素直なヒーローとツンデレ異世界人【エピソード2】
双瀬桔梗
勘の鋭いぼくっ娘ヒーローの初恋と仲間達の話
これは
小学一年の夏休み。父が所有する別荘に、家族全員で行った時のこと。
“今日はなんだか、森の中でいい出会いがありそう!”
そう直感したしえりは、学校の宿題をパパッと終わらせ、父と母、兄にすら声をかけずに、別荘の外へと飛び出した。
草花に囲まれた広い庭を抜け、森へと足を踏み入れる。
時々立ち止まって水筒のお茶を飲み、少し休憩してから、またほわほわズイズイ前に進んでいく。お気に入りの、淡いピンクのワンピースを着ているのもあり、しえりの足取りはいつも以上に軽かった。
「わぁ……」
森を抜けたところで、エメラルドグリーンの湖が、目の前いっぱいに広がる。しえりは目をキラキラさせ、しかし、近づきすぎると危ないと分かっているため、離れた場所から湖を眺めた。
「あっ! きっとこっちだ~ぼくのカンは99%当たるよ~」
不意に何を思ったのか、しえりは湖に沿って歩き出した。ちなみにしえりが口にした言葉は、彼女が好きなヒーローがよく口にしていた台詞を、自分風にアレンジしたものである。
湖を半周したあたりで、真っ白な物体が横たわっているのが見えた。それが人だと分かった途端、しえりは走り出し、倒れている女性に声を掛ける。
「お姉さん、だいじょうぶ?」
しえりは、真っ白なワンピースとマントに身を包んだ、銀髪の女性に手を伸ばす。だけど、女性の背中から鳥の羽のようなものが生えていることに気がつき、手を止める。
少しの間、純白の羽に目を奪われたものの、ハッと我に返ったしえりは女性の体を揺すった。
「お姉さん、だいじょうぶ? ねぇ起きて」
何度も声をかけ続けたことで、ゆっくり目を開いた女性はしえりの顔を見た。今度は湖と同じエメラルドグリーンの瞳に、しえりは釘付けになる。
「ここは一体……きみは?」
女性は困惑しながら上体を起こし、しえりに問いかける。
「えっとね、ぼくの名前は百々野しえりだよ」
明らかに日本語ではないものの、しえりは何となく名前を聞かれたような気がして、自己紹介をした。けれども女性は、しえりの言葉を理解できないようで、首を傾げている。
「すみません、少しだけ待っていてください」
またまた何を言われたのか、なんとなくで察したしえりはコクリと頷く。それを見て女性は、何やら呪文のようなものを唱えた。
「――これで、互いの言語を理解できる筈なのですが……どうですか? えっと、ももの、しえりさん?」
さっきまで何となくでしか分からなかった言葉が、突然、日本語に聞こえるようになり、しえりは驚いた。だけども、わくわくの方が勝ったようで、興味津々と言いたげな顔をしている。
「うん! 百々野しえり、しえりでいいよ。お姉さんのお名前は? どうしてこんなところで、たおれてたの?」
「あたしはルーチェ・シュヴァンです。少しいろいろありまして……どうやら、自分が生まれ育った世界とは別の、この世界に迷い込んでしまったようです」
ルーチェと名乗ったその女性は、一部分だけ言葉を濁した。それでもしえりは気にすることなく、矢継ぎ早に質問を口にする。
「ルーチェお姉さんってもしかして、
しえりの質問攻撃にタジタジになりながらも、ルーチェは「落ち着いてください」と優しく嗜める。
「えっと、あたしは……魔法を使える世界の、由緒ある家系の二女として生まれました。この羽は、純白の鳥の精霊と契約を交わした際に頂いたものです」
「まほうに鳥のセイレイさんかぁ……すごく、すてきな世界なんだろうなぁ」
「ふふっ……とても素敵な世界ですよ」
ルーチェはふわりと微笑み、しえりの頭を撫でた。陽だまりのような、温かい手が心地よくて、しえりはいつも以上にほわーんとした顔をしている。そんなしえりを見て、ルーチェは目を細めた。
「しえりは、とても可愛いヒトですね」
「ルーチェお姉さんの方がとってもかわいいよ」
しえりは屈託のない可憐な笑顔を浮かべ、さらりとそんなことを言った。彼女の言葉にルーチェは微かに頬を赤らめ、「あたしはかわいくありませんよ」とそっぽを向いた。その姿に、とくんっと心臓が跳ねたしえりは、自分の胸に手を当てる。
「どうかしましたか?」
「うーん、分かんない。なんかね、ルーチェお姉さんを見てたら、どきどきするの」
「そう、なんですか……えっと……きっとすぐに治まりますよ……」
ルーチェは困ったような顔で、何も分からないフリをしているようだった。それでもしえりは「まぁいっか~」と深くは考えず、もっと魔法の世界の話をしてほしいとルーチェにお願いする。
