古代核戦争説

春夏あき

古代核戦争説

「やったぞ助手君!とうとう私に、予約していたタイムマシンの使用権が回ってきたぞ!」


 とある日の午後。博士に頼まれて台所でコーヒーを入れていた僕は、急な叫び声によって危うくコップを取り落としそうになってしまった。

 どうせまた、いつものようになんでもないことを大げさに言っているだけなのだろう。僕は大きなため息を一つついて、コップに急いでコーヒーを入れてから博士のいる部屋へ向かった。



「博士、今度はなんですか?また新発見でもしたんですか?」



 コーヒーを机に置きながら、僕は博士に尋ねた。



「それどころじゃないよ!前々から予約していたタイムマシンの使用権が、とうとう私の番に回ってきたんだ。制限時間は24時間しかないから、急いでタイムポートに向かうぞ!」



 博士は子供のように目を輝かせて、せっかく昨日掃除したばかりの部屋をかき回して機器を取り集め、手元の鞄に無造作に詰めている。こうなってしまっては、博士の行動を変えることはできない。それを誰よりもよく知っている僕は、またもや大きなため息をつき、タイムポートに行くためのエア・カーの手配を始めた。

 今より10年ほど前、とある時空研究所で、偶然に偶然が重なりタイムマシンの技術が開発された。それは莫大なエネルギーを消費する代わりに、対象物を現代を基準に前後1億年程度まで自由に移動させることができるという技術だった。

 世界中の科学者たちは、この技術を喉から手が出るほどに欲しがった。中には不純な動機の者もいただろうが、大半は学術の進歩という崇高な目的の為だった。しかし往々にして、最先端の技術というものは、人々が気軽に使えるようになるのに時間がかかる。例えそれが、世界的な権威を持つ科学者だったとしてもだ。

 そんな訳で、技術が開発されてすぐにタイムマシンが使えるようにはならず、その後の様々な実験や認可を経て、ようやく試作機が一台、世に出回ることとなった。これが7年前の出来事である。

 世界にたった一台しかない機械の使用権は、先着順で予約を取るという形になった。だが、それには世界中の様々な人間が殺到することになり、膨大な待ち時間を生むこととなった。また一人当たりの使用時間を厳しく定めても、運用には多大な電力を要するため、個人が気軽に運用できる代物ではなくなっていた。その結果、今では新しく使おうとすれば10年は待たなくてはならなくなってしまっている。

 エア・カーが研究所の前に着くと、博士は運転席に飛び乗り、運転用AIに「できるだけ早く」と慌てた口調で告げてから、タイムポートへ行くように言った。

 エア・カーは減圧チューブの中を飛ぶように走り、あっという間に目的地であるタイムポートへ到着した。

 一億年規模のような大規模なタイムワープは現在一台のみしか実現していないが、一年程度の小規模なタイムワープは既に技術が確立されていた。しかしだからと言って個人が勝手に使用すれば大事件になりかねないので、タイムポートという国連の機関の監視のもと、厳正な審査を受けた人物のみがタイムマシンを使えることになっていた。

 博士はエア・カーから飛び降り、急いで受付へ向かった。受付嬢に今日来たことの目的を伝えると、玄関ホールにすぐに局長が来てくれ、既に出発の準備はできているということを告げられた。博士は手短にお礼を言い、急ぎ足で階段を上がって搭乗口へ向かった。

 そこに、そのタイムマシンは止まっていた。見た目は普通の乗用車と全く変わらない。だが後方には一メートル程度の大きさの箱が取り付けられており、そこから物々しいパイプが伸びてきて本体に接続されていた。

 研究員たちによる最後の点検が終わるまで、少しの間があった。この間にでもと、僕は気になっていることを博士に聞いてみた。



「博士、これは一体何なんですか?」

「見てわからんかね。タイムマシンだよ」

「それはわかりますけど、この後ろについている四角い箱ですよ」

「あーこれはな、小型の核融合炉だよ。行きはバッテリーからの電気でどうにかなるが、帰るときにも電気は必要になる。だがタイムワープに必要な電気を持っていこうとすると、ものすごく大きなバッテリーを持っていかねばならなくなるのだ。宇宙船の燃料問題ではないが、時空を移動させる物体は軽いに越したことはない。その方が消費エネルギーが少ないからな。だから帰りは、この核融合炉で発電をして、充分に電気が溜まってから帰ることになる。一瞬で帰れないことも無いが、まぁそれは使うこともないだろう」

