永遠の一瞬に花を
神凪
妖怪と少年
俺には、見えてはいけないものが見えていた。所謂、妖怪というものだ。
視覚や聴覚だけではなく、触覚なんかのすべてで妖を認識できた。霊感なんて不完全なものではなく、第六感とでも言えばいいのだろうか、しっかりと妖怪だと断言することが出来た。
別にそれで困ったこともなかったので気にもしていなかったが、いつの日からか一人の妖怪に付きまとわれるようになってしまった。
「少年、この漫画はとても面白いです」
妖の名は梢。梢は、齢数千年の大妖怪だそうだ。
自分たちのことが視認出来る人を奇怪そうに見てくる者こそいたが、こうして関わってきた妖は梢が初めてだった。
「続きは二ヶ月後くらいに出るよ」
「なんと。人の子は恐ろしいほどに努力家ですね。たった二ヶ月でこのような書物を……」
「そう驚くようなことでもないよ。人は梢たちと違って特別な力がないから、その分機械や道具に頼ってるからね」
「人の子の武器は知恵なのですね。素晴らしいです」
梢はこの辺りを治める妖の一人だという。高圧的でどこか人を馬鹿にしたような妖怪が多い中、梢は俺たち人間を心から認めているようだった。
「そうです、少年。お祭りは好きですか?」
「まあ、それなりには。急にどうしたんだ?」
「それはよかった。妖怪の祭りに参加してみる気はありませんか?」
「妖怪の? いや、遠慮しておくよ」
「そうですか……」
しゅんとしてしまった梢は寂しそうに膝を抱える。とても数千年も生きている妖怪には見えなくて、少しだけおかしくなって笑ってしまう。
「なんですか」
「いや、梢は子どもみたいだと思って。でも、妖は妖、人は人で楽しむべきじゃないのか?」
「それはそうかもしれませんが、私は少年のような人がいることをみんなにも知ってもらいたいのですよ」
以前、妖怪の人に対する認識を聞いた。
一人の妖は、人を屑だと言ったそうだ。特別な力を持たず、強い者が弱い者を支配するから、と。
またある者は、人を怪物だと言ったそうだ。妖怪のことは何も気にしないで、ただ自然を蹂躙する怪物だ、と。
俺はその両者にも当たらないのだろう。それは、梢のような優しい妖怪には都合がいい。
「そういうことなら、行かせてもらおうかな」
「本当ですか! やりました、少年とお祭りでーと? です!」
「そんな言葉を知ってるんだね」
「漫画に書いてありました」
楽しげに笑う梢の笑顔は、同年代の女子のそれとそう変わらない。
「妖怪のルール、みたいなのがあったら教えてほしい」
「妖怪のルールはありませんが、私が決めた自治体ルールのようなものならありますよ。一つだけ」
「どんなの?」
「妖は人間の人生を狂わせてはいけない。例えば、殺したり逆に助けたり」
「へぇ……人間側はしちゃ駄目なこととかないのか?」
「そもそも意思疎通が出来ないのでありません。少年が悪さをすることは無いでしょうし、まあ大丈夫でしょう」
梢は笑って、俺の頭を撫でた。大妖怪からすれば人間の高校生なんて赤子同然なのだろうが、こうして子ども扱いされるのはあまり面白くない。
そうして、祭りの夜になった。両親には友人と遊ぶから遅くなると伝えている。梢も友人のようなものなので、あながち嘘というわけでもない。
山の奥で、妖怪たちが集まっていた。祭りと言っても人間のそれとは違い、騒いだりはしないらしい。
「こ、梢様!? 人の子を連れ込むなど、どういう了見でございますか!」
「安心してください。少年は悪さをしませんし、する力も持ち合わせていません。なにかあれば私が対処します」
「無理を言って連れてきてもらったんだ。不快にさせてしまったかな」
「い、いえ……梢様がそう仰るのでしたら、私は特に」
「ありがとう」
梢が人の形をしているから勘違いをしそうになるが、妖は様々な形をしている。先程話していたものは、兎のような見た目をしていた。
梢の隣を歩いていると、妖怪たちの視線が奇怪なものを見るような視線になる。
「梢。やっぱり、俺は帰るよ」
「えっ?」
「ここは妖の場所だ。人の子である俺が……」
ふと、視界の端でひとりぼっちの子がいるのが目に入った。俺よりも大きな体をした、人型の妖だった。
自分よりも大きな体をしているのに、どうしてかその子が子どもだと思ってしまった。
「梢、あの子は?」
「あの子は、私が拾ってきた子どもの妖です。
「どうしてあんなに寂しそうにしているんだ?」
「いつもひとりぼっちなんです。誰も、あの子に近寄ろうとはしてくれません。木霊、おいで」
「こ、こずえさま!」
胴体に対して、やや手足が短い。そんな足でおぼつかないままにてぽてぽと歩いてきた。
可愛らしい妖だというのが、最初の感想だった。
「後のことは少年が好きにしてくれて構いません」
「そんな無責任な」
「もちろん、私も一緒ですよ」
梢と木霊は、俺になにか期待したような眼差しを向けていた。
それから俺たちは、祭りを楽しむことにした。人間の祭りとはかなり勝手が違うものだったが、十分に楽しむことができた。
なにより、人の子である俺が木霊を楽しませることができたのが嬉しかった。
「しょうねんさんは、ひとのこですよね」
「そうだね、俺は人の子だ。だけど、俺は梢のことは好きだよ。もちろん、木霊のことも」
「ほわ……」
「少年、私は一応女性ですよ」
「梢は俺よりずっと長生きなんだから、そんな勘違いはしないだろ?」
「しませんがねぇ」
釈然としないといった様子で、梢は木霊の頭を撫でた。
「こだま、おおきくなってひとのことなかよくしたい」
「それは……まあ、俺と同じように妖が見える人がいたら、仲良くしてやってほしい」
そんなことを言われるとは思っていなかった。
木霊は家に帰る俺と梢についてこようとしたが、まだ小さい木霊を人間に触れさせるのは危険だという俺と梢の判断の元、連れていくのはやめておいた。
帰路、暗い道を歩きながら梢が口を開いた。
「誘った甲斐がありました」
「木霊のことが心配だったんだね」
「ええ。優しい少年なら、木霊のことを助けてあげられるかと思いまして。結果は大成功、さすが私です」
ふふん、と胸を貼った梢はどこか悲しそうな顔をしている。
「梢……?」
「数千年を生きて、寿命を感じています。さすがにあなたが死ぬまでは一緒にいられると思いますが、木霊はそれから一人です」
「だけど、俺はきっと梢よりも早く死ぬぞ?」
「ええ。ですから、木霊がいつか、あの子を見れる人と出会ったとき、私のようにその人を信頼できるように。そんな土台作りをしておきたかっただけですよ」
「そうか。それが君ができることなんだな」
人にしろ妖にしろ、親というものはできることがそれほど多くはないらしい。それでも梢は、木霊を守ろうとしている。
それがとても美しいものに思えた。
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