第16話「通話」

 沢井さんの妹がうちに来るという、なんとも衝撃的な出会いがあった日の夜、僕は沢井さんにRINEを送ろうとスマホを手に取った。

 しかし、何と話せばいいのか分からず、さっきから文字を打っては消してを繰り返している。

 

(いきなり『やっほー、今日妹さんがうちに来たよ!』なんて言えないしなぁ……って、高梨さんなら言えるのかもしれないけど)


 ピロローン。

 

 うーんうーんと唸っていると、スマホが鳴った。RINEの送り主は沢井さんだった。

 

『今日、妹がそっちに行かなかった?』


 ああ、もしかしたら真菜ちゃんに聞いたのかもしれないなと思い、僕は返信する。

 

『来たよ、まさか妹の友達が沢井さんの妹さんだとは思わなかった』

『そっか、ごめん、変なこと言ってなかった?』


 変なこと……世界一だとか宇宙一だとか言っていたけど、それは言わないでおこう。自分から言うのは恥ずかしすぎる。

 

『ううん、大丈夫だよ』

『そっか』


 そこで会話が途切れてしまった。しまった、一言で返さずもっと考えればよかった……と思っていたら、さらに沢井さんから送られてきた。

 

『あの、ちょっとだけ通話してもいい?』


 その一文を見て、僕はドキッとしてしまった。そういえばRINEのメッセージでやりとりはしているけど、通話はまだしたことがない。

 

『うん、いいよ』


 そう送ると、1分ほど経ってかかってきた。

 僕はふーっと息を吐いて、通話に出た。

 

「もしもし」

「もしもし……」


 電話の向こうから、沢井さんの声が聞こえてくる。当たり前なのだが、不思議な感じだった。

 

「ああ、こんばんは。なんかあった?」

「あ、いや、何もないんだけど……聞き……たかっ……」


 最後の方の声が小さくて、よく聞き取れなかった。

 

「そ、そういや、今日妹がお世話になったようで」

「ああ、びっくりしたよ、まさか沢井さんの妹さんだったなんて」

「帰ってきたら嬉しそうに『今日お兄様と会ってきた』って言うから、なんのことかと思った」

「僕のことずっとお兄様って呼んでたよ。なんか恥ずかしいけど」


 僕が思わず笑うと、電話の向こうで沢井さんもクスクスと笑っているようだった。

 

「真菜ちゃん、いい子だね」

「えっ?」

「お姉ちゃんの話になると笑顔になるし、すごくお姉ちゃんのこと好きなんだなーって」

「そっか……」


 沢井さん、電話の向こうで嬉しい気持ちになっているのかなと思った。

 

「あ、そういえばちょっと聞きたかったんだけど」

「ん?」

「沢井さんの家って、うちから近いの? 日向と真菜ちゃん同じ中学みたいだし。でも沢井さんと僕は中学違ったような」

「ああ、私が高校入る直前にこっちに引っ越してきたんだ。元々は川のずっと向こうで」

「あ、なるほど……」


 日向と買い物に行ったあの日、すれ違ったのは間違いなく沢井さんなんだな。この町に家があるなら、あそこを歩いていたのも頷ける。

 

「あ、ご、ごめんね夜遅くに電話して」

「いや、私がかけたいって言ったから……大丈夫」

「そ、そっか、そういえばこうやって通話するの初めてだね、不思議な感じ」

「う、うん……私も」


 そこまで話して、少しだけお互い無言の時間が流れた。

 

「も、もうすぐ球技大会だね」

「あ、ああ、そうだな」

「バスケ、できそう?」

「どうかな、そこそこだと思う……」


 沢井さんが「その、あの……」と何か言いたそうにしている。

 

「そ、その……日車も、頑張って」

「あ、うん、ありがとう、頑張る。沢井さんも頑張ってね」

「うん、頑張る……ありがと」

「あ、ごめん、妹が風呂に入れってなんか言ってる気がするんで、このへんで」

「う、うん、今日は、ありがと」

「こちらこそ。じゃあ、また……おやすみ」

「おやすみ」


 電話を切っても、少しボーっとしてドキドキがおさまらないような感じがした。


(沢井さんと通話するなんて……びっくりだよ。でも何の用事だったんだろ?)


 そこまで考えてまあいいかと思い直し、どこかフワフワした気持ちでお風呂へ向かったのであった。

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