第68話 黄瀬川(7)・改

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※今回の話は、見る方にとっては暴力的・残酷的と取られかねない表現があります。筆者は、カクヨム様の規定にそって努力して書いているつもりですが、そうした描写が苦手な方、15歳の年齢に近い方にもこの作品を心地よく読んでいただくために、『豆州(7)・改』を用意しました。

 暴力的・残酷的な描写が苦手な方、15歳の年齢に近いかたは、こちらの『豆州(7)・改』をお読みいただければと思います。

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 花田元化(※1)は、当時の日本で随一の名医とされていた。

 患者を救った例なら、枚挙にいとまがない。

 長く美しいおひげで有名な、どこかの偉い武将が腕に毒矢を受けて傷を負い、『もうだめだ』となったとき、これを手術で治してしまったのが、花田元化であった。ちなみに、これは骨まで削る大手術であったのに、『美髯公びぜんこう』とでも呼ばれていそうなこの怪我人は、そのあいだ泰然…仲間と碁を打って興じていたという。

 なますを食べるのが大好きな、どこかの偉い人の腹痛も、たちどころに治してしまった。

 からの国のその昔…後漢の時代ならば『丞相』の任についてそうな、とても偉い政治家は、持病の頭痛にさんざん苦しめられていたが、この頭痛までも、この花田元化は治そうとしたという。しかし、彼が提示した『頭を開いて治療する』という手術方法は、当時あまりに斬新すぎた。結局、この偉い政治家には受け入れられず、かえって、

 「『俺の頭を開いて頭痛を治す』などとからには、俺を殺すつもりであったな」

 そう疑われたために、花田元化は生命の危険を感じた。

 「もう都にはいられない…」

 こうして、花田元化は家族を連れて逃げるように都を出ると、知人を頼って古河に辿り着き、そこに暮らすようになった。当時の古河は、古河公方のお膝元としてよく栄えたところであったという。できるだけ都から離れていたい花田元化にとって、古河は住むのにちょうどよいところであった。


 花田元化には幾人かお弟子さんがいたが、遠出に行くときには、必ず重信がお供となった。腕っぷしが強いので、用心棒にもなったからである。

 こうした場合、重信は兄弟子たちに目をつけられそうなものだが、そうはならなかった。

 『ここには銭があるだろう』

 と、花田元化の家に忍び込んだ盗賊を、重信が顔色ひとつ変えずに鉄の拳でにしたのを、彼等はすでに見ているからである。逆に、兄弟子たちのほうが、

 『こいつに目をつけられたら大変だ』

 そう思ったのであった。

 とは言っても、重信は、ふだんはとても穏やかな気性の男である。それがわかると、兄弟子たちもびくびくせずに彼とうちとけるようになっていった。

 かつて漢の丞相っぽい人の不興を買った花田元化であったが、その高名はいまだ天下に知れ渡っていた。ために、病に苦しんだ人が花田元化に診てもらうために古河を訪れることも、ままあった。

 花田元化が野盗に出くわしたのは、そんな患者の診察の帰路のことであった。

 「おう、銭を出せ」

 とつぜん行く手をふさいだ無頼の男に、花田元化はびびって腰を抜かしそうになった。見ると、無頼の男の仲間は、五、六人はいるようであった。

 『あ…もうだめだ』

 周りに他の人影はない。民家もない。丈の長い草が生い茂り、向こうに木々があるばかりである。

 呼べど叫べど、助けは来ないだろう。

 銭を出したからといって、命が保証されるわけでもない。花田元化は、死を覚悟した。

 するとだ。

 師匠をかばうようにして重信がずいと前に出ると、開口一番――

 「やだね」

 そう言うや否や、無頼漢へ銭のかわりに鉄の拳をくれてやったから、悪党にとっては『あら、大変』となった。鼻の下に鉄拳をきめられて、男はむこうにすっ飛んでいった。鼻血をかっ飛ばして、とへたって、

