第26話「過去」

「はぁぁぁー……ダメだぁあたし……」


 目の前で杉崎さんが大きなため息をついている。

 杉崎さんの気持ちを知ってから三日後、放課後に杉崎さんが「ひ、日車と姐さん、ちょっと付き合ってもらえないかな……」と言ったので、僕たちは駅前の喫茶店に来ていた。おいおいこのお店は恋の相談室か? と思ったが、言わないことにした。


「す、杉崎さん、大丈夫? もしかして……」

「……そのもしかしてだよー、うう、いつも通りにしようとしてるんだけど、うまくいかなくて……」

「そ、そっか、あ、絵菜からだいたいのことは聞いたよ。木下くんのことが……」

「……うん、好きに、なっちゃったみたいで……」


 杉崎さんが顔を真っ赤にしてもじもじしながら、何度もオレンジジュースに口をつけている。


「そっか、いつも木下くんのことからかっているのかと思ってたけど、そうでもなかったんだね」

「ううん、最初は木下の反応が面白いからついついからかってたんだ、でもメガネとって、髪型もちょっと整えてみたら、か、可愛いなって……最初は大丈夫だったんだけど、いつの間にかまっすぐ木下のこと見れなくなって、恥ずかしくて……」

「杉崎、最近クラスでも木下とあまり話さなくなったよな……」

「姐さ~ん……そうなんですよ、こんなんじゃあ木下に嫌われてもしょーがないよなぁと……はぁぁ」


 また杉崎さんが大きなため息をついた。


「う、うーん、難しいな……木下くんに想いをぶつけてみるとか?」

「……それができればなぁぁ、ちょっとあたしの過去の話してもいいか?」

「あ、うん、大丈夫だよ」

「……あたしさ、中学の頃一つ上の先輩を好きになったんだ。もうヤバいくらい好きで、毎日その人のこと考えてた。で、気持ちが抑えきれなくなって告白したんだけど、その人に『お前が俺と? 冗談はよせよ』って笑われてさ、その後他の人に言いふらしたみたいで……それがショック過ぎて、もう恋なんてしないって思ったんだ……」


 杉崎さんの言葉を聞いて、僕はぐっと奥歯を噛みしめた。状況は違うけど、人に笑われることの辛さを僕は知っている。杉崎さんが本気で好きになったのに、その先輩はなんてひどいことをしたのだろう。


「……もう恋なんてしないって思って、自分が明るく笑ってた方がマシだって思って、こんなギャルみたいな格好もするようになってさ、それなのに……また笑われたらどうしようって思って言えないんだ……」

「……杉崎、木下はそんな一生懸命な人を笑う人じゃないよ。大丈夫」

「ね、姐さん……」

「うん、木下くんは優しいから、杉崎さんの気持ちもちゃんと分かってくれるんじゃないかな。ちょっと女性と話すのが苦手なところあるけど……でもなんとなく杉崎さんとは話しやすいのかなって見てて思ったよ」

「ひ、日車……そ、そうかな……」

「うん、こんな僕とも本の貸し借りしたり、好きなアイドルの話したり、木下くんはとてもいい人だよ。それに――」


 僕は杉崎さんの目をまっすぐ見て、続けた。


「好きな人がいて、好きって言える杉崎さんがとても素敵だよ」


 僕は火野や高梨さんに言ったセリフを杉崎さんにも言った。何度言ってもさすがにこれは言いすぎかと思ったが、


「そ、そうかな……へへ……日車もいいこと言うじゃん。姐さんが日車のこと大好きなのも分かる気がするな」


 と、杉崎さんはちょっと目をそらして言った。


「え、ま、まぁ、ちょっと気持ち悪い一言かなって思ったけど……あはは」

「いや、そんなことない、日車も姐さんもありがと、あーあたしがモヤモヤしてんの似合わないよね! ちょ、ちょっと時間はかかるかもしれないけど、木下とこれまで通り話せるように、が、頑張ってみるよ」

「うん、僕も木下くんに好きな人がいないのかとか、さりげなく聞いてみることにするよ。あ、木下くんのRINE教えようか? でも勝手に教えるのはよくないか……」

「え!? い、今は無理だ~、そ、そのうちあたしが木下に聞いてみるよ、あ、じゃあさ、日車と姐さんのRINE教えてくれないか?」

「あ、うん、いいよ」

「うん、分かった」


 三人でスマホを取り出して、RINEの交換をする。


「サンキュー、あ、そういえば日車、体育祭で活躍したからあたしの胸触りたいんだったな、全然いいぞーほれほれ」

「え!? い、いや、僕は何も言ってないよ! って、絵菜もそんな目しないで!」


 僕が慌てていると、絵菜も杉崎さんも笑っていた。うう、なぜこうなってしまうのか……。



 * * *



「今日はありがと! また相談に乗ってくれよーじゃあねー」


 夕方になり、杉崎さんと駅前で別れた。


「杉崎、きつい過去があったんだな……」

「うん、せっかく勇気出して告白したのに、笑うなんてひどいよね……笑われた人の気持ちが分かるから、なんか僕も悔しくなったよ」

「私だったらその男殴ってそうだな……」

「え!? い、いや、殴るのはやりすぎというか、なんというか……あはは」

「ふふっ、冗談だよ、でもショックは受けるだろうな」


 久しぶりに絵菜から『冗談だよ』って聞いたなと思った。たしかに、笑われたらショックだ。僕もどうせ人に笑われるんだから、人を好きになっても仕方がないと思っていた頃があった。


「なんか、僕も昔を思い出してたよ。みんなに笑われてバカにされて、人を好きになるなんてとてもそんな気分にはなれなかった」

「そっか、私も最初笑っちゃったもんな……ごめん」

「ううん、絵菜はあの時もその後もちゃんと謝ってくれたから、そういう優しいところも好きになったのかも」

「ふふっ、優しいといえば団吉には勝てないよ。木下にRINE送るのか?」

「あ、うん、帰ったら送ってみようと思うよ。本の新刊もどうだったか気になるし、さりげなく好きな人がいないかとか聞けたらいいな」

「私は杉崎に送ってみようかな……あ、本といえば、また私でも読めそうな本貸してくれないか?」

「うん、いいよ、前に貸したのラブコメ系だったから、ファンタジー系も面白いんじゃないかなぁ」


 二人で本の話をしながら帰っていた。まさか僕たちがこんなに色々な人の恋の話を聞くことになるなんて思わなかった。杉崎さんの気持ちが木下くんに届くといいなと思った。

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