奴隷ショップ『エデン』

 タクシー運転手から快くリボルバーを譲られた塔矢は、その後、適正価格のタクシー代を払い、巨大なスラム街、ムネーナ街を歩いていた。


 そして、彼の手には本があった。

 タイトルは『効率的な奴隷の使い方』

 とんでないタイトルの非常識な本だ、白昼堂々、読んでいい本ではない。


 この本の作者は、亜人を含まない人類の人権を擁護する【人類保障団体】の過激派に殺害されたと言われている。

 そして、その事件をきっかけに、逆にこの本は世間の注目を集め、多くの人間にその内容が知られることとなった。


 そんな逸話を持つ本を読みながらムネーナ街を歩いていた塔矢は、足を止めて本から顔を上げた。


 塔矢が見たのは路上の端に並ぶ、薄汚れた貫頭衣を着たボロボロの奴隷たちだった。


 鎖に繋がれ路上販売されている奴隷たち。

 肉付きの薄い者たちが大半だ、劣悪な環境で育ってきたことが分かる。


 この国、ベルムハイデに奴隷の売買を禁止する方はない、だから奴隷の路上販売が当たり前のように行われている。


 奴隷を眺めていたからだろう、路上販売をしていた奴隷商人が塔矢に声をかける。

「気になる奴隷でもいたかい?」


「いや、初めて奴隷を見たからちょっと気になっただけだ」


「奴隷が初めてって、お兄さん観光客かい?」


「まあ、そんなところだ」


「国外じゃ奴隷なんて見る機会ないでしょう? せっかくベルムハイデに来たんだ、買わなきゃ損だよ。この奴隷なんかどうだい? 今ならなんと四万ゾーラ」


 そう言って奴隷商人は男の子の奴隷の首輪を引っ張った。


 男の子の年齢は正確には分からない、しかし小学生くらいだということは分かった。


 奴隷商人に引っ張られた奴隷の男の子は、塔矢の目の前に倒れ込んだ。


「四万ゾーラか……安いんだな」

 タクシー運転手にふっかけられた値段より安かったため、塔矢は思わずそう言った。


「路上販売される奴隷なんて、こんなもんですぜ」


 塔矢と奴隷商人が会話していると、倒れ込んでいた男の子の奴隷が塔矢を見上げる。


 獣のような剣呑な目だった。今にも噛み付いてきそうなギラギラとした憎しみのこもった表情。


 それを塔矢は無表情で見下ろす。


 奴隷商人は、また男の子奴隷の首輪を引っ張る。


「ぐえっ」

 男の子は首が締まり、カエルが潰れたようなうめき声を上げた。


 奴隷商人が手揉みしながら話をする。

「見た目は貧相ですがね、元気は有り余ってますよこいつは……実はこのスラムにいるガキどものリーダーをしていたこともあったみたいで、歳の割には腕っぷしはありやすぜ……少し手懐けるのに苦労するかもしれやせんが、オススメでっせ」


 塔矢は少し考え込み質問する。

「家事を任せたりすることはできるか?」


 奴隷商人は塔矢の身なりを確認した。

「いやー、それはどうでしょうかね、このスラムで生まれただけあって、このスラムで生きる知恵はあるかもしれやせんが、この国の外から来たお兄さんが満足するだけの家事ができるかというと微妙かもしれやせん……そういう奴隷をお求めなら、あっしらみたいな路上販売じゃなく、店を持った小綺麗なところで探した方がいいかもしれやせん」


「そうか……ならそういう店を探そうか……」


 そう言った塔矢は奴隷商人から遠ざかろうとした。

 しかし、奴隷商人は塔矢を呼び止める。


「待ってくだせーお兄さん、このショップカードをお持ちくだせー」


 奴隷商人が渡したのは、とある奴隷店のショップカードだった。

 そして、記載されている店の名前は『エデン』。奴隷を扱う店に理想郷を意味する名前をつけるとは、この店名をつけた人間は絶対感性が歪んでいる。


「よろしければ、そのエデンという店に行ってくだせー、お兄さんにはオススメの店ですぜ……それと店に着いたら路上販売のダンからの紹介だと言ってくれりゃぁ、スムーズに店に入れると思いやす」


「ああ、折角だからそうさせてもらうよ」


 そう言って塔矢は奴隷商人と別れた。


 再び歩き始めた彼は一瞬、背後を見た。


 活力のない目で路上販売される貧相な奴隷たち。


 その光景を見て改善しようと行動しない、なぜならそこまでの正義感が塔矢にはないから……。その光景を見て特別、愉悦を感じたりもしない、そこまで彼の心は汚れていないから……。


