第105話「命日」

 一月七日。今年もこの日を迎えた。

 それはもちろん、父さんの命日だった。今年は日曜日だったので母さんも休みで、日向は部活があったが今日は休むことにした。みんなでまたお墓参りに行こうと話していたのだ。

 朝準備をしていると、インターホンが鳴った。出ると絵菜が来ていた。


「お、おはよ」

「おはよう、ちょっと早いから、上がって」


 絵菜をリビングに案内すると、母さんがやって来た。


「絵菜ちゃんおはよう。来てくれてありがとうね」

「あ、おはようございます、いえ、また私なんかが来てしまって……」

「いいのいいの、お父さんも絵菜ちゃんが来てくれたって、嬉しいと思うからねー」


 昨日絵菜とRINEで話していた時、今日お墓参りに行くことを伝えると、私も行きたいと絵菜が言っていた。真菜ちゃんと長谷川くんは部活なので行けないが、母さんも「絵菜ちゃんだけでも一緒に行きましょうか」と言ってくれた。


「初めて絵菜ちゃんをお父さんに紹介して、もう一年が経つのねー、何度も言ってるけどあっという間ね」

「ほんとだね、あれから父さんがちゃんと見守ってくれているんだろうなぁ」

「ふふふ、そうね、お父さんはちゃんと見てくれているわ、大丈夫よ」


 しばらくみんなで話して、お墓へ行くことにした。今日も寒い日となった。父さんが亡くなった日も寒かったので、そのことを思い出す。


「……団吉、日向ちゃんがずっとおとなしいけど……」

「ああ、この日になるといつもそうなんだよね」


 そう、日向はお墓参りとなると急におとなしくなるのだ。毎年のことなので慣れたものだが、僕はそっと日向に話しかける。


「日向、大丈夫か?」

「あ、う、うん……」


 日向はそう言って僕の手を握ってきた。いくつになっても変わらないな。でも日向ももう高校一年生だ、そろそろしっかりした方がいいのではないだろうか。まぁでも日向の気持ちも分かるので、僕はあまり言わないことにしている。

 電車にしばらく揺られて、最寄りの駅に着き、バスに乗り換えて墓地の近くまで行った。このあたりの景色はそんなに変わらないな。


「着いたわね、このあたりもあまり変わらないわね」


 四人で父さんのお墓の前に並ぶ。日向はずっと僕の手を握って離さなかった。色々と思い出しているのだろう。それも当然だ。僕も一年の中で一番父さんのことを思い出す日だ。とても優しくて、大きな手があたたかい父さん。僕も日向もよく遊んでもらった。幼稚園の運動会で、張り切って父兄参加の競技に出ていたっけ。笑顔がとてもまぶしかった。


「今日もお花とコーヒーを持って来たわ。あとでお供えするとして、団吉、ちょっとお掃除しておきましょうか」


 母さんと僕がお墓を軽く掃除して、母さんがお墓にお花と缶コーヒーをお供えした。お線香をあげて、みんなで手を合わせる。


「……さてさて、お父さん、今年は四人で来たわ。団吉も日向もどんどん大きくなっていって、もう団吉は十八歳、日向は十六歳なのよ。ビックリするよね。そして今年も絵菜ちゃんが来てくれたわ。団吉、お父さんに報告してあげて」

「うん……父さん、僕も絵菜も十八歳になりました。そして、今年はもうすぐ試験が控えているよ。僕も絵菜も、合格するために毎日頑張っているよ。たぶん父さんは天国から見守ってくれていたと思うけど、もう少しの間力を貸してください。絵菜ごめん、話しかけてもらってもいいかな?」

「あ、う、うん……お、お父さんこんにちは……沢井絵菜です。団吉くんのそばにいることができて、私嬉しいです。私ももうすぐ試験があって、団吉くんに教えてもらいながら頑張っています……その、これからも団吉くんと一緒に頑張りたいです……」


 絵菜がお辞儀をした。次は日向だ……と思って見たら、日向は僕の手をぎゅっと握ったまま動かない。


「ほら、日向、父さんに言うことあるだろ、せっかく来たんだから、俯いてばかりいないで日向の顔を父さんに見せてあげて」

「う、うん……お父さん、お父さんが見守ってくれたおかげで、私お兄ちゃんと同じ高校に入学できた……ありがとう……あと、部活にも入って、頑張ってる……私、お父さんともっと遊びたかった……お父さんとデートしだがっだ……お父ざん……ううう……」


 そう言って日向が僕にぎゅっと抱きついてきた。僕の胸で「ううう……お父ざん……」と言いながら泣いている。


「日向……大丈夫だよ、僕も母さんもいるよ。ほら、デートなら長谷川くんも僕もいるし、父さんもそれを見守ってくれるよ」

「ううう……うん……お兄ぢゃん、またデートじで……」

「ふふふ、お父さん、団吉も日向も仲良しでしょ、私も嬉しくなるわ。さっき団吉が言ったけど、三年生はもうすぐ試験があるのよ。お父さんもみんなが合格できるように祈っておいてね。あ、あとうちに新しい家族が来たわ。みるくのことも見守っておいてね」


 最後にもう一度みんなで手を合わせた。相変わらず日向はボロボロだったが、きっと父さんも天国で笑っているだろうなと思った。でも日向の気持ちも分かる。僕も父さんともっと遊びたかったし、男同士色々な話がしたかった。寂しい気持ちになるのは僕も一緒だった。

 でも、父さんから「母さんと日向をよろしくな」と言われたのだ。これまでも、これからも、僕がこの家の長男としてしっかりしなければいけない。僕はひっそりと気合いを入れていた。


「……よし、そしたら駅前に戻ってコーヒーでも飲みに行かないかしら? なんか甘い物を食べるのもいいわね。日向もきっと元気が出ると思うわ」


 母さんが日向の頭をなでた。そしてみんなで駅前に戻ることにした。日向も少しずついつもの元気が戻って来たみたいだ。


「……日向ちゃんが泣いているのを見て、私もうるっときてしまった。お父さんともっと遊びたかったよな……」


 絵菜が日向に聞こえないくらいの声で僕に話しかけてきた。


「そうだね、僕も同じ気持ちだよ。でも悲しい気持ちになるのは今日だけにしておくよ。あまり悲しむと父さんも悲しいと思うので」

「そっか、団吉は強いな。そんなところも好きだ」

「え、あ、そ、そうかな、うん、もう少し一緒に頑張ろうね」


 絵菜を見ると、ニコッと笑いかけてくれた。うん、この絵菜の笑顔を守るためにも、僕は頑張らないといけない。

 父さん、これからも僕たちを見守っていてね。

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