第六感が働こうともこの目には勝てない
花月夜れん
拾えば厄介になるぞ
『拾って下さい』
油性ペンで書かれたそこには小さな女の子が入っていた。
オレの第六感が知らせてくる。拾えば厄介になるぞと全力で警鐘をならす。だが、見てしまったのだ。雨の中ふるえるコイツを。
「行くとこないのか?」
空を写す瞳はうつろで、だけど彼女はこくりと頷いた。
オレは彼女を抱き上げると自分の部屋に連れ帰った。
「ったく、酷いことするよな」
髪の毛をふきながらオレは呟く。彼女はどんな環境で育った個体なのかわからない。声帯手術や避妊手術、ワクチンは済んでいるのだろうか。
「……っ!!」
「あ、ごめんな。耳ひっかけちゃったか?」
ふわりとした髪から犬のような耳がはえている。
ペット獣人。
いつから流通してるのか、誰も知らない。最初はものすごく高かったのに、今では誰でも手が出せるくらいに安くなった。
「ご主人様、契約」
うなじに小さな金属が埋まっていて、契約を交わす。
増えすぎたペット獣人を管理するための鑑札。
「オレは契約するつもりはない」
一人暮らし、ペットの面倒を見る余裕なんてない。
悲しそうにする女の子に心が痛む。
「名前はあるのか?」
「名前……アンフィ」
「アンフィか。オレは
得にもならない。損にしかならない。なんで拾ったんだ、オレ。第六感があんなにも警鐘をならしていたのに。
「雨がやんだら警察に届けてやる」
びくりとしてアンフィは小さくなった。部屋のすみに行き耳を垂れさせてひどく悲しそうにしていた。
「くっそ、やっぱ拾うんじゃなかった」
寒くないようにタオルでふいてやる。それから新しいタオルを何枚もかけてやった。
よく考えるとオレのタオルがない……。いや、まあなんとかなるか。
半乾きのタオルを引っ張って、オレはシャワーを浴びにいった。
◇
「今日も雨か……」
天気予報は明後日が晴れ。
「約束だからな。雨がやむまではいてもいいぞ」
少しだけ顔をあげて、彼女は頷く。
「飯にしようぜ」
鳥のむね肉を茹でたのをパックから取り出してさいてやる。うちに獣人用のご飯なんてないから、オレの作り置きだ。
「何かかけた方がいいのか?」
鼻を近付けて確かめるようにふんふんとならす。
かぷり
彼女は美味しそうに食べ出した。
あぁ、思い出すなぁ。小さい頃飼ってたハチを。
「のどにつめるなよ。ゆっくり食べな。って、もうないのかよ!」
満足げに笑う笑顔がハチと同じだった。
駄目だ、駄目だ。情を持っちゃ駄目だ。オレの生命線の鳥むね肉を駆逐されてしまうぞ!
「おかわりいるか?」
だから、何やってるんだよ! オレぇぇ!
「……契約」
「しない」
それはちゃんと断っといた。
◇
「お、雨がやんだぞ!」
次の日の朝、やっと雨がやんだ。
「ほら、行くぞ」
彼女を立たせると足ががくがくふるえていた。
「大丈夫だろ。買った本当のご主人様が悔い改めて探してるかもしれないだろ? ほら」
ピンポーン
チャイムがなる。こんな時間になんだ?
のぞき窓から覗くが知らない顔の女だった。
「アニマルヒューム保護法により、7日未登録状態の個体の回収に参りました」
「あ、どうも」
ちょうどよかった。持って帰ってもらえるんだ。話を聞くと女はアンフィを迎えに来たようだった。
彼女はなごやかな表情をしているがなぜかオレの第六感がまた警鐘をならしている。
「契約される気はないですか?」
「え?」
「回収するということでよろしいのでしょうか?」
「あの、購入者に返してあげるのでは」
「いえ、この個体は二人の主人候補がいらっしゃったんですがこのお二人がケンカ別れして、思い出したくないからと拒否されております。保護法により、昨夜連行させていただいております。が、話が平行線で」
「そんな」
「拾得されたのであれば、契約さえすめばお渡しできますが」
「契約しないとどうなるんだ?」
女はたんたんと答える。
「こちらの個体は正規ルート品ではないので、そうですね、回収後に中古として出品されても買い手はつかないでしょう。廃棄ですかね」
「なっ!!」
「あっと、私次があります。そろそろ、回収を始めさせていただきますね」
ドアをあけて数人が中に入ってくる。
すみで動かなかったアンフィを取り囲んでいく。
「アキラ……」
オレには無理だ。だって、もうあんな悲しい別れをしたくない。
『ハチ! ハチぃ!!』
子供の頃、ハチは死んだ。獣人はもとになった獣の寿命を引き継ぐ。だからどうやったって、オレは見送らなくちゃならない。だけど……。
「契約するぞ!! アンフィ」
取り巻いていたやつらからアンフィを取り返す。彼女のうなじの金属にキスをする。これで契約は完了だ。
目の前で連れていかれて、見殺しになんて出きるわけない。ハチに怒られるよな。
「あら、それでは回収は不要ですね。では、後日契約書等送られてきますのでよろしくお願いします」
女はわかっていたという顔をして外へと出ていった。
残されたオレ達は互いを見る。
「アキラ」
「あー、こうなる予感がしてたんだな。オレの第六感……。ちゃんと責任はとるよ」
嬉しそうに耳をピンとさせてアンフィが覗き込んでくる。
「父さん母さんに相談しとかないとな」
ここはペット禁止だし、引っ越しもしないとだ。
あー、書類はすごくすごくたくさんある。ハチを飼う時母さんがおおすぎぃーって嘆いてたからな。
やることはいっぱいだ。
ぐぅぅー
きゅぅぅ
オレの腹の虫とアンフィの腹の虫がなく。
「そういや、朝飯まだだったな。昨日と同じだけどいいか?」
「うん!」
ずっとちぢこめていた尻尾があがりふりふりと横に揺れる。
人との付き合いが面倒だからとしてこなかったアルバイトも始めないとだろうな。
冷蔵庫の中を見ながらオレはそう考えていた。
第六感が働こうともこの目には勝てない 花月夜れん @kumizurenka
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