第66話 黄瀬川(6)



 重信の二親ふたおやにしても、お幸さまが亡くなってからの重信の嘆きようは知っている。 

 『誰にでもばれているが、本人は隠しているつもり…』の、重信の報われぬ恋が、いまや、その恋しいひとがはかなくなって(※1)、深い悲しみへと変わったのだ。

 ――あのひとと愛を語ったわけでもない俺が、表立ってこんなに嘆いては、あのひとの名誉を傷つけることになる。そんなことはしてはいけないぞ。俺が、こんなに悲しくてやりきれぬ思いでいるのを、誰にも悟られてはいけない…

 重信は、そう思った。それで、ひとりで悲しみに耐えていた。

 何度も言うが、重信の恋は周りにばれている。

 一人でそんな気持ちを抱えながら、無理やり平生へいぜいを取り繕っている重信が、その父・重兼や細君には哀れでならなかった。

 そうやって日を追うごとに、重信はどんどん塞ぎこんでゆく。

 重兼たちは、

 「うちの息子は悲しさに耐えかねて、お幸さまの後を追って死ぬかもしれない」

 とまで心配しはじめていた。

 しかし、当の重信が自分たちに己が恋心を打ち明けていない以上、こちらから下手に重信を元気づけることさえ、できない。

 重信の二親は、そんな息子を心配しきって苦しんでいた人たちだ。先ほどの重信の決意を聞いて、

 「ああ、ようやく生きる気力を取り戻してくれたか」

 と、正直ほっとした。それと同時に、『愛した人を奪った病をやっつけるために、俺は医者になる』と決めた息子の純情と健気けなげ、悲しみを生きる気力に変えたその力強さが、嬉しくもあった。

 この時点ですでに重兼は、「よし、許す!」という気分となっていた。

 形式として、こうした場合は、滝野の当主たる滝野義澄の許可が必要なところだが、その義澄も「許す」と言っている。なにしろ、お幸さまが亡くなったときにさえ堪えきった涙を、今はこうも滂沱ぼうだと流している。かわいい愛娘が、若くしてとつぜん亡くなった。受け入れがたい事実を前にした義澄の心に、重信の言葉はどんなに響いたことだろう。虚ろになった心には、その埋め合わせになるような美しい話が必要であった。

 『娘の死は、無駄ではない。彼女に清らかな恋を捧げた男が医者となって、これからたくさんの人々を救うというのだ…』

 そうなってくれればいい。義澄は、祈るような心地となっている。

 医者を目指すという重信に、もう障壁はなかった。

 井澤重兼としては、ほんとうは、

 「悲しいだろう、辛いだろう。よく悲しみに耐えたな」

 あたたかい声で、そう言ってやりたかった。

 しかし、重兼は井澤家の男であった。であるならば、そのようにせねばならぬ。父親らしくいかめしい声を作って、

 「本来なれば、二言にごんなんぞ許さぬ。しかし俺も、今度ばかりは許す。もう、二度と言った言葉をたがえるなよ。体に気をつけて行ってこい…良い医者になって、戻って来るのだぞ!」

 これだけ言って、息子を許したことであった。

 あとは、とんとん拍子だ。古河に、伯言の知り合いの良い医者がいるので、その人に弟子入りすることとなった。古河は登谷から遠い。しかし、これまでにあったさまざまなことから離れて心機一転やり直すのは、悪いことでなないように重信には思えた。

 一見、変節となった己の行動のすべてが、じつは『お幸さまが好きっ』という心で徹頭徹尾の首尾一貫であったことが、皆にはばれている。そのことに気づかされた重信は、お幸さまが亡くなった深い悲しみのみならず、かなり恥ずかしい思いまで背負うこととなっていた。特に、お幸さまのご両親たる滝野のご当主夫妻と会うと、じつに、…たいそう気まずい。重信は、できるだけ早くここから立ち去りたかった。

 こうして井澤重信は、

 「気をつけて行っておいで。いってらっしゃあい」

 と、皆にあたたかな眼差しを向けられて、じつにと旅立ったことであった。

 「…お師匠さま。お師匠さまも、俺の気持ちに気づいておられたのですか」

 ぽつりと、重信はに尋ねた(※2)。そうだ。伯言がさきほど伊勢盛時に『よい師匠』と褒めた『重信の読み書きと武芸の師』というのは、伯言本人のことだ。

 伯言は、返答に困った。

 じつは、この男だけは、重信の秘めた恋心なんぞ、微塵も気づいていなかったのである。

 伯言は、お幸さまの弔いの後の人々の会話を聞いて、内心『えええっ、そうだったのぉ⁉』とびっくり仰天しただ。あの時に腰を抜かさんばかりに驚いたのは、当人だけの秘密であった。

 しかし今は、伯言は肩を小さく竦め――『なにもかも知っていました』というふうに表情を取り繕うと、

 「…人生、いろいろあるからよ」

 これだけ、言った。

 すると重信は辛そうに、

 「知っていらしたんですか…そうですか…」

 消え入るような声でそう言い…あとは、無言となった。

 師匠が知らなかったことを、重信は知らぬ。

 これが、大人のやり方であった。

 

 青臭く、悲しい話だ。

 その話をすることを、伯言はためらった。石頭斎にしてみれば、お幸さまとの思い出は、青いまま、清いまま、思い出のままで記憶の底にあるのがいいに決まっていた。今更、これを人々に晒すべきものではない。

 それで、盛時たちには、こう話した。

 「ところが、その騒ぎもむこととなりました――滝野のご家族の一人が風邪をこじらせて亡くなったのです。登谷には、医者がいなかったのです。『せめてもっと早く医者に見せることができたなら』と泣く主夫婦あるじふうふの嘆くさまを見て、重信は、こんどは『医者になりたい』と言いだしたのです」

 「ふむ…石頭斎の親御は、さぞ驚いたことだろうな」

 盛時は、案じ顔でこう言った。

 「さようです。『次は医者か』と渋る己が父に向って、『主のご家族がこうなったからには、病は主の仇である。病は主の仇・人の仇と知ったからには、絶対に医者になって、病と闘って人々のお役に立ちたいのだ』と重信は言いました。そして、その意志は揺らぎませんでした…なるほど、医者がお膝元にいれば、医術でも滝野の方々をお助けできる。これには重信の父も納得しました」

 嘘は、言っていない。

 これも、大人のやり方である。

 「…ふうむ。心優しいやつだ。井澤家の人々は、忠義に厚いな」

 盛時は、こんどは得心がいった表情となり、ほんわかした心地となった。さきほど『とんでもないやつ』と思った奴は、『心優しい、忠義なやつ』でもあった。青臭く悲しい話は、忠義に厚い男の美談となった。

 伯言は頷き、こう続けた。

 「幸い、当時の重信には弟がいました。そのため、彼が登谷を出てもよいということとなったのです。こうして重信は師匠と知り合いであった、花田元化はなだげんか(※3)という医者のところに弟子入りいたしました」

 「えっ、花田元化とな! あの天下の名医の⁉」

 盛時は、度肝を抜かれたかたちとなった。

 

 

 

 (※1) 儚くなる…ここでは、『死ぬ』という意味です。

 (※2) 伯言は当時、『陸尊』と名乗っていましたが、まぎらわしいので『伯言』で通します。

 (※3) 花田元化…架空の人物。三国志に出てくるではありません。ですから『花田元化』は誤字ではありません。よろしくお願いいたします。

 

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