよね」

「確かに、最近、こういう同い年の人との関わりって少なかったかも。遊ぶにしても歳下の子ばかりだし……」


 楽しいって言えば楽しいのかもしれない。


「そっか」

「うん」


「なんか朝の時に比べて、だいぶ私に心を許しているよね? 早くない?」

「……確かに、早い。私って、こういう誰にでも優しい超いいやつだからかな」


「ミリアは超いいやつ。知ってる」

「も、もっと崇めてくれてもいいんだよ?」


「わー、いいやつー」

「そんな感情の死んだ顔で言われても……」


「本当だから」

「それは。ありがとう」


「どういたしまして」

「ありがとうありがとう」


 我ながらなんだ、この中身の無さすぎる会話は。

 というか、何かを忘れているような気がする……。

 ──あ。


「魔法教えてください!」


 なぜ、これを忘れていたのだろう。

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