リリィは魔法使い
キッチンに着き、テーブルに着く。
リリィも、私の横に腰を掛けた。
テーブルの上に頬杖をつき、顔をリリィの方に傾ける。
その視線に気付くと、すぐに私の目を見てきた。
相変わらずって言い方は少し変だけど、やはりその目は真っ直ぐだ。
リリィがサキュバスか何かだったら、私は彼女に惚れていたのかもしれない。
なんて意味の分からないことを考えながら、リリィに問う。
「何食べたい?」
「なんでも」
返ってくる返事は素っ気ない。
「おっけー。今はパンしか無いんだけどね」
「なんで聞いたの」
「リリィの好きな食べ物を調査しようと思いまして」
三日間とはいえ、相手のことを知るというのは大事だと思う。
あれ? 大事じゃない? いや、大事だと思う。
というより、こういうところからだと思う。
さっきから思う思うばっかりで確信的ではないのだけれど。
思う、というよりも、そういうものだと信じている。
「そっか。……というか、ミリア。変じゃない?」
好きな食べ物を言ってくれると思っていたのだが。
脈絡もなく、何故かそんなことを言ってくる。
訳も分からず、ほぼ反射的に聞き返した。
「え、変って何が?」
「……いや。なんでもない」
「なんでもある」
「ない」
「ある!」
「ないない」
「あるあ──」
「ミリア。お腹空いたから、パンが欲しい」
「ちょっと、リリ──」
「長旅、凄い疲れたな。お腹空いたな」
「うっ……。持ってきます」
「ありがと」
否定され、話を逸らされて。
最終的には、細い声。悲しそうな上目遣い。
あまりにも早すぎる根負けをし、私は席を立ち上がる。
と同時に、心にかかった謎のモヤを振り払うように首を回した。
戸棚まで歩き、その中からジャムがいっぱいに詰まった瓶。
昨日買ってきてそのままのパンが詰まったカゴを取り出した。
それらを机の上まで持っていく。
そういえば森で集めてきたベリーもジャムにしたいけど……。
今は面倒臭いので、また今度でいいっか。
二つのコップに水を注ぎ、リリィの前にコトリと置く。
リリィはペコリと、私に頭を下げ、出された物に顔を向ける。
それを確認して、私もまた、リリィの横へと腰を掛ける。
私もお腹がかなり空いているので、ジャムの瓶を手に取り、中身をスプーンですくい、スライスされたパンへとたっぷりと塗る。
ジャムをテーブルに戻すと、リリィも私と同じようにジャムをパンに塗った。
その様子を見ながら、私はパンを口に運ぶ。
少し乾燥していたけど、ジャムのみずみずしさがそれを和らげてくれた。
うん。ちょうどいい感じかも。
一つのパンを食べ終えて、コップの水を口に流し込む。
かなりぬるい水だけど、まぁ、喉の渇きを抑えられるだけマシだろう。
対するリリィは、パンを半分くらいまで食べていた。
表情一つ変えずに食べているもんだから、美味しいのか少し不安。
そんなリリィの様子を見ながら、ちょっと問いを投げてみる。
「リリィ、どう? ジャムは私のお手製なんだけど……」
「美味しい。めっちゃ美味しい」
リリィは、両手に納められたパンに対してうんうんと頷く。
「それほんと? なんか気遣ってない?」
「遣ってない。美味しすぎて感動していた」
「ならいいけど……」
「うん。じゃあ、ちょっとお水頂くね」
リリィはパン片手に口元を拭いながら、逆の手をコップに戻す。
それを口に運ぶと、彼女の顔色が変化した。
「ミリア。お水、めっちゃぬるいね」
コップを口に付けながら、目だけは私の方を向いていた。
確かに、ぬるい。自分もそう思うし、むしろ、温かいくらいだ。
もう家のその水温には慣れてしまったため、あまり感じることも無かったけど。
やはりというか。他の人からしたらあまりよろしく無いらしい。
「あったかい水はダメ? じゃあ、ちょっと商店で氷買ってこようかな。家にはもう無いし」
「いや。それは面倒臭いと思うからしなくてもいいよ。大丈夫」
リリィは言うと、持っていたコップをテーブルの上に戻した。
「飲まないの?」
私の声は、少し寂しそうだっただろうか。
だけど、リリィは「んーん」と首を横に振った。
そうした次の瞬間に、リリィはコップの上に手をかざし。
目を瞑り。一呼吸して呟く様な声を漏らした。
「……『アイス』」
かざした手が微小な輝きを放ち、そこから一粒大の氷が現出する。
丸い氷へと姿を変化させたかと思えば、それがボトンとコップの中に落ちた。
数秒呆気に取られ、今ここで起こった状況を整理して、理解する。
リリィが今、してみせたことは魔法の使用だということを。
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