 郷に入っては郷に従え、この光景がベルムハイデの法に反していないのなら、塔矢がわざわざこの光景に口を挟むことはない。


 しかし、全てを諦めたかのような奴隷が多い中、奴隷商人がオススメしていた男の子だけは敵意のこもった目で塔矢を見ていた。


 その彼の視線だけは塔矢の心に何か、シミのようなものを残しそうだった。



 路上販売の奴隷商人、ダンに紹介された奴隷ショップ、エデンに着いた塔矢は店の外観を観察する。


 スラムのムネーナ街にしては豪華すぎる外観だ。

 それだけ奴隷売買で稼いでいるということだろう。


 出入り口には黒服の男が四人いた。

 四人とも体格が良く、武器を携帯している。原始的な大剣を持つ者に銃を持つ者と様々だ。


 塔矢は路上販売の奴隷商人からもらったショップカードを彼らに見せつつ話す。

「路上販売のダンからの紹介だ」


「そうか……店に入る前にボディーチェックをするがいいか?」


「ああ」


 塔矢の返事を聞いた黒服は塔矢をボディーチェックする。


 塔矢の腰にはタクシー運転手から奪った……譲られたリボルバーがあった。


 黒服はリボルバーを取り上げる。

「店内への銃火器の持ち込みは禁止だ……お前、魔術師だったのか?」


「違うが、何故そう思ったんだ?」


 塔矢の否定を聞いた黒服は、呆れた顔をしてリボルバーに刻まれた箒のロゴマークを見せる。

「知らずに持ってたのか? これはノー・トリック社のリボルバーだろ。つまり、魔術師をが魔術をかけやすいように作られたリボルバーだ」


「ノー・トリック社……あー、思い出した、『魔術師にも現代兵器を! 武器で人間掃除を!』ってキャッチフレーズの武器会社か」


「そうそれだ。……魔術師ではないお前には宝の持ち腐れかもしれんが、この銃は後で返すから安心しろ」


「分かった……後でちゃんと返せよ」


「フンッ」

 黒服は生意気な塔矢の態度に鼻を鳴らした。


「店内を案内してしてやる、ついて来い」


 そう言って歩き始めた黒服に塔矢はついて行く。


 塔矢の後ろにも別の黒服がついている。


 前と後ろを挟まれているから、怪しい行動はしない方がいいと塔矢は思った。


 行き先は店の地下だ。


 エデンという店名なのに、地下へと続く道は地獄への入り口を感じさせた。


 地下へ続く階段を降りながら塔矢は質問する。

「なあ、なんで路上販売をしていた奴隷商人がエデンの宣伝をしていたんだ?」


 塔矢の前を歩く黒服が、塔矢へ振り返ることもなく答える。

「ここら一帯……ムネーナ街の奴隷商売を牛耳っているのがこのエデンだからな……ここで奴隷売買をするにはエデンの許可を取るのが暗黙の了解となっているんだ。それはダンという奴隷商人も変わらない……だからそのダンは、これからもムネーナ街で奴隷売買をするためにエデンの宣伝をして媚を売ったんじゃないのか…………っと、話している間に着いたぞ」


 奴隷販売店エデンの地下には多くの檻が並んでいた。

 そして、檻の中には人間の奴隷が沢山いた。


 路上販売されていた奴隷より肉付きがいい、最低限の清潔さもあるように見えた。


 知的生命体にこのような表現は不謹慎だが、奴隷の品質管理が行き届いているのだろう。


 そして、エデンの地下にいたのは奴隷だけではなかった。


 丸々と太った男性商人。ジャラジャラと沢山つけられた宝石付きのアクセサリーが、裕福さをアピールしている。


 その男性商人が話す。

「いらっしゃいませ、エデンの店長をしております、カスパーです。……お客様のお名前を伺ってもよろしいですか?」


「周防だ」


 塔矢は短く端的に答えた。


 カスパーは顔に笑顔を貼り付ける。

「周防様ですね……本日はどのような奴隷をお求めですか?」


 そう聞かれた塔矢は、左手の本『効率的な奴隷の使い方』を開く。


「効率的な奴隷の選び方、その一、見栄えより性能を重視しましょう。その二、初めて奴隷を買う場合は扱いやすいもの、つまり反抗的ではない奴隷を選びましょう……か」


 塔矢は『効率的な奴隷の使い方』を閉じ、その本から顔を上げた。


「……容姿や性別にこだわりはない、その代わり家事が得意な奴隷を……できれば学習能力が高く、最低限の自衛できるだけの戦闘力があれば、なお良い……そういう奴隷はいるか?」


