第六感は侮れない
御影イズミ
気づけば良いも悪いも決まってる。
第六感とは時に、良い方向にも悪い方向にも働く。
探偵をやっている以上、確かな情報と証言を持って動くべきだが……時には第六感を信じてみるのも、良い気がする。
そう感じたのは……いつだったのだろう。
「……ふえっくしょん!!」
太陽の光が柔らかに降り注ぐ春のある日。
業務を着々とこなしていた探偵・睦月和馬は突然のくしゃみに何か嫌な予感を感じ取る。いつもならばそのようなことはないのだが、所謂探偵の勘というのが働いているのだろうか、少し早めに事務所を閉めようと立ち上がった。
それと同時に伯父の久遠朔がやってきた。毎月必ず、何処かで起きた事件の依頼を持ってくるのが朔の役割なので、このタイミングでやって来ることは特に問題でもない。
……だが、何故か今日の仕事だけは引き受けてはダメだと、第六感が囁く。ここで引き受けなければ収入が激減することも、依頼で困る人が出てくることもよくわかっているのに……引き受けると何か悪い予感がすると感じていた。
「えー、ほんならどうしよか。和泉君には持っていけへん事案なんよねぇ……」
「いや、受けても良いんですよ。全然。ただ……なんか、こう、不安じゃないんですけど……もやもやしてて」
「あんまりそういう時はお仕事せーへんのが1番やけどねぇ……。ま、和馬君が受ける言うなら受けてもらいたいかな」
「うっす。……あ、これ優夜も同行しても大丈夫なやつです?」
「ああ、ええよ。でも依頼人はんはキミらと同年代の女性やから、報告のときには連れて行かんようにね」
朔から諸々の注意と依頼内容を聞き、早速優夜が帰宅した瞬間に調査へと出向く和馬。今回の依頼は依頼人の家に時折現れる小動物の死骸を持ち込む人物を探して欲しいというもの。依頼人の家が九重市の裏山に近いということで、オカルト嫌いの和泉には持っていけなかったという。
それなら仕方ないかと思いつつも、和馬は車を走らせる。しかし、依頼人の家へ近づくにつれて背中が僅かに冷える感覚がつきまとい始めてきた。まるで、これ以上進むのは危険だと第六感が囁くように。
「和馬、どうしたの?」
「ん……いや、なんでもない」
「無理しないでね? 今回は、ちょっと猟奇的な事件みたいだし……油断してると、僕らが危ないからさ」
「ああ。やばいと思ったら引くさ」
……彼は嘘をついた。既にやばい盤面は揃っている。何度も何度も、第六感が行くなと伝えているのはわかっている。
けれど、引き受けた以上は引き下がれないというプライドが邪魔をするせいか、止まるに止まれなくなっていった。
依頼人といくつかの会話を終え、早速調査を開始した和馬。優夜には近隣の聞き込み調査を行ってもらい、自分は依頼人の家を見て回る。
ずらりと並ぶ住宅街の一つの家は庭を含めてもそこまで広くはない。隣の家との境も何ら異常はないのに、小動物の死骸が置いてあった場所だけが異様な雰囲気を漂わせている。
人間以外の動物が持ち込むにしては地面に血の跡が無く、引きずったような跡もない。故に和馬は依頼人に縁を持ち、なおかつ依頼人に向けて悪意や憎悪といったものを持ち合わせている人間が引き起こしていることだろうと予測を付けた。
しかし何か、違和感があるような気がしてままならない。細かく調査を続けるが、先に見つけた情報以外のものが見つかる気配はなく。
「……防犯カメラがあったらなぁ……」
はあ、と大きくため息を付いた和馬。何の気なしに道路へと目線を向けると……1人の人間が、和馬をじっと見つめていた。
その視線はなんとなくだが、和馬を見張っているようにも見受けられる。しかしここで行動を起こすには実証がなく、何かの間違いの可能性もあるため気にしていないふりをしておいた。
(……?)
