レコード

無頼 チャイ

ポップ・センス

 聳え立つライトが箱庭を見下ろし、時より白露を溢して物憂つげに見下ろしていた。それが何だか寂しそうで、友人にバイバイと手を振った後に見る振り向き際の憂いに似ている。

 白い筋の亀裂が入った椅子群をざっと確認して空を見上げた。今いる場所のようにぼんやりとしてはっきりしない空だった。


 「ま、空間は十分あるしいいか」


 使われなくなった球場。コート全体に雑草が生い茂り、進行の手を観客席にまで伸ばしたらしく椅子のパイプに蔦を巻き始めている。

 そんな球場の投手が立つ位置に足を止め、耳にヘッドフォンを当てポケットからスマホを取り出す。


「スタートっと……」


 スマホからコードへ流れ、それは情報から音に変わる。

 耳に当てたヘッドフォンから軽快な音楽が流れた。


「よ~し♪」


 右手でテンポを取り足でリズムを刻む。土を踏みしめ空を切るよう、または叩くように手を下ろす。

 ステップを踏んで全体を見渡すと、ジリリと球場に何かが走る。

 次第にそれは映像となり、プロジェクションマッピングのように今の球場に重なるようにして現れた。

 メガホンやタオルを持って何かに訴える観客、淀んだ雰囲気のベンチに野球のユニフォームを着た少年達と厳つい顔をした中年の男。

 土を踏み降ろす度に、人まねをした空像が人間らしく動き出した。

 まるで、踏むことで止まった心臓が動き出したかのようだ。


 観客とベンチの人物達の視線を追うと、目の前の、投手の背中が見えた。

 その奥には金属バットを構えた真剣な面持ちの少年。あどけない表情にはスポーツマンらしい勇ましい表情と、どこか、今を楽しんでる表情を含んでいる。


 小さな投手がグローブの中のボールを握りしめた。

 腰を思いっきり捻ると、次の瞬間に手の中の白いボールが投げ出され、直線を引いて飛んでいく。

 打者が飛んでくるボールを睨む。投手の伸ばした手が微かに下がる。

 金属バットが、空に弧を描いて地に落ちる。

 幼い打者がよろけて崩れ落ち、後ろにいた大人が身体を揺さぶった。

 周りにいた空像が倒れた打者に向かって走っていく。

 俯いた投手の顔を覗いた。

 唇が、細かく震えて何か発した。


「……ふ〜ん」


 ヘッドフォンを外すと静まり返り、空像はかき消える。

 スマホを耳に当てた。


「もしもし。はい、はい、そうです。調査が進みました。読唇術で見た限りだと、『ごめんなさい』でした。ご親友さん謝ってましたよ。はい……、それは別料金ですよ良いんですか、……、分かりました、では後程」


 通話を切って投手がいた場所を眺めた。

 残留思念。落とした感情を読み取る第六感と呼ばれる感覚。落とされた強い思いを拾う能力。

 

「思念見るのにいちいち踊らなきゃいけないのが難点だな〜、ま、金受け取ってる訳だし真面目にやっていくか」


 男は耳にスマホを当て、球場の出口へと出ていった。

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