第71話「最後の日」
オーストラリアで過ごす最後の夜、僕はホテルの部屋で修学旅行のしおりに書かれたジェシカさんのメールアドレスと、スマホで撮った写真を見ていた。
ジェシカさんの家を離れる前に、お父さんが『三人で写真を撮ったらどうだい?』と言ってくれて、ジェシカさんを真ん中にして三人で写真を撮ってもらった。僕と相原くんのスマホにも残っている。
「……あ、写真見てたんだね」
相原くんが僕のスマホを覗き込むようにして言った。
「うん、いい思い出がたくさんできたなぁと思ってね」
「……俺もだよ。学校休まなくなって、こうして修学旅行にも行けて本当によかった。日車くんには本当に感謝してる。ありがと」
「そっか、ううん、僕は大したことできてないけど、相原くんも学校に来てくれて本当に嬉しいよ」
コンコン。
二人で思い出に浸っていると、ホテルの部屋の扉をノックする音が聞こえた。あれ? と思って出てみると、なぜか大島さんと富岡さんと、さらに絵菜と杉崎さんまでいた。
「あ、あれ!? みんな何してるの?」
「日車くんたち寝てなかったわね、よかったわ、遊びに来たのよ」
「日車さん、相原さん、お疲れさまです……! 二人の夜はこれからですよね……!」
「日車お疲れー、姐さんと日車のとこ行ってみようって話してて、でも部屋が分かんないなーと思ってたら、ロビーに大島たちがいてさー、これから日車のとこ行くって言うからついて来たよー」
「だ、団吉、お疲れさま、は、入っていいかな……?」
「え、え!? なんか、情報が多すぎてよく分かんないけど、せ、先生たちに見つかったらヤバいのでは……?」
「あははっ、大丈夫だよー、これだけ広いと先生たちも見回りなんかしないからさー、おじゃましまーす」
僕の心配は無視されて、女子四人が部屋に入ってくる。ほ、ほんとに大丈夫かな……。
「はー、やっぱ学校で旅行といったら、男女が集まるって鉄板だよなー、日車もそろそろあたしの胸が恋しいだろうしさー」
「なっ、日車くんやっぱり杉崎さんの胸がよかったの? 杉崎さん大きいからな……私はどうして大きくならないのかしら……ブツブツ」
「なっ!? そ、そんなこと思ってないから!」
僕が慌てていると、絵菜がきゅっと左手を握ってきた。
「団吉と会えなくて寂しかった……嬉しい……」
「あ、う、うん、そうだ、絵菜、ファームステイでこっちの男性に口説かれたりしてない!?」
「ん? ファームステイ先は同じくらいの歳の女の子がいたけど……口説かれたりはしてないよ」
「そ、そっか、よかった……」
「日車くん、それ私たちにも聞いていたわね、何かあったの?」
「あ、いや、九十九さんが男の子に口説かれたって言ってたから、ちょっと気になってしまって……」
「な、なるほど、九十九さんくらいの美人ならそういうことがあってもおかしくないわね……まぁ私は日車くんがいればいいけどね、あれ? 沢井さん、ちょっと日車くんにくっつきすぎじゃないかしら?」
そう言って大島さんが僕の右腕に抱きついてくる。僕はドキッとしてしまった。
「……そんなことない、大島こそ離れろよ……」
「あ、あのー、頼むから二人とも仲良くしてくれないかなーなんて……あはは」
「……日車くん、いつも大変そうだよね」
「日車さん、いつもモテモテですよね、羨ましいです……!」
「あ、相原くん、富岡さん、お願いだから助けて……」
オーストラリアに来てもバチバチの二人……は置いておいて、僕たちはしばらく談笑していた。ま、まぁ、これも旅行の楽しみの一つかもしれない。
* * *
次の日、ホテルで朝食をいただいた僕たちは、ケアンズ国際空港のロビーに集合した。
「ついにオーストラリアとお別れね……なんだか寂しいわね」
「うん……本当に楽しかったよ。大人になったらまた来たいくらいだよ」
「ほんとですね、絶景も見れたし、ファームステイも楽しかったです……!」
「……俺は絶対にまた来るよ。早く大人になりたいって思った」
ん? なんか相原くんがいつもよりやる気を見せているなと思ったが、その時はそれ以上気にならなかった。
見送りに来てくれたバスガイドさんや現地の人に向けて、九十九さんが英語で挨拶を行っている。自分も話してみて分かったが、九十九さんの英語は流暢だった。僕も負けていられないなと思った。
時間が来て、みんな飛行機に乗り込む。帰りも僕の隣に相原くんが座り、通路を挟んで隣には大島さんと富岡さんが座った。
「……日本に着くの何時頃だったっけ?」
「えっと、九時過ぎに飛び立って、日本に着くのが夜の六時過ぎね。昼間は飛行機の中になってしまうけど、仕方ないわね」
「まぁ、みんなで話してたらあっという間なんじゃないかな」
「そうですね、ゆっくり旅の思い出でも話しましょう……!」
飛行機がゆっくりと動き出す。そしてまた急にスピードを上げる。僕と相原くんはまた固まっていて、そんな僕たちを見た大島さんと富岡さんがクスクスと笑っていた。
「……日車くん」
シートベルトを外す頃に、相原くんが少し小声で、でも真面目そうな顔で話しかけてきた。
「ん? どうかした?」
「……俺、もしかしたらジェシカさんに、こ、恋をしてしまったかもしれない……」
相原くんがぼそぼそと恥ずかしそうに言った。なるほど……って、え!? こ、恋!?
「え、え!? あ、ごめん、声が大きくなってしまった……こ、恋って、本当?」
「……うん、あれからずっとジェシカさんの笑顔が頭から離れなくて、三人で撮った写真もずっと見てしまうんだ……」
な、なるほど、絶対にまた来ると言っていたのは、ジェシカさんに会いに来るということか。
「そ、そっか……あ、メールするって言ってたから、また色々な話できるといいね」
「……うん、俺、今まで英語サボってたけど、頑張って勉強しようって思った。日車くんもまた俺に教えてくれるとありがたい」
「うん、もちろん。僕もジェシカさんとメールするなら、英語頑張らないとなと思っていたよ。そうだ、メールで好きですって言ってみるのもありなんじゃないかな? ジェシカさん美人だから、早く気持ちを伝えないと……」
「……え、え!? は、恥ずかしいけど……うん、頑張って送ってみるよ」
「どうしたの? 二人で何の話してるの?」
急に大島さんに話しかけられて、慌てて姿勢を正す僕と相原くんだった。
「あ、い、いや、ファームステイ楽しかったねって話で……」
「そっか、たしかに貴重な経験よね。私はもっと英語頑張ろうと思ったわ」
それから四人で話をして盛り上がった。楽しかった修学旅行が終わる。僕たちはまたひとつ大人になった気分だった。
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