とにもかくにも

おくとりょう

かの山について

 ……私事なのですが。

 先日、山に登りました。山と言っても小さい山で、登山といっていいのかは分かりませんが。

 それでも私にとっては山でした。なかなかに良い運動で、一時間ほどで息が切れました。

 ……普段、じっと過ごしているツケですね。はぁ……。未だに身体が怠くて重い。運動不足にはなかなかに堪えるものがありまして。……おや。そんな顔をしなくても。ほら、私も若くはないものですから。……ははははは。

 とにかく、あまりに疲れて途中で少し休憩をしたんです。


 山の中腹の小さな広場。

 ……いえ、人工的な場所ではないでしょう。ただ、そこだけ少し木がなくて、丸く青空が覗いていました。その隅には所々が苔むした大きな岩がひとつありまして、私はそこで少し休憩をすることにしました。景色がいいわけではないのですけど、何だかびびっと心を引かれたのです。

 ……いや、少し違いますね。びびっと来たというよりは、じんわり心が火照るような、嬉しいような、安心するような、……懐かしいような?

 まぁ、とにかく、その場所に心惹かれたわけです。


 ちょうど太陽がてっぺんに昇っていている時間でございました。

 ぽかぽかと暖まった大きな岩。腰を下ろすとふかふかの苔がクッションのように私を包み、穏やかな香りが広がりました。

 ふと見上げれば、鮮やかな青空と青々とした葉を繁らせた木々。木の葉は所々がキラキラと輝きながら透けていて、まるでステンドグラスのように思いました。


 優しく降り注ぐ木漏れ日の中。

 息を大きく吸い込むと、柔らかい枯れ葉の香りが胸を満たします。お日様の匂いもするような気がして、私はしずかに目を閉じました。

 そよぐ風に揺られる木々の囁き。近くと遠くでざわざわと……。

 せせらぎもどこかにあるのでしょうか。さらさらと流れる水の音も聞こえました。ぴちょんと魚の跳ねる音もしました。


 とても……。とても居心地の良い場所でした。あっという間に時間は過ぎて、気づけば空は藍色に染まっていました。

 ……ふと、そのときに思ったのです。


 私は一体、誰でしょう……と。

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