放課後の教室

香居

空が茜色に染まる頃

「──『そこかっ!!』」


 なごみは、握っていた柴犬消しゴムをカーテンに向かってぶん投げた。

 ……ぽふん。


「あれぇ〜?」


 手ごたえのない音に、首を傾げた。

 予想では、親友の凛が、


「『お主、やるな……!』」


 と言いながら、カーテンの後ろから出てくるはずだったのだ。

 床に転がった柴犬消しゴムが、どうします? みたいな顔で見つめてくる。


「だから、あんたには無理って言ったでしょ」


 教卓の後ろから、凛が立ちあがった。その顔にはデカデカと「呆 れ た」と書いてある。


「そんなことないよ! たまたま! たまたま外しただけだよ!」

「あんたの『たまたま』は、32回も連続で起こるわけ?」

「えっ? そんなに? 凛ちゃん、増し増しで言ってない?」


 純粋な問いに、凛のこめかみがピクリとした。教壇から降りると、ツカツカと和に詰め寄った。


「時計見てから言いなさいよね。もう2時間も経ってんのよ」


 凛の指先を目で追った和は、驚きに目を見開いた。


「うっそ! 5時半!? 10分くらいだと思ってた!」

「楽しそうだったものねぇ。ひとりで」

「えっ? 凛ちゃんは楽しくなかった?」


 再び目を見開いた和は、10cmほど高い凛の顔を見上げた。

 小動物に見つめられた凛は、それ以上強いことも言えず、


「……あんたのアホ面見てるのは、ちょっとだけ楽しかったかもね」


 視線をそらして、ぽそりと答えることしかできなかった。


「や〜ん。ツンデレ凛ちゃん、好き〜💕」

「誰がツンデレなのよ」


 口ではそう返したが、絡められた腕を振りほどくことはしなかった。


「そろそろ下校時刻だから帰るわよ」

「はーい!」


 上機嫌な和は素直に従い、ランドセルを背負った。



 駅に向かう帰り道。


「〝第六感〟って、難しいね〜」

「あんたが鈍いだけじゃないの?」

「そんなことないよ!」

「なんでそんなに自信満々に否定できるのよ。32回も連続で私の気配が読めなかったじゃないの。消してもないのに」

「も〜、32回は置いといてよ〜っ」

「あんた論点ズレてるわよ」

「なんで『も』を強調するの〜っ?」

「あんたがアホだからよ」

「アホじゃないもん! 『キュピーン!』が発動しなかっただけだもん!」

「『キュピーン』ってなによ」

「こう、第三の目が開く的な……!」


 そのフレーズで、凛は思い出した。


「それ、あんたが読んでるマンガじゃないの」


 『そこかっ』が妙に芝居がかっていたのは、そのせいか。主人公が感覚を鍛える場面をマネしていたらしい。

 読んでみたから知ってるなんて、絶対に言わないが。その代わりに口にしたのは、


「あの中二病満載の」


 だった。


「違うの!」


 和はすぐさま反論した。


「『ロマン溢れる冒険活劇』なの!」

「意味わかってる?」

「わかってるし! 『第三の目を開くのは、男のロマン』なの!」

「あんた男じゃないでしょうが。気に入ったセリフ引用してドヤ顔しても、ごまかされないわよ」

「うぅ……美人さんが厳しい……」

「『美人』ってとこだけ受け取っとくわ」

「『厳しい』も受け取ってよぉ」

「断固拒否する」

「あっ! それ! 主人公が修行につきあって欲しいって頼んだ時の、ロンのセリフ!」

「……知らないわよ」


 凛は、しまったという顔を見られたくなくて、顔をそらした。

 空の茜色を映したような横顔を見つめた和は、内緒話のように声をひそめて、


「凛ちゃんがツンデレさんになるのは、和にだけだもんね」

「なっ!?」


 思わず振り向いた凛が見たのは、


「これ、〝第六感〟?」


 目をキラキラさせた小動物だった。

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放課後の教室 香居 @k-cuento

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