「ふーん、そうですか」



 そうこうしている内に、いよいよ準備が終わって、僕と博士はタイムマシンに乗り込むこととなった。外装の通り、中は乗用車そっくりで、見た目にはとても過去に行けるとは思えなかった。



「それじゃ、カウントダウンを始めます。活動時間は24時間ですから、それまでに帰ってきた下さいね」



 5、4、3、2、1、GO。

 機械的な音声によるカウントダウンが終わると、タイムマシンはカタパルトで射出されたかのように急加速した。

 目の前はタイムポートの無機質な壁である。僕は「ぶつかる!」と叫んで、とっさに目をつぶった。



「こら、話を聞いておらんかったのか」



 頭にこつんと衝撃を覚え、僕は恐る恐る目を開けた。そこにはひしゃげた車体などは無く、何色とも言い難い不思議な色をたたえた空間が、延々と広がっていた。



「こ、ここは?」

「ここは超空間だ。我々は今、通常世界とは別次元の世界を移動している」

「別次元?」

「例えばA地点からB地点まで行きたい時、普通は車にせよ船にせよ、空間を通って移動するだろ」

「まぁ、そうですね」

「タイムワープも、原理的にはそれと同じだ。ただタイムマシンは、x、y、z、そのどれとも違う、新しい軸を移動しているわけだ。我々のいる三次元からその軸へ移るには、非常に多大なエネルギーを要する。またその空間は、普通に移動するのとは全く別の方法で動かなければならない。いや、むしろ、自分達の座標をずらすと言った方がいいかな。とにかくそんなことをするためには、これまた大量のエネルギーが必要だ。だから長期間に及ぶタイムワープほど、難しくなっていくんだ」

「なるほど」

「さぁ、そんなことを話している内に目的の時間に近づいてきたぞ。超空間から投げ出されるときのショックに備えよう」



 果たして博士の言う通り、周囲の景色が心なしか色あせてきていた。それと同時に外側からの明かりが漏れ出し、まるでトンネルの出口付近のような景色になっていた。

 とぷんという、何かが水に落ちたような音を立てて、タイムマシンは超空間から飛び出した。

 そこは砂漠だった。頭上にはギラギラと太陽が輝いており、周囲は見渡す限り砂で覆われている。雰囲気としてはラクダやピラミッドが登場してもよさそうだが、生憎そんなものは見当たらなかった。



「……博士、ここはどこなんですか?せっかくタイムマシンの順番が回ってきたのに、こんな場所で遊んでいていいのですか?」

「何を言う。この場所こそ、私が長年訪ねたかった場所だぞ」



 ここが、だろうか。周囲にあるのは砂ばかりで、建築物はおろか、岩一つすら見つけられない。



「助手よ、君は、古代核戦争説というものを知っておるかな?」

「それは何なんですか?」

「古代核戦争説と言うものはな、実は我々はかつての人類の生き残りで、そのかつての人類は、核戦争で壊滅的被害を受けてしまったという説なんだよ」

「はぁ」

「我々の先祖は、超文明を築き上げてはいたものの、結局核戦争によって絶滅寸前にまで追い込まれてしまった。およそ技術と呼ばれるものもすべてが灰になり、生き残った先祖たちは河のほとりで文明の再建を開始したんだ。それが今言われている、4大文明と言うやつだな」

「本当にそんな事あったんですか?」

「それを探るために、今ここにいるんだよ。23世紀現在、数ある古代核戦争説の証拠の中でも特に有力とされているのが、ここインダス文明に存在している、ガラス化した砂なんだ」

「なるほど。確かに核爆発には高温の熱波が伴いますから、いつ砂がガラス化したのかを突き止めることができれば、あとはその時間帯に世界を回ればいいわけですね」

「そういうことだ。今現在、我々は紀元前1億年の同場所にいる。まずは現在から、一千万年間隔でタイムワープを繰り返す。それで砂がガラス化した期間が特定できれば、次は百万年単位、次は十万年単位、その次は……と繰り返していく。最終的には、砂がガラスになる決定的な瞬間を拝むことができる」