ふと、和馬は見張っている人物の視線が悪いものではないという気分に陥った。もちろん、それは勘によるものなので確証は何処にもない。
だが今日は、第六感がよく働く日だ。一度は従ってみるのも悪くはないだろうと、その人物へと近づいた。
フードを深くかぶり、更には帽子とマスクを付けて顔がわからないようになっている人物。背丈は和馬よりも少し小さく、体格は男性のもの。少年は和馬が近づくと少々おどおどした様子ではあったが、はっきりと和馬に向かって謝罪の言葉を述べた。
「……あの……姉さんが、ごめんなさい」
「姉さん? ……もしかして」
依頼人のことか? そう聞こうとした矢先、優夜も彼に気づいて合流した。
優夜は既に少年のことには気づいていたようだが、まだ確たる証拠を得ることが出来ていなかったため話すことが出来なかったという。だが、少年と和馬が話しているのを見て集まった情報を渡すべきだと判断した優夜は、少々場所を変えて情報を伝えた。
「どうやら、あの依頼人……精神疾患を持っていたみたい。周りから可哀想だと言われたくて、今回の事件を引き起こしたみたい」
「なるほど。……ああ、そうか、現場の違和感が今わかった」
和馬は再び依頼人の家に目を向ける。死骸が置いてあった現場とその真上に存在する窓を真っ直ぐに指で指し示すと、今回の事件のあらましを優夜にも説明した。
今回の事件は、自分を可哀想と見てもらうために依頼人が引き起こした自作自演。ただし直接外に出て死骸を置くのではなく、動物を処理してすぐに置くことが出来るように窓から落とすことで、周囲の人からは自分が屋内にいたことを証明してもらっていた。
和馬が感じた違和感というのは、血の広がり方がまるで水を叩きつけたような形になっていたことと、血の滲み具合が置いただけにしては深く染み渡っていることだった。こればかりは経験が物を言うため、和馬でもすぐに気付けなかったのは仕方がないことだ。
そして話は、依頼人にどう言うかという話になった。逆上されて此方が危険に晒されるのもそうだが、何より少年にも何かしらの危険が差し迫ることは間違いない。
「……優夜、今から警察の方に連絡出来るか?」
「どっちに連絡入れる? 多分、今の時間なら霜月君に連絡するほうが早いかもしれないけど……」
「精神関係となったら連携取りやすいのは銀おじさんの方よな?」
「そうだね。零先生に連絡を入れやすいのはそっちかな」
「なら、銀おじさんに。彼のことも伝えておこう」
「ん、オッケー」
優夜が連絡を入れる合間、和馬は少年の姿を隠しつつ依頼人の家を注視する。依頼人が家から出る様子はなさそうだが、なにか嫌な予感がするからと視線を外さないようにしておいた。
(……なんだろう。今朝のことといい、今日は……)
良いことが起きる気がしない。そう考えたその瞬間、和馬の身体が弾き飛ばされ少年と共に路地の奥へと入り込む。意識が一瞬だけ暗転したかと思えば、次に和馬の視界に入ったのは……依頼人が向けたカッターナイフを、優夜が右手で抑え込んでいる姿だった。
優夜の右手はざっくりと切り裂かれ、ぼたぼたと血を流す。それでも依頼人の女性を取り押さえ続けていたのは、大好きな和馬を守るためだった。
依頼人は叫び続ける。気づいてしまった和馬に向けて、そして弟である少年に向けて、可哀想な私を邪魔するなと。
依頼してきたのはそっちのほうだろうと言いたくもなったが、この女性にとっては『依頼内容が他の人に広まる』ことが目的であって……真実を広められることは目的ではない。だから、真実を知っている弟と、真実を知ってしまった和馬を消そうとカッターナイフを持ち出して迫ってきたのだ。
「ほんっと、そういうのは……迷惑なんだよねっ!!」
右手を赤く濡らした優夜は女性といえども手加減をせず、思いっきり身体を押さえつけてカッターナイフを取り上げる。優夜の叔父であり刑事の
その後、依頼人は逮捕されたことを知った後、優夜の怪我を治療するために病院へと向かった和馬。包帯グルグル巻きになった優夜の右手に対して自分が第六感を信じていればと悔やんでしまっていたが、優夜は怒ることもせず、逆に和馬が無事だったことを喜んでいた。
「すまん、本当に……」
「ううん。大丈夫、和馬を守れてよかったって思ってるから」
右手の痛みがじわじわと痛んでも、自分の第六感で和馬を守ることが出来た。それを誇りに思うよと優夜は言う。しかし和馬は逆に自分の第六感を信じることが出来なかった故に、優夜を傷つけてしまったことに心を痛めていた。
和馬は優夜の左手を握りしめると、彼が生きていることを実感する。もし下手をすれば彼が死んでいたのかと、考えたくもないことを頭から振り払って優夜を見つめる。
その表情に不安を浮かべていた和馬に対し、優夜はそっと右手を重ねると和馬の目を見て約束をしてほしい、と1つ告げる。
「ね、和馬。次からは自分の第六感を信じて、前を進んでほしいな」
「お前……そうすることでお前にまた危険が差し迫ることだってあるんだぞ?」
「そういう時の僕は、僕の第六感で突き進むから大丈夫だよ。今日だってそうだったでしょ?」
「むぐ……」
そう言われると反論を返せない和馬。実際の光景を目の当たりにしている以上、言い返すことが出来ずに会話は終了した。
事件の後、優夜は右手に手袋を付けるようになった。それは傷が酷く跡が残ってしまったのもあるが、何よりも和馬が付けてくれと言ったから付けている。
第六感に背いた事件を忘れさせない。
ただ、それだけの理由。
2人の第六感はこれから先も、事件を解決していく……。
第六感は侮れない 御影イズミ @mikageizumi
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