ムールのだいぼうけん

るるあ

ある日森の中


 神の加護により護られた、只人には侵入が叶わない、通称“神域の森”。

 そこはかつて居たとされていた、数多の生きとし生けるものの楽園だ。


 妖精たちはそこかしこで舞い踊り、希少とされる草木は繁茂し、木漏れ日や清らかな水と共に生き生きとしている。

 生き物たちも、野獣・魔獣問わず、ゆったりと暮らしているのである。



 神域の森では、いくつかの絶滅危惧種が暮らしており、その一つに小人族がある。

 小人族は森を見守り、この地で生き物たちがつつがなく暮らしていくための調整役として、神から様々な、特別なスキルを与えられている。

 その力は時に世界の均衡を崩す事もある為、他の事が不得手になる等、多少の枷が付けられた。


 そんな任務のある小人族ではあるが、元来単純明快な思考で幸せに生きてる為、特に気にせず、かつて幻とされた独自の文化を成り立たせ、集落を作って楽しく愉快に暮らしている。




 「う~ん、今日はいい天気!ワクワクいい気分!ツリーハウスからの眺めも最高だ~。」


 小人族の族長の血を引く少年ームールは、世界樹の中に作られたこじんまりとした(といっても小人族としては十分な大きさの)家の、自室のベッドから窓の外を眺めた。

 そこへ、“森の意志”と呼ばれる、生まれて間もない精霊たちがふわりと現れた。

 その柔らかな光たちは、じゃれつくようにムールの周りを漂っている。


「あっ、おはよう!今日は君たち早起きだね?…うん。今日は超絶いい気分だから、果実採集にでも行く?ん!じゃあ、いつもの場所あたりでまた会おうね~。」


 何やら確認した光たちは、それぞれ満足そうに点滅して消えていった。


「うぉっし!いい感じだけど念の為、朝の森確認!嫌なモヤモヤもないし、いい天気だし、あとは…なにかフラグは…」


「おおぃ、ムールや!起きておるかい?今朝は薬草パンが上手く焼けたよ。朝ご飯にどうかね~?」

「はーいっ!ばあちゃん今行くよ!待ってて!!」


 階下から、今やただ一人の肉親、スミヲ婆ちゃんの呼びかけに、ムールはあわてて部屋から飛び出した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ふぅ、ごちそうさまでした。すまないねぇ、婆ちゃんがふがいないばっかりに…ヨヨヨ」

「そいつは言わない約束だぜ婆ちゃん…で、合ってる??」


 今日は婆ちゃん特製の薬草パンに、ムールの作ったスープと卵だった。

 スミヲ婆は調合の腕は神懸かっているのだが、薬から少しでも離れると壊滅的で、火にかけたものは必ず炭化する。また何かとそそっかしい婆ちゃんで、今、片付けを任せた途端皿が二枚割れた。ムールは代わる事にした。

 その後の掛け合いは、時々出てくる婆ちゃんの“記憶”から来たものだ。


 「うんうん、合っておるよ。

 …ムールは変な事言う婆ちゃんにも優しくしてくれて嬉しいねぇ。ありがとねぇ。」


 「なに言ってるの婆ちゃん。僕の大事な婆ちゃんなんだから、当たり前でしょ?それに、婆ちゃんの言うことは絶対いつか役に立つんだって、みんな言ってるじゃないか~!」

「そうかねぇ、そうだといいんだけどねぇ。婆ちゃん、百を越えてからは昔の記憶も曖昧でねぇ…」 

スミヲ婆ちゃんはおっとりと、首を傾げる。


「婆ちゃん元気出して!昔の記憶で色々あったけど、そのおかげでじいちゃんと運命的な出会いをしたんでしょ?」


「そうだねぇ…爺様はいつも心に寄り添ってくれてねぇ…この森まで連れてきてもらって、死が二人を分かつまでそれはもう大事にしてくれたねぇ…いいや、死別してなお私の中には爺様の御心があるんだよぉ…」

少女のように頬を赤らめて、婆ちゃんはうっとりと目線を空に移した。

こうなるともう、誰の言葉も耳に入らない。


「はぁ…いいなぁ…そこにしびれる憧れるなぁ…

 よし!僕も大好きなルイのために、婚姻の果実を採取しよう!森の意志たちもいるし、多分なんとかなる!!

