モノトーン

@aqualord

第1話

誰にも話していないことだが、私は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感以外に磁気と電気を感じ取ることができる。

言ってしまえば、第六感と第七感だ。

最初の五つにしても普通の人よりも何倍も鋭敏だと自負しいてる。


小学生の時、心霊スポットでの肝試し中に気を失った私を、周囲の友人は「恐がり」の一言で片付けてしまった。だが、そこに渦巻くいろいろな情報を7つの感覚で感じ取った私がオーバーフローを起こしてしまったというのが真相だった。


可視光ではぼんやりとその輪郭しか見えないが、磁気と電気の感覚を通してみれば人間の形を無慈悲に崩され、にもかかわらず人間で居続けなければならない姿をした者が、聞いたこともない奇妙で精神を直接囓りとってゆく単調の声でぶつぶつ呟きながら、ざらざらとした冷え切った手で私をなで回し、ついには私が開きっぱなしにしていた口にその指先を突っ込んで、古く甘い腐臭とえずくための息を吸い込むことさえ本能的に拒んでしまうとげとげしい酸っぱさで口中を満たしてくれたおかげで、私は気を失ったのだ。


これを「恐怖」などという他愛もない、モノトーンの言葉で表現されるなど、私は断固拒否する。


とはいえ、さすがにこれほど私の7感を強烈に打ちのめす体験はあまりない。

私もいろいろ学習したし、現代社会は、サングラスやマスクや手袋や、そういった私を守ってくれるグッズが目白押しだ。


ただ、最近、第六感の磁気を感じる力が落ちてきた。


切符を触っても何が書いてあるのかよく分からないようになってきたし、磁気治療器を一番効くところに貼り付けたと思ったら少しずれていたということも起こるようになった。

何より一番の不便は、北がどちらかを感覚でつかみにくくなってきたことだ。


幸いにしてほかの感覚はまだまだ健在だが、視力はだんだんと落ちてきている。

だから、磁気を感じる力は、年をとって衰えた、という方が正しいのかも知れない。


今は、まだ人よりも鋭敏な嗅覚と聴覚と味覚と触覚と第七感で、衰えた視覚と衰えた第六感を補っている。

だがこの先、全ての感覚が衰えて行くのならば。


これこそが私にとっての恐怖だ。何を贅沢な、といわれるかも知れないが、感覚が次第に閉ざされ、私が見ていた極彩色の世界が一つ一つ脱色されてゆく。


人よりもこの世界をより多彩に感じていた分だけ、私にとって、世界がモノトーンとなっていくことは耐えがたい、ああ、本当に耐えがたいのだ。


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