何で分かるの?

卯野ましろ

何で分かるの?

「よろしく」

「あっ、よろしく……」


 私の好きな人と私の、最初の会話がこれ。私たちは中学校で出会った。私が入学して初めて話したのは、隣の席の男子だった。あのときの私について「この子、人見知りなんだろうな」と、彼は思ったらしい。大正解。

 その話を聞いたときに私は、彼の第六感はすごいのかも……と思った。彼は人となりを、たった数秒のやり取りで知ってしまうのだ。




「ひとみ、おはよう」

「おはよ近岡ちかおか


 登校中、好きな人と会えた。挨拶すると当然のように隣り合い、一緒に学校へ向かう私たち。出会ったときは、まさかここまで仲良くなるとは思わなかった。一年生のときに初めて席替えした後、近岡が変わらず私の相手をしてくれたことへの感動は忘れられない。


「どうしたの?」

「ん?」

「あー……何か、どこか遠くを見ている感じだったから」

「うーん……朝だからボーッとしているのかなぁ。眠くて」


 しみじみしてしまった私を、なぜか近岡は心配そうに見ている。好きな人に構ってもらえる喜びを感じていた、とは片想い中の相手に言えない……。


「もしかして今日、具合悪い? 無理しない方が良いよ」

「えっ! 何で分かるの?」


 つい朝から大きな声が出てしまった。会ったばかりで体調を見破られるとは……。やっぱり近岡は鋭い。


「いつもより顔が青白い気がしたから」

「そ、そうかな……」

「うん」


 これは近岡の第六感がすごい、というより私が顔に出やすいだけなのかな。出会ったとき、すぐに人見知りと思われたのは……それを私が表に出し過ぎていたから? だとしたら、もう第六感は関係ないのかも?


「あ、ありがと……。実は私、今」

「あー、大丈夫! 言わなくて良い!」


 私がお腹に手を添えながら話すと、これまで冷静だった近岡が焦り始めた。もう私たちはそのことを報告できるほどの仲だけれど、それでも近岡は私を気遣ってくれる。


「ふふっ、分かった。言わない」


 相変わらずの優しさと動揺する様子に、思わず笑みがこぼれた。片想いだけど、彼を好きになって良かった。


「……とにかく、無理しないで」


 そのとき、私の頭に近岡の手が触れた。

 ……頭を撫でられている……。


「あ、ごめん!」

「へ?」


 私が下を向いていると、近岡が手を放してしまった。ドキドキしていた私はパッと頭を上げる。

 どうしてやめちゃったの……?

 せっかく幸せだったのに。


「なぜ近岡が謝るの……?」

「いや……つい、しろまるみたいに撫でちゃったから……」

「しろまるちゃん」


 しろまるちゃんは、近岡の真っ白な愛犬だ。かわいいかわいいマルチーズの女の子。

 ということは、近岡にとって私って……。


「おれ……いつもこんな風に、しろまるを撫でるんだ。でも、ひとみは髪が乱れるから嫌だったよな。だから、ごめん!」

「い、良いよ! 謝らないで……」


 嫌じゃないよ近岡。

 私、すごく嬉しかったよ。

 ……私が近岡にとって、ワンちゃんみたいな存在なのは……少し悲しいけど。




「しろまる~」

「わんっ」


 おれが呼ぶと、しろまるは楽しそうに来てくれた。しろまるを膝に乗せて、おれは日課のモフモフを始めた。

 ……ひとみ……。

 しろまるを撫でながら、今朝の出来事を思い出す。あのとき、ひとみは分かってしまったのだろうか。もしそうだったら、嬉しいような恥ずかしいような情けないような……。この気持ちは、いつか自分で伝えたい。そのいつかが、いつになるかは分からないが。

 ……あー、おれのヘタレ!

 そんなことじゃダメだ!

 このままでは他の誰かに、ひとみを「ちょっと、何やってんの優士やさし!」

「うわっ、何だよ母ちゃん!」


 無理矢理モヤモヤを払われ、おれは大きな声が出た。


「そんな乱暴に撫でたら、しろちゃんがかわいそうでしょ! ひとちゃんみたいに、もっと優しくしなさい!」

「あっ! 悪い、しろまああああああああーっ!」


 おれは機嫌を損ねた白毛玉に、一発ガブッとやられてしまった。


「もうっ、言わんこっちゃない!」


 おれが悶絶する姿を見て、母ちゃんは呆れている。

 ……ん?

 そういえば母ちゃん……ひとちゃんみたいにって、どういう意味だ?

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