第2章 溶き卵
「お待たせしました!卵かけご飯定食です!ゆっくりお召し上がりください!」
配膳された定食は確かに素晴らしいものだった 久々のちゃんとした食事に涙ぐみそうになった
「いただきます」
黄金に輝く卵に醤油をかけるとだしの香りがふわっとただよう
そしてそれをリズムよくかき混ぜて粒だったお米にかける
少しまぜて口に流すようにかき込むと一気に味が押し寄せてきた
「うまっ」
あれだけ推すわけが分かった…
これはうまい…
卵料理だけで定食屋なんてとバカにしていたけど…これはいける…
「どうですか?おいしいでしょ!」
キラキラした笑顔で聞いてくる彼女に
「うん…本当に美味しい…こんな美味しい卵かけご飯は初めて食べた…」
「ですよね!」
いつぶりだろうかこの時の俺は仕事のことなんて考えていなかった ただ美味しい食事を口に運ぶことしか考えていなかった
「しあわせだ」
思わず出た言葉…食事で幸せを感じている自分に驚いた。 俺は食にあまり重点を置かない生活をしてきた。1食、2食抜いても問題は無いと思っていたしサプリとかドリンクなんかで栄養をとれたら良いと思っていた。
食事で人が幸せだと感じるなんて考えたことがなかった……
「食事って凄いんですよ!美味しいとかエネルギーの源とかだけじゃないんです!笑顔とか幸せとかそんなハッピーなことまで届けちゃうんです!だから私はお父さんと定食屋をすることにしたんです!」
「そうだったんですね。俺は今までただ口に食べ物を運ぶ作業ぐらいにしか思ってなかったです。」
俺はあるあるだと思っていた自分の考えを述べたつもりだったが、信じられない…という表情の彼女。それはそうだろう。だって彼女の考えている食への思いと俺が考えている食への思いがあまりにもかけ離れていたから…
そしていつの間にか机の上には配膳されたはずの食べ物が姿を消し、空になった食器たちが並んでいた…
自分が思っていた以上に無我夢中で食べていたようだ…
「ご馳走様でした。」
「喜んでいただけたみたいで嬉しいです!今回は私が勝手に助けて勝手に食べさせてしまっただけなのでお代はいりません。その代わりご自分の身体をもっと労わってあげてください。」
「いえいえ。ダメですよ。お金はきちんとはらいます。」
「いらないです。貰ってしまったら身体を労る理由が無くなる。」
「大丈夫です。まだ死ぬ予定はありませんから。こんなに美味しいものに出会ってしまいましたしね」
俺の言葉に嬉しそうにキラキラと微笑む彼女の笑顔に少しドキッとしてしまった。俺は慌てて続けた
「えっとお会計って何円でしたっけ?」
「750円なんですけど…」
「300円にしときな」
「お父さん!」
「払わないのも申し訳ないと思っちまうたちだろ?」
「そーなんですか!?」
「はい…ありがとうございます。そんなに安くしてもらって大丈夫なんですか?」
「1食ぐらいなら大丈夫大丈夫 無理ならここまで安くしないよ」
おやじさんは静かにそうはなした。俺はそんなおやじさんを素直にかっこいいと思った……
会計を済ませ店を出る
始業まではまだ時間があった
「おはようございます 朝早くすみません 体調が思わしくないので病院に寄ってから出勤しようと思うのですが良いですか?」
「はい ありがとうございます はい それでは失礼致します」
思っていた以上に簡単に了承が得られたので拍子抜けしそうになったが……
「前の上司ならダメだったな…」
先々月にパワハラで訴えられ辞めていった上司…新しい上司は厳しいが前のように理不尽な人ではない それだけはまだ救いだ
あとは会社自体があまり人を使おうとせず少ない人数で仕事を推し進めようとするため1人への負担が大きいことが問題だろう
かといって自分がやめてしまえば周りへの負担がさらに大きくなってしまう
ただでさえほとんど休みのない職場だ
今やめて矛先が自分に向かないか…それが怖い。男としてどうなんだ、と思われるかもしれないがそれが本音だ……
あぁ幸せだ…そう毎日を謳歌できる日はいつ来るのだろうか
俺は足早に病院へと向かった
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