 エデンの店長、カスパーは答える。

「家事ができる奴隷はいますよ……戦闘力のある奴隷もいます。……しかし、両方兼ね備えた奴隷となると少ないです」


「何故だ?」


「エデンでは奴隷は消耗品と考えていますから……家事と戦闘など手間をかけて一人の奴隷に複数の技能を叩き込むより、家事か戦闘一つのことに特化した奴隷を作った方が安く質がいいものを用意できます……なので周防様も戦闘用と家事用、二つの奴隷をお求めになることをお勧めします……その方が購入後の使い勝手もいいですよ」


 カスパーの話を聞いた塔矢は『効率的な奴隷の使い方』を再び読む。


――奴隷の運用法その一、性能の良い奴隷を長く、こき使いましょう――


 塔矢は本から視線を外さず話す。

「いや、買う奴隷は一人だ……ゾロゾロと人を引き連れるのは趣味じゃない」


 塔矢の話を聞いたカスパーは、卑しい笑みを浮かべる。

「人を引き連れるのは嫌いですか? ……冒険者を束ねる冒険者ギルドの社長とは思えませんね」


 思わず塔矢は本から顔を上げてカスパーを見た。


 カスパーは怪しい笑みを浮かべている。


「ベルムハイデが閉鎖的な国とはいえ、奴隷商売をやっていると国外の情報はよく入ります……確か、冒険者ギルド社長の名前は周防塔矢……起業した当時の社長はまだ中学生だった覚えがあります……冒険者ギルドが設立されてからおおよそ四、五年経ち、現在の社長の年齢はちょうどお客様と同じくらいでしょう……そして、お客様も社長も同じ周防という苗字ですね……私はこれを偶然で片付ける気はないのですが、どうですか?」


 パタンッ。

 塔矢が本を閉じる音が嫌に響いた。


 塔矢の不穏な気配に気がついたのだろう、二人の黒服が塔矢から庇うようにカスパーの前に立った。


「仮に俺が冒険者ギルドの社長だったとして、何か問題があるか?」


 そう言った塔矢にカスパーは首を横に振る。

「いいえ、私はただ、本当にお客様が冒険者ギルドの社長だったら、値段の高い奴隷でも買ってくれる上客になるかもしれないと思っただけです」


 塔矢は無言でカスパーを睨む。


「そんな怖い顔をしないでください、漏らしますよ……周防塔矢の実績は聞いています……冒険者ギルド設立後、始まりのパーティ【星空幻想舞踏会】を結成しリーダーを務め、幻想領域でドラゴンの討伐に成功、二年前には世界最大のからくり時計、クロノスタワーの頂上でピースクロ社の社長、マイロ・ホイヘンスと戦い世界の時を守った……一番最近の噂だと、世界最強の騎士団、アストラル聖騎士団と単身で小競り合いを起こし生き延びたとか……そんな強者と争う気は私にはないです」


「……そうか、別に俺は正体を見破られたら口封じに殺したりなんかはしないんだが……そもそも冒険者ギルドの社長であることを隠してるわけではないからな……そちらに争う気がないなら、俺は買い物を続けるだけだ」


「かしこまりました……それでは奴隷のご紹介をしましょう!」


 そう言ってカスパーは怪しい笑みを浮かべた。


「周防様が探している強くて家事が万能な人間の奴隷は、うちにはいません……しかし、人間でないなら話は別です」


 カスパーの言い回しに塔矢は気がついた。

「人間ではない……つまりは亜人がいるのか?」


 塔矢の疑問にカスパーは答える。

「その通りです。通常、幻想領域に生息しているはずの亜人の奴隷を扱っている……それがムネーナ街随一の奴隷ショップ、エデンの見どころです」


 塔矢は期待に目を輝かせる。

「エルフはいるか?」


「周防様……亜人なんて貴重な商品の売買は、私どもにとってもそれなりにリスクがあります。……それ以上の質問や商品を直接ご覧になる場合は、前金をいただきますがよろしいですか?」


「一〇万ゾーラでいいか?」


 塔矢の提案にカスパーは首を横に振り、手の指を三本立てて答えた。

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