第40話 火災……です

(エレン視点)


 どうしてこうなった。

 俺がもっと早く、警護を増強させていれば、人員を減らさなければ、俺自身が出向いていれば、こんな事にはならなかった。


 燃え盛る、ファーネストの屋敷。

 最早、中の人は助からないだろうと思われた。

 魔法を使える者が必死に水魔法で消火しようとしていた。

 大勢の領民がバケツリレーで水をかける。

 それでも、全く鎮火する気配はない。


 生き延びた使用人の中に、リリィの両親が中に居ると証言する者が居た。

 だとすれば、リリィを駐屯地に置いて来て正解だった。

 こんな現場を見せれない。

 俺は証言した者に詰め寄る。


「お前、領主が中に居るのが見えたのに、お前はどうして逃げる事が出来たのか」

「それは、私も命が大事ですので」

「それほどまでに離れていたのか?」

「そうです、遠目にしか見ていません」

「ほう、じゃあこれはなんだ」


 メイドの膨れ上がったポケットに手を突っ込み、取り出した物は控えめながらも調度の良いアクセサリーだった。


「こ、これは、せめて、金目の物を保護しようとですね、ですがリリィルア様も亡くなってしまっては誰にお渡しすればよいか」


 なぜ、コイツはリリィが外出している事を知らないのだ?

 リリィは黙って外出したとでも言うのか?


「それで、その服の返り血はどう説明するんだ」


 メイドは焦って自分の服をチェックする。

 血が付いていない事を確認し、にこやかに言い返してきた。


「ご冗談が過ぎますよ、どこにも返り血なんて無いですよ?」

「ああ、すまん、服じゃなくて、ホワイトブリムと言うべきだったか」

「やだっ、それじゃ髪にも!?」


 嘘なんだがな。

 あるのは、血の匂いだけだよ。


「おい、コイツを連行しろ、後でに尋問して頂く」

「わ、わかりました!」


 そして、火事が収まり、リリィの両親の遺体が発見される。

 腕輪型のラントバンクを見つける。

 遺体に複数の刺し傷を見つけた。

 明らかな殺人だ。

 夫人の方には刺し傷が腹に集中した。

 まるで何かを意図した物だった。


 どこかの領主の屋敷が燃えた時とは違い、多くの領民が集まり、皆が涙を流していた。

 その中でも、青髪の少女は泣きながら「お嬢様」と呼びながら、未だに瓦礫の中から探そうとしている。


「そこの、君、名前を聞いても良いか」

「はい、あ、エレンラント殿下……スミレと申します」


 ここのメイドでもなく、明らかな平民なのに見事なカーテシーを見せた。

 俺と同じくらいの年頃の平民がそんな事が出来るのは、どこかで教育を受けたのだろう。

 リリィに丁度良いかもしれない。

 今、誰が信用できるか分からないのだから、献身的な子は有難い。


「君に助けてもらい人がいるんだ、俺に雇われてはくれないだろうか」

「でも、せめて、リリィルア様を探してあげないと……」


 周りに気を使って、耳元で答えた。


「そのリリィを助ける為だ」


 彼女には、リリィの専属メイドになる様にお願いした。

 それを聞いて彼女も喜んだ。

 どちらかと言うと、リリィが生きている事に対して喜んでいるようにも思えたが、敵でないのであればそれでいい。

 それと、俺がこの惨事を上手に伝える自信がない。

 その時の保険でもある。


 この場で出来る事は無さそうだ。

 一旦、駐屯地に戻ろうとした時、声をかけてきた女性が居た。


「これは、エレンラント・グレイスラント殿下、お初にお目にかかります、この度、ファーネスト侯爵夫人になるオーフェリアでございます、そしてこちらが、娘のオリアーナです、ご挨拶を」

「初めまして!ファーネスト侯爵令嬢のオリアーナです!よろしくね!」


 娘の方はウィンクをしてきた。

 なんなんだ、こいつは。


「随分嬉しそうだな」


 俺が睨みながら言うと、娘は畏まって話始めた。


「そんな事はありません、仲の良い、姉の様に慕っていたリリィルアお姉様を亡くし、今にも泣き崩れ落ちそうです、ですが、それは婚約者であらせられる、エレンラント殿下も同じでございましょう。良ければ、姉の代わりと言ってはなんですが、私を婚約者として頂けないでしょうか」


 随分、身勝手な言い様だ。


「君にとって残念な事だろうが、俺の婚約者はリリィのままだ」

「もう亡くなっているのですよ!この火事では絶対に助かりません!いつまでも現実から目を背けてはいけないと思います!」

「ほぅ、では死体でも見つかったというのか?」

「ええ、すぐに見つかるでしょう、何せリリィルアお姉様は自力では動けないのですから」

「そうか、そう思いたいならそう思うがいいだろう。一つ言っておくが、侯爵を名乗るのはまだ早い、貴族院の正式な認可がない内に、侯爵を名乗るのは重犯罪だ」

「侯…爵……を名乗るのは少し口が滑っただけですわ、ですが、エレンラント様はリリィルアお姉様に義理立てする事はないんですよ!お姉様は、こともあろうか、クリムラント様やアレクセント様とも深い関係にあったのですよ!同じ貴族として恥ずかしい限りです」


 何が恥ずかしい事なのか分からんが、恥ずかしい事をべらべらと王家に話す物なのか?

 亡くなったと途端に?

 それに深い関係とはなんだ、友達か?アレクは、そうだと言っていたが、兄上は知らんな。

 しかし、兄上は今日、リリィと一緒に駐屯地に来ていたから、友達にはなっているのだろう。

 だったら、何も問題は無いのではないか?


「そんな事は分かっている、アレクとリリィと俺でよく(談話して)楽しんだ物だ、その内、兄上も混じるのだろうな、それほどまでに魅力的(なライバル)なんだ」


 その言葉を聞き終わると同時に、彼女は「さん、ぴい」という言葉と共に眩暈を起こしたのか卒倒した。

 ぶつぶつと小声で呟きながら「やっぱり死んで正解だった」との言葉が耳に入る。

 なんというか関わると面倒だ、そう思いながらその場を立ち去った。


 ◇ ◇ ◇


 駐屯地に戻るとリリィは起きていた。

 媚薬の効果は抜けて、落ち着いた様に見えた。

 服装はクリム兄がドレスを見繕ってくれたらしいが、何故か俺が買った事にしたらしい。

 だが、これから俺はリリィに残酷な話をしなくてならない。


「申訳ない」

「どうしてエレンが謝るのですか?」

「君の両親を護れなかった」

「それはどういう……」

「屋敷が大火事にあい、君の両親は……死体で発見された」

「え…」


 調度の良い腕輪型のラントバンクをリリィに渡すと、ようやくリリィは泣き始めた。

 もっと良い言い方があっただろうか。

 声を枯らす程に泣き続けるリリィに何もしてあげる事が出来ない。

 無力な俺はその場に立ち尽くした。


『これまでの報復として姫の大事な物を奪う』


 その意味をようやく理解した。

 これからはリリィに危険が及ばない様に気を付けて行動しなくてはならない。

 だが、いつか奴らを殲滅する。

 そして今度こそ、リリィは俺が守る!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る