社会貢献ポイントが減少しない国

 三〇〇を超えたら偉人、英雄。一〇〇前後で一般市民。マイナスになった時点で要更正保護観察対象者。マイナス一〇〇で死刑または終身刑の重罪人――


 国際リベルタス連盟が管理している社会貢献ポイントを表現する時に使われる言葉だ。


【社会貢献ポイント】それは個人の善良さの証明である。


 社会に貢献すると社会貢献ポイントは上昇する。

 逆に罪を犯すと社会貢献ポイントは減少する。


 そして、社会貢献ポイントは金で買うこともできる。


 しかし、簡単に買えるのは減少したポイントを元に戻せる分だけ。


 大金を積んで社会貢献ポイントを増加させようとしても、せいぜい二〇〇ポイントが限界だ。


 だからこそ、三〇〇を超えると偉人、英雄と言われる。


 社会貢献ポイント三〇〇オーバー。

 それは金で買えないほど尊い偉業を成し遂げた証なのだ。


……国際リベルタス連盟が支配する人類領域の三分の一、リベルタス大州。


 そこで生きる人々の社会的地位は、社会貢献ポイントと比例していることが多いと言われている。



 時は、周防塔矢が魔王城で魔王と人類最高クラス以上の戦いを繰り広げていた時……ではなく、その数年前、新人類紀元三〇二〇年九月のことだった。


 つまり【氷壁の塔矢】という名声が世界中に広がる前のお話だ。


 この時の塔矢はまだ未熟で、魔王と戦うような本物の強者とはほど遠い青年だった。


 †


 カラッとした乾燥した空気、水が欲しくなる暑い日差し。


 高校三年生の周防塔矢は、国際リベルタス連盟加盟国の中で、最も治安が悪い犯罪国家【ベルムハイデ】に来ていた。


 塔矢は着陸した飛行機からベルムハイデの国際空港に降りる。

 彼は花山院学園という金持ち高校の優秀なデザイナーがデザインしたクソ高い制服を着ていた。


 ベルムハイデは平均気温が高い国でもある。

 そして塔矢は、ジャケットを脱いでいるが、左腕の無数の傷痕を隠すために白い長袖のシャツを着ている。

 少し暑苦しい格好だからか、彼は少しだけ浮いていた。


 国際線到着ターミナルを歩く塔矢は、入国審査官に話しかけられる。


「国際リベルタス連盟本人確認証明アカウントのデータ提出をお願いします。いわゆる個人証明アカウントのことです」


【国際リベルタス連盟本人確認証明アカウント】

 通称、個人証明アカウントとは、国際リベルタス連盟が発行、管理している加盟国共通の電子的な本人確認書類だ。


 個人証明アカウントには様々な機能があり、その中には当然、パスポートとしての役割もある。


 塔矢はスマホを取り出し、個人証明アカウントにアクセスして、入国審査官にデータ提出する。


 中年の男性、入国審査官が塔矢の個人証明アカウントを確認する。


 その間、塔矢は空港内を見渡した。


 リベルタス大州を支配している国際リベルタス連盟の戦闘員が銃器を携帯し巡回している。


 物騒な光景だ。


「あれだな……ただの空港にしては物騒だ……リベルタスにある幻想探索駐屯所とタメを張りそうなくらい兵力が揃ってる」


 冒険者の活動にも色々あるが、その中には幻獣や亜人が生息する幻想領域の冒険も含まれる。


 そして、周防塔矢は冒険者を束ねる(株)冒険者ギルドの社長だ。

 当然、幻想領域と人類領域の境界線上に建てられた幻想探索駐屯所へ何度も行ったことがあった。


 塔矢の呟きに入国審査官は答える。

「それはそうですよ……なんてたってここはリベルタス大州で最も治安が悪い犯罪国家、ベルムハイデです。最低限、戦争できる程度の戦力を配備しないと空港を営業できないです」


「戦争って……」


 塔矢は呆れるが、ベルムハイデの情報を思い出す。


「内戦が文化、死体が特産品、国家元首は数ヶ月で物理的に首が飛び、数十年に一度、都市が一つ爆弾で破壊される。……これが誇張ではなく真実ならあり得るか……」


 塔矢の呟きを聞いた入国審査官は笑う。

「ハハハハッ! 噂が本当かどうかは自分の目で確かめたらいいですよ。ではお決まりの質問を……ベルムハイデに来た目的は?」


「卒業旅行を含んだ仕事」


 塔矢の答えを聞いた入国審査官は不思議に思う。

「卒業旅行? 卒業にしては、ずいぶん早くないですか?」


「志望大学には異能推薦で合格したから、卒業したようなものです」


「なら仕事というのは? ベルムハイデなんて犯罪国家に来るってことは、もしかして武器商人か麻薬密売人ですか?」


「そこまでダーティーな仕事ではねーよ、仕事を斡旋し人と人を繋ぐお仕事だ」


 塔矢は(株)冒険者ギルドの事業を中身のない言葉で雑に表現した。


「仕事の斡旋ですか……個人証明アカウントに記録された社会貢献ポイントも高い、一七歳で二五三ポイントもあるなんて、よっぽど素晴らしいお仕事なんですね」


「ありがとう」

 褒められた塔矢は微笑む。


 遊びのない黒い髪に学生服を着た彼は、中学生の頃から「塔矢って見た目だけは優等生だよね」と言われ続けてきただけあり、外面は非常に感じが良かった。


 そんな塔矢に入国審査官は親切心で警告する。

「ですが、気をつけてくださいね。……ベルムハイデは個人証明アカウントと連携したスマホを所持していても、社会貢献ポイントがほとんど変化しない国です。これがどういうことか分かりますか?」


