クロの尻尾占い

三葉さけ

クロの尻尾占い



 ツヤツヤと全身真っ黒な猫が、魚釣りしているブチ猫のところへやってきた。


「よぉ、クロ」

「おっす、ブチ。釣れてるか?」

「てんでダメだな。なんか景気の良い話ねぇか?」

「それじゃ、いっちょ尻尾占いしてみるか」


 ブチをちょいとからかってやろうと、クロが自分の尻尾をつかんでもっともらしくそう言った。

 訝し気なブチの目の前で、掴んだ尻尾をフリフリ振る。


「なんでぇ、そりゃ。おめぇ占いなんかできんのか?」

「まあな。俺の第六感がビビビッと尻尾で教えてくれるのよ」


 クロは自分の尻尾の先を撫でてむにゃむにゃと口の中でなにやら唱える。寿限無寿限無と言ってるだけだが、聞こえないブチにはなにやら怪しい呪文に思えた。

 疑ってるブチに、クロは笑いをかみ殺しつつ言い含める。


「そんな目で見るなって。帰り道はあっちを通るといいぞ。早目にな」

「あっちを通ると何があるんだよ」

「良いコトだって」

「良いことって何だよ?」

「そこまではわからない。良いコトなんだから帰りに通るくらいいいだろ」

「胡散臭せぇ」

「お? 怖気づいた?」

「んなわけあるかっ。そこまで言うなら通ってやろうじゃねぇか」


 ムキになったブチはすぐに釣りをやめて、空っぽの魚篭のまま帰り道についた。

 通りかかった道では、今日開店したという店先で客寄せに大道芸をやっていた。片手で3枚ずつ回す皿回し、扇子の上に独楽を走らせる独楽回し、一枚の紙から色んなものを切り出す切り絵。

 大道芸が好きなブチは喜んで、道をふさぐ見物人に混じってやんややんやと楽しんだ。


 数日後、クロを見つけたブチが満面の笑みで走り寄る。


「おぅい、クロ、いいことあったぜ。おめぇの第六感も捨てたもんじゃねぇな」


 見世物やるって小耳にはさんだ話を使っただけなのに、こんなにすぐ信じるとは。ブチの単純さに呆れ半分でクロが頷く。でもまあ、こんなに上手くいったら悪い気はしない。


「そうだろうそうだろう。なかなか当たるんだ」

「また占えよ」

「そんなにそんなに第六感は働くもんじゃないって」

「いいからいいから」


 期待に目を輝かすブチに負けて、何かネタがあったかなとクロは頭を巡らせた。

 そういや、よもぎ横丁のご隠居が落語会をやるって言ってたな。下手の横好きでつまらない上に長いんだよ。これでいいか。

 クロは渋々といった演技で尻尾を揺らし、わざとらしく驚いて見せた。


「むむっ、尻尾の毛の先が少し膨らんでる」

「そうかぁ? いつもと変わんねぇだろ」

「こういうときは悪いコトがあるんだ」

「なんでぇ、つまんねぇこと言いやがるな」

「お前、よもぎ横丁通るだろ? 帰り道は気をつけろよ」


 この日の帰り道、何があるかとキョロキョロ周りを見回して歩いていたブチは、ご隠居と目が合ったせいで強引に落語会へ連れ込まれた。つまらない落語に舟をこぎながら、悪いことってこれかぁと腑に落ちた。


 そのあともこういうことが続き、ブチはすっかりクロの尻尾占いを信じてしまった。今日もブチに占いを頼まれたクロは、飽きて面倒になってきたからそろそろネタばらしでもしようかと考えつつ適当に答えた。


「んー、今日はね、悪いコトかな」

「お、尻尾の先が膨らんでるな」


 いつもと同じだよ、と頭の中でクロがツッコむ。


 2人並んで釣りをして2人仲良くボウズで終わり、空っぽの魚篭を下げて歩いていたらトラ猫のトラと会った。


「おうおうおう、ちょっと聞いてくれよ。仕掛け罠にネズミがわんさとかかってよう。初めてだぜ」


 興奮してまくしたてるトラに、狩りも好きなブチが身を乗り出した。


「すげぇじゃねぇか」

「おう。一匹ずつやらぁ」

「一匹かよケチくせぇ」

「そんなこと言うならやらねぇぞ」

「くれよ」

「仕方ねぇな、ほらよ」

「ありがとうな。家に帰って食うわ」


 トラからネズミを受け取ったブチはホクホク顔。浮かれてクロに話しかけたら生返事が帰ってきた。ネズミを貰ったのに考え込んでるクロを不思議に思うブチ。


「どうした?」

「いや、だってトラって罠がヘタだろ」

「そうだな。罠にかかったって話、初めて聞いた」

「だからおかしいな~って」

「でも、たまにはあってもいいだろ」

「いいけど」

「なんだよ」

「最近ここらで『ネコイラズ』の話を聞いたなぁって思い出してさ」


 『ネコイラズ』はネズミを殺す毒餌だ。物騒なシロモノの名前を聞いてブチはしかめっ面をした。


「なんでぇそれ」

「まあ、俺たちが食べてもお腹を壊すくらいだから。いや、悪いコトが起こるって占っただろ?」

「……俺は明日、釣り船に乗る約束してんだよ」

「お腹こわしたら行けないかもね。まあ、ホントにそうかわからないし」


 ブチは嫌なものを見るようにネズミの尻尾をもってぶらぶらさせる。


「……おめぇにやる」

「いいの?」

「ああ、やる」

「ふーん、ありがと」


 次の日、釣り船に乗って出かけたブチは大して釣れずに戻ってきた。


「おう、ブチ、釣れたか?」

「よぉ、トラ。全然だった」

「そりゃ残念。それより、昨日のネズミ旨かっただろ。丸まる太ってて食べ応えあったなぁ」

「……平気だったのか?」

「何がだ?」

「だってネコイラズが」

「んなもん、入ってるわけないだろ。捕まえたときは元気に暴れてたんだから」

「ええっ!?」

「大体、ネコイラズなんて山に撒くわけねぇだろ」


 ブチは自分が美味しいネズミを食べ逃したことに気づき、そう思わせたクロに腹を立てた。釣りがダメだったせいで余計にむしゃくしゃする。トラにクロの居場所を聞き、怒りにまかせて走って行った。

 遠くにクロを見つけて頭をカッカさせたまま怒鳴った。


「クロっ、てめぇだましやがったな」

「だましてないよ。占いなんだから当たるも八卦当たらぬも八卦ってね」

「なにおぅ。調子いいこと言いやがって」

「俺はちゃんと『いいの?』って聞いただろ? 食べないって言ったのはブチだぜ」

「っぐ、……それはそうだけどよ」

「まぁ、昨日は外れたかもしれないけど、今日は当たるかもね」

「なんだよ」

「あっちの道は通らないほうがいいよ」

「またかっ! くそっ、もう騙されねぇからな!」

「止めたほうがいいって、俺の第六感が言ってる」

「うるせぇっ。てめぇの第六感なんざ、くそくらえってんだ」


 怒りに任せて叫んだブチは勢い良く、クロが止めたほうの道へ走っていった。その後ろ姿を見送ったクロが小さく呟く。


「あーあ、あそこの並木に毛虫が大発生してるのに」


 そのあと、風に乗ってブチの悲鳴が聞こえたとか聞こえないとか。




 めでたしめでたし


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クロの尻尾占い 三葉さけ @zounoiru

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