 『あ…もうだめだ』

 となっている。どんな馬鹿力で殴られたか、わからない。

 そうして怒り狂って襲いかかってきた仲間の野盗どもも、重信は手にしたる刀で瞬く間にたたんでしまった。

 「お師匠様。ご無事ですか」

 と、刀を拭いながら尋ねる重信と、地面に伏してひいひい言っている悪党どもを見比べ…花田元化は、

 「ちょうどよい。ここでお前さん、こやつらの傷を治してみよう。こやつらにとっては傷が治るし、お前さんは傷を治す練習が出来るし、俺は弟子に教えることができる」

 さも妙案が思いついたというように、そんなことを言い出した。

 すると井澤重信は、

 「顔を覚えられるといけません。こやつらみんな、目隠ししてしまいましょう」

 と、言った。

 「お前さん、慎重だねえ」

 「ついでです。迷惑料として、こやつらの有り金、全部いただいてしまいましょう」

 「お前さん、わるだねえ」

 「いえいえ…こやつらに比べれば、俺なんぞ、その足元にも及びません」

 そのは、当の重信の足元に転がって言っている。

 「迷惑料だなんて、お前さん、どこでそんなものを覚えた?」

 「…以前、和尚様と旅をした時に…」

 「あの和尚、ろくなことを教えないね」

 こうして、縛り上げたり目隠しをしたりの後、傷口を縫ったり包帯を巻いたりが始まった(※2)。

 『俺に傷を負わせた奴が、俺を治している』

 悪党どもにとっては、『なにがなんだか…』の仕儀となった。

 手際を叱られたりしながらも、ひと通り治療を終えた弟子に、花田先生は、

 「お前さん、いい経験となったな」

 と声をかけると、悪党どもには、

 「もう悪いことはしてはいけないぞ」

 そう言った。

 そうして悪党どもは転がしたまま、花田元化は重信を伴って、その場を立ち去ってしまった。

 「お師匠様、日が暮れてきましたね…あやつら、これからどうなりますかね」

 重信は、傍らの師に尋ねた。

 「誰かが通って、助けてくれるだろうさ」 

 「誰も通らずに日が暮れたら、どうなりますかね」

 「いいお灸になるだろうさ」

 花田元化は、淡々とした様子でそう言った。

 弟子が弟子なら、師匠も師匠であった。


 こんな師弟である。

 花田元化は、重信とはがあった。また彼は強いだけでなく礼儀作法もきちんとわきまえていたので、どこへお供に連れて行っても、花田元化は恥をかくことなく安心していられた。

 古河公方の奥方が倒れたというので診察に行くことになった時もまた、花田元化は重信を連れていった。

 そこで、古河公方・足利成氏あしかがしげうじと歓談した際に、

 「うちに面白い弟子がいます…医術の腕も良い。これから先が楽しみな男です」

 と、面白おかしく、先の重信の武勇伝を話したからたまらない。

 時は、ちょうど寛正のころであった。享徳の乱の最中である。関東はとうに乱世のていとなって久しく、戦乱は止む気配がない。軍医はいくらいてもよいし、神のごとき医者・花田元化が誉めるほどな腕を持つその弟子・井澤重信を、足利成氏は配下に欲しがった。

 成氏の重臣に品田某しなだなにがしという男がいたが、主の意を受けて井澤重信と世間話をしてその人品を観るうちに、重信の人柄に惚れこんでしまった。品田某には実の子は娘があるだけであったから、

 『豪放な上に、気は優しい。義に厚くもある。元は侍の家系だとしか教えてくれないが、あれほどの息子を育て上げた家だから、井澤というのはよほどしっかりした名家であったに違いない。井澤重信を娘にめあわせて俺のあとを継がせたら、品田家にとってどんなにいいだろう』

 こう思い…主にこれを相談したところ、

 「それはよい思いつきだ」

 と色よい返事をもらったので、品田某は有頂天となった。





(※1) 『豆州(6)』でも申し上げて、また再度となってお耳障りかと存じますが、三国志に出てくる、華佗ではありません。ですから『花田元化』は誤字ではありません。よろしくお願いいたします。

(※2) 医学書『医心方』(984年)には、こうした治療の記述があるそうです。 

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