朧守閑話 其ノ三「ある日の巡察 夜番編 第一幕」

夜白祭里

ある日の巡察 夜番編 第一幕

 夜の公園に碧の木刀が閃いた。

 奇声を上げて飛び回っていた邪霊が五体、あっけなく霧散していく。

 ふと、一真は振り向きざまに木刀を振った。

 背後で新たに生じつつあった邪繭が邪霊へと変わることなく消滅する。

「……今ので終わりみてーだな……」

 どこか釈然としない気分で木刀を振るい、包囲網を出た。



「お疲れ様、斎木君! 次の包囲網、もうちょっと時間がかかるみたいだよ!」

 外に出るなり、彰二のテンションが高い声が出迎えた。

 邪が少なくて余裕がある時は、包囲網の外で補佐の誰かが待っていて巡察の状況を報告してくれる。それなりにベテランの彰二が連絡役をしているということは、今夜は落ち着いているのだろう。

「おう、お疲れ……」

「どうしたの? なんだか、暗いけど……」

「ちょっと気になるっていうかさ……」

 ぐりぐりと額を指で揉んだ。

「なんか、巡察始めてから、やたら勘が働くようになったっていうか……。元から直感とかは自信あったけど、最近はちょっとヤバい気がするんだよな……」

「そりゃあ、そうだよ」

 彰二は訳知り顔で頷いた。

「だって、斎木君、鎮守役だもの」

「? 答えになってるようで、なってねェんだが……」

「ん~~、そうだなあ……。あ、北条のおきなさん、こんばんは! お騒がせしてます!」

‘おお、精が出るのう……’

 彰二がペコリと頭を下げた先で、白髪交じりの老人が相好を崩した。

 痩せた体に具足を付けた老人の足は透け、地面近くでは見えないほど薄くなっている。

「おう、じいちゃん! ここは済んだから、安心してくれよ!」

‘いつもすまんのぅ。ようやっとくつろげるわい……’

 歯がところどころ抜け落ちた口でカッカッカと笑い、老人は公園へと入って行く。矢が刺さったままの背中が、滑り台の奥の闇へと消えていった。

「ね? 今のが答え」

「は? なにが?」

 彰二は真剣な目をした。

「斎木君……、めちゃくちゃ馴染んでるけど……、僕達、今、幽霊と普通に話してたんだよ?」

「へ?」

「さすが斎木君……。大雑把のレベルが違うや……」

 フリーズする一真に、彰二は息を吐いた。

「あんまり自覚ないみたいだけど、直感とか、霊感って第六感でしょ? 隠人は霊体が人間の倍くらい強いから、普通の紋付隠人でも霊感とか強いんだ。霊格が上がるっていうのは、第六感が強くなる、ってことでもあるんだよね……」

「……言われてみりゃ、そうか……。忘れてたけど、邪とか、北条のじいちゃん、普通は見えねェんだよな……」

 彰二は大きく頷いた。

「補佐の霊格でも、超能力者レベルなんだ。斎木君や組長は、その更に上を行ってるんだもん。直感も強くなるって……」

「マジ? 全然自覚ねェけど……」

「組長とか昼頭とか夜頭と一緒にいるからだよ。言っておくけど、あの三人、ババ抜きとかじゃんけん、異様に強いからね? 組長は異次元だけど……」

「組長の場合は、演技力の勝利って言わねェか……?」

 こたつに入り、ババ抜きをしている西組幹部の図を思い浮かべてしまい、汗が伝った。

「なんつーか、あの三人がトランプ持って真剣勝負してるだけで、既に怖いんだが……」

「気をつけたほうがいいよ。斎木君が修行してた時、組長が珍しく休憩しに来て、夜頭と『歓迎ババ抜き大会しませんか?』とか話してたし……」

「ぐ……、そんなにやりてェのか、ババ抜き……」

 昼間、見舞いに行った時。優音が望を凹ませなければ、ババ抜きの沼に引きずり込まれていたのかもしれない――。

 そんな恐怖にゾクリとしながら、その日の巡察はゆるやかにスタートしたのだった。


― 閑話 其ノ二「ある日の巡察 夜番編 第一幕」 完 ―

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