第48話 選択肢26ー2こんなに優遇されて良いのだろうか(43話選択肢より)

こんなに優遇されて良いのだろうか。

心の片隅に言い知れぬ不安がわだかまったまま、日々が過ぎていく……。


その日は、リリィの午後の予約が突然キャンセルになり、時間が空いた。

良く晴れて、青空が美しいので外出したいと思ったが、リリィには許されないと思い至り、少しがっかりする。


「ねえ。ウィル。ウィルは、仕事がお休みの時は何をしていたの?」


リリィの私室で、彼女のために紅茶を淹れていた『一人称』に、リリィが尋ねる。


「本を読んだり、たまに出掛けたりしていたよ」


「どこに行ったの?」


「珍しい場所といえば、自動車レース場かな」


「自動車レース場? それは、どういう場所なの?」


「自動車はわかる?」


「ええ。乗ったこともあるわ。今は、乗らないけれど」


そう言うと、リリィは少し寂しそうな顔をした。

不用意な話題だった、と後悔していると、リリィは話の続きをせがんできた。


「数台の自動車が速さを競うんだ。一般的な自動車は屋根があるけれど、レース用の自動車は屋根が無かったよ」


「まあ。そうなの。きっと、車体を軽くしているのね。いいなあ。見てみたい」


「……ごめん」


「どうして謝るの? わたし、見られるわ」


「出かけられるっていうこと?」


「いいえ」


彼女は俺の言葉を否定して、言葉を続ける。


「出かけるのはわたしではなくて、あなたよ。あなたが、わたしのために写真を撮ってきてくれたら、見られるわ」


「写真……っ!? 写真屋を連れて、出かけろというのか……っ!?」


驚いてそう言うと、リリィは笑い出した。


「違う。違うわ。お兄様が、カメラを持っているの。使い方もご存知よ」


「カメラ……っ!?」


カメラというのは、写真を撮ることができるという機械のことだ。

実物は、風景写真を絵画のような大きさにして販売している店の中で、一度だけ見たことがある。


「ねえ。ウィル。わたしのために、写真を撮ってきてくれる?」


「わかった」


「嬉しい!! そうと決まれば、お兄様のところへ行きましょう」


「せっかく紅茶を淹れたのに……」


「そうね。ごめんなさい。あなたが淹れてくれた紅茶を飲んでから、お兄様のところに行きましょう」


リリィと俺は談笑しながらお茶を飲み、それから、俺は厨房にカップを運ぶ。

カップを渡して、作ってもらったお菓子をリリィが喜んで食べていたと伝えると、料理人は嬉しそうに笑った。


「そりゃあ、よかった。あんたが来てから、お嬢様が嬉しそうで、こっちまで嬉しくなるよ」


そう言った後、彼は少し表情を曇らせる。


「俺たちは、必要以上にお嬢様には関わるな、とオーナーから命令されていて、何気ない会話をすることもままならないからな」


「それは、どういうことですか……?」


「オーナーは、お嬢様と従業員が親しくなることを嫌っているようで、お嬢様に近づいたとみなされた給仕係が解雇されたこともあったんだ」


「……」


では、なぜ、オーナーは俺のことだけを、リリィに近づけたのだろう。

リリィが強く望んだからだろうか。

それとも……。


「つまらないことを言っちまったな。気にしないでくれ」


料理人は俺の肩を叩き、仕事に戻っていく。

俺は彼の言葉を気にしながら、部屋に戻った。


リリィの部屋に戻ると、彼女は、オーナーが会う時間を取ってくれたと言った。


「侍女に確認してもらったの。今なら、お兄様は書斎にいるって」


「そう」


「行きましょう。カメラの使い方を教えてもらうの」


リリィは軽やかな足取りで扉へと向かう。


「……」


出来れば、オーナーと二人きりで話がしたい。

そんな思いが、首をもたげた。


「リリィ」


俺が呼びかけると、リリィは振り返った。

大きな、美しい目が俺を見つめる。


「……なんでもない。行こうか」


オーナーと二人きりで、料理人から聞いた話の真意を尋ねたいと思ったことが後ろめたくなり、俺はリリィに微笑した。


オーナーは書斎にいた。

リリィがカメラを使わせてほしいと頼むと、拍子抜けするほどあっさりと了承してくれた。


「カメラの使い方を教えます。リリィは部屋に戻っていなさい」


「わたしもここにいるわ。わたしも、カメラの使い方を覚えたいの」


「粗忽なところがあるリリィに、カメラを触らせるつもりはありませんよ。壊されたくはないからね」


「わたし、壊したりしないわ!!」


「どうかな。厨房を手伝うと言って、カップをいくつ壊したのか覚えていないの?」


「お兄様の意地悪……っ」


「さあ。彼の邪魔をしないで。部屋に行っていなさい」


「……わかりました」


リリィはそう言って、俺に視線を向けた。


「頑張ってね。ウィル」


「うん」


リリィは俺に手を振り、書斎を出て行く。

……オーナーと二人きりになった。

今なら、料理人から聞いた話の真意を問えるかもしれない。


俺は……。


選択肢28

1オーナーの真意を確かめない(次へ/鳥籠の鳥【男主人公編】48話→ 鳥籠の鳥【男主人公編】49話へ)


2オーナーの真意を確かめる(鳥籠の鳥【男主人公編】48話→ 鳥籠の鳥【男主人公編】52話へ)

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