今から予約開始です!さぁ、あなたも今すぐ!

大黒天半太

今度のゲームのハードウェアは間違いない

「長らくお待たせいたしました。」


 ステージサイドの司会者が話し始めると、会場の灯りは徐々に暗くなり、ステージの上だけが明るくなる。


「サテライトを含む各会場へご来場の皆様は、今一度イヤーカフの自動翻訳機能の選択言語をご確認ください」


 ステージ脇のスクリーンには、会場で配布されたイヤーカフ型受信機の同時翻訳機能の説明画面が映し出され、複数の言語で『選択言語を確認』と表示している。


「またコクーンタイプのVRマシンで遠隔視聴される皆様は、必ず3Dモードをオフになさるようお願いします。次世代型コクーンのデモ映像が流れる際に、ノイズや再生遅延等の回線障害や稀にイメージ再生機能への過負荷によるダメージが生じる場合がありますので、必ずご確認ください。」


 スクリーンには、コクーン型VRマシンと使用者のピクトグラムに、『3D動画再生 ・視聴可』『3Dイメージ生成モードはOFFに!』と表示される。


「ヴァーティゴが、この二〇三二年秋に発売いたします新世代のVRゲームハード、ネオ・コクーン・グラビティの発表会を開始いたします。」


「それでは、当社ヴァーテイゴCEO、イアン・アークリッドよりご挨拶差し上げます。」


 ステージ上に突然現れる、コクーンタイプのVRマシン。

 キャノピーが開き、VRゴーグルとグローブ、肩掛け式のウェアラブルスピーカー&センサーを着けたイアン・アークリッドが出て来る。コクーンに大きな形状の特徴は無いが、ゴーグルと一体になったイヤーカフとウェアラブルスピーカーが、むしろクラシックな感じだ。

 VRコクーンも、コクーン本体をフライト・シミュレーターのように動かすシステムが外付けされた高級タイプではなく、据え置き型の普及版のようだ。

 据え置き型は、コクーンの僅かな左右の動きと振動の強弱程度しか動きがないので体感という点ではワンランク以上落ちる。


「ヴァーテック・ゲームスCEOにして、ヴァーティゴCEOのイアン・アークリッドです。本日、ご来場、ご視聴の皆様方におかれましては、『またこの変人は、今日何を見せようと言うのだろう』と興味津津だろうと思います。」

 会場に起こる笑い声も、新製品に自信満々の変人に好意的に聞こえる。


「皆さんはお知りになりたいでしょう。世界同時発信の発表会で初公開という触れ込みなのに、次世代型VRコクーンと言う割には、貧相な据え置き型じゃないかと。あるいは、VRゲームソフトでもVRハードウェア、特にコクーン型VRマシンについては既に実績のあるヴァーテック・ゲームスから離れ、この一つのハードウェアを作るためにわざわざ別会社としてヴァーティゴを立ち上げたのには、どんな理由があるのかと。」


 ステージ上のコクーンは現れた時同様に突然消え、バックにはヴァーテック・ゲームスが過去に発表したVRゲームの名作や他社のヒット作の画像が流れている。


「我々は、迫真のゲームを作って来ました。蒼空で繰り広げられる、華麗な空中機動でのリアルなドッグファイト。現実にはありえない空間での、ドラゴンの息吹や魔法の応酬。都市や市街地、平原や山岳での多彩で精巧な銃撃戦。従来のVRマシンのスペックを、最大までお楽しみいただけていると思います」


 プレイヤー視点のゲーム映像が、次々と表示される。


「しかし、VRゲームには一定の割合で、VR酔いを起こす方々がいて、思ったようには楽しめず、ゲームから去ってしまわれることは少なくありません。これはVRマシンの価格を考えると、こうした方々には大きなロスになりますし、我々メーカーにとっては新規ユーザー開拓の障壁でもあります」


 コクーンを出て座り込んでいる人やVRゴーグルを外して青ざめた顔をしている人等、普通の発表会では見ないネガティブな映像が差し込まれる。


「また、同時に、現状のVRゲームに、更なるリアルさを加えることはできないのか? という技術的な問題もあります」


 ステージ上に先ほどのコクーン型VRマシンが現れ、拡大表示される。


「そこで、今日発表するVRマシン、ネオ・コクーン・グラビティです」


「VR酔いを軽減し、ゲームを楽しんでいただくため、VR酔いを予防する方法は無いかと追及した結果が、この新機能の追加でした。」


「VR酔いの主な原因に挙げられるのは、VRのメインである360度の映像処理による視覚情報と、身体が感じるその他の情報の差異を脳が処理しきれないことです。我が社名であるヴァーテイゴは、その『空間識失調ヴァーテイゴ』を意味しています。逆に言えば、身体の総合的な感覚を、視覚聴覚というVRマシンが提供する情報でうまく自分の脳をごまかせる方が、VRゲームを楽しめる方ということになります。それは、無意識にこれはゲームだからと認識しているので、違和感を排除できているということでもあり、VRゲームの限界でもありました」


「人間の五感、つまり視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五つの他に、人体には第六の感覚をが備わっています。はい、第六感と思った方、そんな機能がVRで再現できるのかと思われましたよね?」


 再び会場に笑い声が漏れる。


「人体に備わった6番目の感覚、それは平衡感覚です。なんだ、そんなことかと思われた方、正解です。」


 スクリーンに、フライトシミュレーターのようにコクーンを上下左右に動かすアームのついた高級タイプのマシンが現れる。


「平衡感覚は、三半規管で重力を検知する感覚のことです。自分が真っ直ぐ立っているか、動いてるのか、感知するベクトルから無意識に解析して、今自分にかかっている重力と加速度がこれくらいと身体は判断します。それを再現するため、コクーンの向きや角度を変えて、身体が感じる重力と視覚から想定されるベクトルの方向を合わせることで、かつてのシミュレーター式コクーンは疑似的な重力と加速度を再現してきました」


 会場の一部がざわめきはじめる。


「もうお気づきの方もいらっしゃるようですね。では、本日のサプライズゲストに登場していただきましょう」


 ステージ上に、もう一人の人影が浮かび上がる。

 高齢のアジア人、数年前にニュースを賑わした人物だ。会場に、静かな混乱とどよめきが、波のように広がって行く。


「五年前、自分の実験のため、マサチューセッツ工科大学の実験施設の全電源消失を招き掛けた男、そして物議をかもして翌年のノーベル物理学賞を取りそこなった人物、巻上重来博士ドクター・シゲキ・マキガミです。どうぞ、拍手を」


 パラパラと会場で拍手が起こると同時に、ざわめきと動揺が大きくなる。


 人類で、世界で、歴史上最初に重力制御に成功した?科学者。


 実験のために、必要な莫大な電源を不当に得ようとして、大学の他の実験施設を巻き添えにした利己的な男。


 そして、実験の成功は認められたものの、あまりの非効率さに実用化は難しい技術と片付けられ、過去の人扱いされている『重力制御グラビティコントロールの父』巻上博士。


「そう、ネオ・コクーン・グラビティは、史上初、重力制御機能によって重力感覚をも再現するVRマシンなのです」


 会場に来た記者やレポーター達の動きは、混乱を極めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今から予約開始です!さぁ、あなたも今すぐ! 大黒天半太 @count_otacken

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