幼いしえりが、ルーチェへの恋心を自覚したのは、彼女が魔法の世界に帰った後だった。
「すごくロマンチックな話じゃないっスか~」
デレデレ部隊スナオズの本拠地『オネスト』の休憩室に、スナオイエローこと
スナオズ最年少のミナは、しえりの初恋話を聞いて「素敵ッス~」と感動している。
「可愛らしい初恋やんか~ところで、そのお姉さんとはそれ以来、一度も
女の子達に混じって、最年長のスナオブルーこと
「ふふっ……実は一年前に多分、再会したんだ~」
「多分? えらい曖昧やなぁ」
しえりの言葉に、幸路郎は訝しげに言葉を発した。ミナと隼大も不思議そうに、しえりを見つめる。
「えっとね、多分なんだけど、『ツン・デーレ一族』のフォンセ魔術師が、ルーチェお姉さんだと思うんだ~」
しえりの口から、一応、敵対関係にある組織の、幹部の名前が出てきて、三人は思わず固まってしまう。
静まり返る部屋に、豪の寝息だけが聞こえる。
「でも、名前が違うよね……?」
「何か事情があって、変わったんじゃないかなぁ?」
最初に口を開いたのは、ずっと黙って話を聞いていた隼大だった。衝撃の事実に、口を挟まずにはいられなかったようだ。
「しえりチャンの話を聞く限り、見た目も全然違う気がするんやけど……」
「イメチェンしたのかな? 今の衣装もかっこいいよね~」
フォンセ魔術師はフードを深く被り、鳥の仮面をつけて、きっちりした黒スーツの上に大きめのマントを羽織っている。羽も漆黒で、ルーチェとの唯一の共通点はワインレッドのリボンで上品に結われた、“銀髪”くらいだ。
それでもしえりは、フォンセ
「そもそもフォンセ魔術師って女性だったんスか?!」
「え! フォンセって女の人だったのか!」
「ミナチャンはまずそこからなんやね……」
「
仮面で顔を隠し、マントで体型を分からなくして、高身長であるとは言え、声で女性だと分かりそうなものだが……ミナと、いつの間にか起きていた豪は、ずっと男性だと勘違いしていたらしい。
フォンセのことを女性だと認識していた幸路郎と隼大は、苦笑いを浮かべている。
「まぁでも、ミナチャンがそう言うなら、そうなんやろうなぁ」
「ミナ姉さんの勘が外れたことは一度もないッスもんね」
「ぼくの勘は99%当たるよ~」
「ホントよく当たるよね」
「なぁ、ところで
完全に一人だけ置いてけぼりの豪に、「ぼくの初恋の人が、フォンセ魔術師かもしれないって話だよ~」と、しえりは伝えた。
「へ~今も好きなのか? フォンセのこと」
豪は興味があるのかないのか微妙なテンションで、しえりに質問した。
しえりは自身の黒髪に編み込んでいる、白いリボンに触れながら、「ふふっ」と笑う。
「好きだよ。名前や見た目が変わってても、大好き」
あまりに純粋で、真っ直ぐな瞳と言葉に、四人は互いに顔を見合わせ、各々の反応を示した。
「敵とか関係ねぇ! 好きならしっかり気持ちを伝えろよ! 俺は応援してるぜ!」
「ジブンも応援してるッス!」
「いろいろ心配なこともあるけど、お兄さんもとりあえずは応援してるで」
「敵対している以上は茨道な気がするけど……しえちゃんが選んだ人ならいいんじゃないかな」
豪とミナは全力で応援するといった感じで、幸路郎と隼大は大人として手放しには応援できないが、反対する気はないようだ。
しえりは皆の顔を見渡して、「ありがとう」と、嬉しそうに微笑んだ。
「ツン・デーレ
場が和んだところで、けたたましいサイレンと司令官の声が、スピーカーから聞こえてくる。
「今日はフォンセ魔術師が来てる気がする~」
しえりはぴょんっと椅子から飛び上がり、誰よりも早く休憩室を出ていく。小柄で、幼い顔立ちと言動から中高生に間違えられがちだが、しえりはれっきとした大学二年生である。
「しえり姉さん、待ってくださいッス~」
「フォンセが来てるなら、思い切って初恋の人かどうか確かめてみろよ!」
ミナは慌ててしえりの後を追い、豪はただの思いつきで、そんなことを言いながら走り出す。幸路郎と隼大は一瞬だけ顔を見合わせ、微笑ましそうに年下三人の背中を追いかける。
しえりの初恋の行方と、フォンセ魔術師……ルーチェ・シュヴァンに何があったのか明らかになるのは、また別のお話。
【百々野しえり 視点 完】
素直なヒーローとツンデレ異世界人【エピソード2】 双瀬桔梗 @hutasekikyo_mozikaki
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