 聞かれた塔矢は冗談を答える。

「社会貢献ポイントが更新されないから、故郷でやれば捕まるような犯罪行為に手を染めても問題ないってことか?」


「ハハハ! ポイントが更新されないってのは少し違いますが、悪いことしても捕まらないってのは確かです」


 塔矢のとんでもない答えに笑った入国審査官は、塔矢の間違いを正す。

「お客様、スマホを確認してみてください」


 塔矢はスマホを確認した。


「別に犯罪国家とはいえネットが遮断されているなんてことはないでしょう、つまり社会貢献ポイントが更新されてないわけではないんです。……だというのにベルムハイデで悪事を働いても社会貢献ポイントは減少しない。理由は簡単です、そもそもこの国に殺人や強盗など悪事を取り締まる法律がないから……法がないなら法を破ったことにはならない、法を破ってないなら罪はない、罪がなければ社会貢献ポイントは減少しない……そういう理屈なんです」


「危険な国だな」


 塔矢の呟きに入国審査官は笑う。

「ハハハッ、認識が遅いですよ……最初に言ったでしょ、リベルタス大州で最も治安が悪い国だと…………ちゃんと数を数えたわけではないですけどね、ベルムハイデに一人で旅行に来て、またこの空港に戻ってきた旅行者は一〇人に一人程度です。こんなクソみたいな国を気に入って永住したのか、誰かに殺されて永眠したのか……どちらの可能性が高いかは明白だろ……アンタまだ若いんだ、この空港から出ることなく、帰りのチケットを買って今すぐ帰りな……それがおじさんからのアドバイスだ」


 入国審査官の心配を無視して、塔矢は凶悪な笑みを浮かべた。


「ヒッ」

 入国審査官は塔矢の笑みを見て引き攣った悲鳴をあげる。


 怯える入国審査官に塔矢は伝える。

「心配してくれてありがとうおじさん……でも俺は、このベルムハイデが危険な国だと期待した上で一人で来たんだ……だから俺は行くよ…………それより通ってもいいですか?」


「ああ、どうぞ……」


 入国審査官の許可を得た塔矢は、ゲートを通り抜けた。


 入国審査官は空港の外を目指す塔矢の後ろ姿を眺めながら呆然と呟いた。


「あんな高校生が世の中にはいるんだな」



 空港を出た塔矢はタクシーに乗り、ムネーナ街と呼ばれる街へ行った。


 犯罪国家ベルムハイデの街はほとんどがスラム街だ、そして塔矢が来たムネーナ街もそのスラムの一つだった。


 ムネーナ街に着いたとタクシー運転手が塔矢に告げる。


「値段は?」


 塔矢の質問にタクシー運転手が答える。

「五万ゾーラ」


「は?」

 それはタクシーに乗る前に聞いた、おおよその値段を大きく超えていた。


「おい、乗る前に言ってた値段とずいぶん違わないか?」


 タクシー運転手ががらの悪い返事をする。

「うるせーよ兄ちゃん、ガタガタ言ってんじゃねえ! 身ぐるみ全部剥がされたくなければ、五万出せオラ!」


 タクシー運転手は塔矢にリボルバーを突きつけた。

 完全に脅している。


 塔矢はリボルバーを突きつけられた危機的状況で、冷静に話す。

「油断してた、ベルムハイデで初めて乗ったタクシーで、こんな目に遭うとは思わなかった」


「へへへ、これがベルムハイデ流の挨拶よ」

 タクシー運転手は汚く舌舐めずりをした。


「冒険者ってのは圧倒的じゃなければならない。そして俺は冒険者をまとめるギルドの社長だ――」


 いきなり脈絡のないことを話し始めた塔矢にタクシー運転手は訝しむ。

「何を言ってんだお前」


「――冒険者は舐められたら終わりだからな……そっちがベルムハイデ流の挨拶をするなら、こっちは冒険者らしい返事をしよう」


――覇王のレガリア、起動。


 レガリアとは世界に四つしかない秘宝だ。

 そして塔矢は二年前に、そのレガリアの内の一つ、覇王のレガリアを手に入れ、体内に取り込んでいる。


 塔矢は体内の覇王のレガリアから発せられる力を感じ取る。


 覇王のレガリアの効果は対象の精神にプレッシャーを与えることだ。


 つまり、どういうことかというと……。


……タクシー運転手は脂汗をかき、歯をガタガタ鳴らしながら塔矢を凝視している。

 まるで目の前に絶対に勝てない怪物がいるかのような、大袈裟なほどの恐怖の反応だ。


 タクシー運転手の反応を確認した塔矢はゆっくりと口を開く。

「銃を渡せ、さもなければ殺す」


 精神にプレッシャーを与えられた状態で、命令されると逆らえない。


 だからタクシー運転手は素直にリボルバー手放した。

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