「この方法なら上手くいきそうですね。さ、博士、時間も多くはありませんし、早速行きましょう」

「うむ」



 こうして、博士と僕は時間の反復横跳びを始めた。大まかな時間で期間を区切り、それにそって砂漠をどんどんと観察していく。一千万年、百万年、十万年と、区切りはどんどん短くなっていった。

 博士の説明通り、砂漠は確かにガラス化していた。その範囲一帯だけが、太陽の光を不自然なまでに反射させて、キラキラと輝いているので丸わかりだった。

 残り時間が無くなっていく中、博士は着々とタイムワープを繰り返していった。始めは時間内に終わるか不安だったが、この調子なら少し余裕をもって終われそうだ。



「助手よ、起きたまえ」



 いつの間に寝ていたのだろうか。目を開けると、外には相変わらずの風景が広がっている。



「等々日単位で場所を特定できたぞ。今からその日にタイムワープをするから、カメラを回してくれ」



 僕は言われた通り、手持ちのデバイスのカメラ機能を作動させた。爆発の瞬間の映像があれば、きっと有力な証拠になるだろう。



「では……タイムワープ開始」



 キューンという独特のあの音がして、タイムマシンががくりと震える。次の瞬間には超空間にいて、ぐーんと空間を突き進んでいた。

 一日程度のタイムワープなら、さほど時間を掛けなくて済む。体感で一分ほど超空間を走ったところで、前方からはもう光が差し込んできている。

 そして、タイムマシンは超空間から抜け出した。辺りは先程と変わらない砂漠が広がっているが、きっとこれから、決定的な瞬間が訪れるのだ。僕は少し緊張して、デバイスを持つ手に力を込めた。



「……おかしいな」



 そのまま一時間ほど、タイムマシンは一つ所にとどまっていた。が、一向に核爆発が起きる気配はない。



「確かにこの日のはずなんだが……」

「博士、もう少し移動してみます?」



 僕はデバイスを握る手から力を抜き、椅子に深く座りなおした。

 その途端、タイムマシン内にけたたましいサイレンが鳴り響いた。



『危険です。エンジンがオーバーヒートしました。搭乗員は、速やかに脱出カプセルを作動させてください』

「い、いったいなんだ!?」

「わかった!きっとタイムマシンを連続使用しすぎて、エンジンが熱暴走しているんだ」



 そんなことをしている間にも、サイレンは鳴り響いている。心なしか車体が震え始め、背中に熱が伝わってくような気さえする。



「……ええい、仕方ない。緊急脱出するぞ」

「それでどうなるんですか!?ちゃんと元の時間には帰れるんですか!?」

「安心しろ!反物質を使った物質エンジンが搭載されているから、それでばっちり帰れる。ただ反物質は恐ろしく高価だから、帰ったら酷いことが起きるぞ。いや、むしろ帰らないほうが……」

「博士!早くしてください!」

「あぁもう!」



 博士は右手をふりつけ、運転席の近くについていた赤いボタンを押し込んだ。途端にお尻の下に圧力がかかり、気付いた時には僕たち二人は空中に投げ出されていた。周りには遮るものは何もなかったが、みるみるうちに足元から壁が展開されていく。やがて丸みのある筍のようなフォルムになったころ、脱出カプセルは完成した。

 こうしてエンジンがオーバーヒートしたタイムマシンから間一髪で脱出した僕たちは、次の瞬間には超空間に移転していた。



「残念だったなぁ。ここまで待ってやっと来たのに、得たのは請求書だけか」



 博士は残念そうに呟いた。

 


「本当に、そうですねぇ」



 僕は手元のデバイスを操作して、先ほど録画していたデータを削除しながらそれに応えた。

 僕は見てしまったのだ。熱暴走を起こした核融合炉を搭載したタイムマシンが、核爆発を起こしながら四散する様子を。そしてその爆発が、足元に広がっていた一面の砂を飲み込む様子を。

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