 婆ちゃん!僕、今日は採取に行ってくるよ!!」

 片付けを終えたムールは、元気に部屋から飛び出した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 勢いで家から飛び出したものの、あの後慌てて自分の部屋に戻り、採取道具やら何やらを装備してから出立した。

 行ってきますと伝えたが、婆ちゃんはまだ、亡き爺ちゃんとの思い出に浸っているようで生返事だった気がしたが、まぁ、1つのことに執着する“小人族あるある”なので気にせず、戸締まりをして出かける事にした。

 


 「えーっと、森の意思達と待ち合わせた崖はあっちなんだけどー。なんかイヤな感じだなー…。

 なんかすっごい森がざわめいてるけど、何が起きてるんだろ?」


 ムールの授かったスキルは、災いが不快感として感じる事ができる“第六感”だ。

 普段は小人族らしく無鉄砲だが、このスキルのおかげでいつも助かっている。

 しかし、元来の気質はそうそう変わるものではなく…


 「ま、なんとかなるよね!待たせてるだろうし、急ごう!」


 崖まで走ることにした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「ごめん、僕男の子だし、頭巾は青って決めてるし、元気なお婆ちゃんと、もう一緒に暮らしてるんだよね…」


『何の話だ?』


「あっ、おなか空いているなら、婆ちゃん特製の薬草パンがあるよ!大丈夫!僕は鬼退治とかしないからお供の募集もしてないし!」


『さすが小人族、思い込んだら人の話は聞かないな…せっかくだから、薬草パンはいただこう。』


 崖に着くと、先客が寝そべっていた。

 どうやら“イヤな感じ”の正体は、この大きな獣だったようだ。

 山のように大きな、恐らくムールなど一口で飲み込めるであろう狼は、白銀の毛に覆われた神々しい姿をしていた。

 婆ちゃんが居たらきっと、ジョリーもしくはシシガミ様と呼んだと思われる。


 「ところで、なんで怪我してるの?」


 ムールの言葉に、その獣は途端にに殺気を帯び始める。


 「うわ!?」


 ムールが驚いて尻餅をつくと、彼を庇うように精霊ー“森の意思”達が躍り出た。

 すると、大きな獣はその大きな目を瞬いて、殺気を治めた。


 『なんだ、お前は小人族長のとこの孫か…済まなかったな、驚かせて。』


 「えっ、僕のこと知ってるの?」

 まだ少し震える手を握って、聞いてみた。

 心配そうに、ムールの周りには森の意思達が寄り添っている。


 『ああ、先代の長が私に挨拶に来たことがあってな。その時も、お前のように精霊を纏っていたな。森の意思が信じる者は、疑うに値しない。』


 「僕はムールだよ。先代の長…っていうと、死んだ爺様かな?

 そんなことより、このあたりに婚姻の果実ってある?爺様に教えてもらった事があるんだけど、それで婆ちゃんにプロポーズしたって聞いたから、僕もそれをやりたいんだ!!」


『婚姻の果実?コンイン…ああ、“コンスタント”という、もいですぐ復活する甘い果実の事だな?』


 「えっ、違うよ、婚姻だよ!結婚の約束をするやつだよ…?」

 ムールは思い出した、爺様もそそっかしくて、人の話を聞かなかったことを。

 

 『ククク…血は争えんな。その爺様は、何度“コンスタント”と言っても自分の世界に入り込んで、“コンイン”と言っていたな。』


 「うえぇー!!!!」


 イヤな感じはこれだったんだ。








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